第12話
ひどく仰々しく巨大な教会。目の前には長い階段がありその先に大きな扉。
まるで、教会というよりも神殿と言った方がいいかもしれない。
「んで、なんでおまえも付いてきてんだよ」
エルマは嬉しそうにぴょんぴょん跳ねている。
それにいつの間にか俺たちは白色の聖衣を身にまとっていた。まるで信者の一員じゃないか。
「んー、よーわからんけど、黒い本の中のばあさんに呪われたからじゃね? ヌンヌン言ってたじゃん」
「いや、お前あのばあさん見えてなかったんじゃ」
「ん? 見えてたっていうかばっちり目合っちゃってたし」
「え」
そういえば、とその時の状況を思い出す。
俺は准聖典の中に現れた聖母と思わしき老婆と目が合った瞬間本を閉じた。准聖典はエルマと共に確認していたわけだが、彼女の反応的に見えていないとばかり思っていた。
「これあれじゃん。ホラー映画の呪われたビデオテープと同じよ。アタシたちね、一緒に呪いにかかっちゃったンよ! え、なにそれワクワク! ガクっ、一緒に七日間生き残ろ!」
「もう七日間どころか呪いの大本のとこに来ちゃってんだよ。貞子が目の前にいる状況なんだよ」
能天気なエルマの反応に緊張が少しほぐれる。彼女はどんな状況になろうと楽しむのか。
感心していると後ろから人の気配がした。俺たちが転移してきた場所の周囲に次々と信者が召喚される。
俺は反射的に教会の扉を開けて外に出ようとするが開かない。
「くそっ。ちょ、こっちこい」
「ほわっ」
俺はエルマの手を引いて大きな柱の陰に隠れる。
「まず、エルマおまえに言っとくことがある。とても簡単で、おまえにしか頼めないことだ」
「んっ、なになに? アタシの耳食べたいとかだったらさ、心の準備とかもいるから今は二の腕とかで我慢してもらうけどっ……もじもじてれてれ」
照れる要素がどこにあんだよ。
俺は三本指を立てる。
「騒ぐな、目立つな、なんもするな。この三つを守ってくれるだけでいいんだ」
「なんそれっ! アタシいる意味ないじゃん!」
この状況で一番怖いのは、エルマが暴れて乱戦になることだ。そうなれば俺たちに勝ち目が薄いどころか、犬死する可能性すらある。運良く逃げられても、神父が今後注意深く行動することになるため、足取りはより一層つかみづらくなる。
「まず、俺たちは顔が割れてる。不用意に気づかれればゲームオーバーだ」
エルマが分かりやすいようにかみ砕いて説明する。
「俺たちの任務は神父をとっつかまえて逃げ帰ることだ。だが信者の数にしても神器の能力にしても、神父を殺さず捕まえて逃げ切るのは至難の業だし、今のところこの教会からも出られない。それは分かるな?」
「うん、わかる、ようは難易度バチバチのリアル脱出ゲームってことね
「だから俺たちが取れる作戦は、機を伺ってなんやかんやして隙を作って、なんやかんやして神父を無力化して、なんやかんやして信者たちから逃げて、なんやかんや脱出すればいいんだ」
「なんやかんや多すぎん?」
「ヌンも言ってたがおそらく儀式で俺たちのような洗脳が済んでない奴らを洗脳しきるつもりだろう。だから、俺たちは儀式までになんやかんやしないといけない」
洗脳が済んでいない俺たちを収集する理由。リスクを覆すほどのリターンがあるはずだ。そこに俺たちの勝機ならぬ敗機がある。
「え、つまり、どゆこと?」
「お前にも分かるように教えてやると、この状況で任務を遂行する作戦なんて思いつかねえ。そんでこのままだと俺たちは仲良くカルト宗教の信者にジョブチェンジってわけだ」
「……それってやばくネ?」
「とんでもなくヤバイ……ねえどうしよう」
「めっちゃまっすぐな目でかっこ悪いこと言うじゃんウケる」
まんじりともウケねえよ。突然プレイボールされたってバットもグローブもないどころか人数もそろってないんじゃ話にならないだろ。
「クソっ、ヌンと通信取れればもうちょいマシだったんだけどな」
どうにもならないことばっか言ってんじゃねえ。
俺は覚悟を決めるためにも、大きく息を吐いた。
「くそ、やってやるか。嘆いててもなんも変わんねえ。動かねえ馬鹿より動く馬鹿のがよっぽどマシだ。やってやろうぜ、この任務」
覚悟を決める。
「アタシは天才だけどね」
調子のんな。
*
扉を抜けてすぐ、俺たちはとある人物に呼ばれた。顔つきからして俺たちと同じように、洗脳され切っていない一般人の姿が十人ほどいた。
「お集りの迷える子羊たちよ。ようこそ《ナキ食聖教》へ!」
白い髭を蓄えた老人、神父ネリッタは大きく腕を広げた。
「これから、あなたたちは聖母ナキ様を崇める同士となります。これほど喜ばしいことはありません」
神父はひとりで拍手を始める。
「ナキ食聖教? いや、きづいたら俺ここにいたんだけど……なあ、仕事の最中なんだ、早く帰してくれよ!」
一人の男が声を上げる。
「わ、わたしも学校帰りにいきなりっ、こんなへんなところにっ……おうち帰りたいよぉ」
「犯罪だぞ! 責任とれんのかぁ!」
突然収集された人たちは次々に声を上げた。
当然だ。突然こんなおかしなところに転移させられて、なにやらきな臭い宗教に勧誘されたようなものだ。誘拐と大差ない。
「はははっ、あなた方の怒り、理解できます。して、そこの男、前へ」
呼ばれたのは初めに声を上げた大柄な男。対面した男を前に、神父は――。
「うべっ――ッ!」
突然、顔を殴り飛ばす。
小さく悲鳴が上がる。緊張が走るのを感じた。。
「な、なにしやがるてめえ!」
「教えです。人は時に、痛みを伴わなければ分かり合えない。あなたは痛みを知った。私の意思を知った。それで初めて私たちは分かり合えるのです」
「いかれ野郎がっ!」
男は顔を真っ赤にして神父に拳を振り上げる。
対格差は歴然。不意を突かれた一発だが、身体能力もすべて男が上回っている。
――しかし男の拳は、神父の頬すれすれで止まった。
男は目を見開く。
きりきりと拳震えるが、拳が神父の頬に触れることはない。
「教えのない痛みに大義などない。私はすべてを理解している。であるからして、あなたの教えは意味をなさない」
力だ。何らかの力が発動している。
(身体の周りに空気の壁を作っている? いや、これはもっと……)
じっと神父の動向を観察する。
「あぎゃあああああああっ」
直後、神父の指が男の目を貫く。
男は絶叫を上げてのたうち回る。神父の指から『血』がしたたり落ちる。
信者たちは笑顔を浮かべ拍手する。
「――」
一般人は悲鳴を上げる。皆、ようやく理解する。
この狂気性を、危険性を。
のたうち回る男を、信者たちは囲んでボコボコに殴り始める。
次第に男の絶叫は小さくなっていく。真っ赤な血が、真っ白な大理石に飛び散る。
(落ち着け、落ち着け……まだその時じゃねえ。合理的に考えろ)
拳に力がこもる。このクズたちへの殺意がぶくぶくあふれ出す。
「愚かなる子羊に裁きをくだしたまでです。これが愛、これが教えであります。愚かなる羊には痛みを、悲しみを。それが聖母ナキが私たちに贈る祝福でございます」
一般人たちはすでに恐怖に支配されていた。
「それでは、儀式を始めましょう」
信者が祭壇へ真っ赤な肉塊を運んでくる。ほどなくして儀式が始まる。
どくどく、と心臓が早まる。
刹那、俺の手にエルマの手が触れる。
エルマはとても穏やかな表情をしていた。まるでこの状況を何とも思っていないような。
「ガクは、どうしたい?」
「おれは……」
俺は揺れている。任務と、一般人の救出。
どちらを優先すべきかは明白。俺が何を成し遂げるためにここにいるのか、それを考えたら、悩む余地などない。
だが、きっと俺は後悔するだろう。
片方をとればもう片方は叶わない。そもそもこの教会から出られない。ここで暴れてもその後がない。
(どうしたらいいんだっ!? 俺はどうするべきなんだ…………)
一般人何て助ける意味なんてない。俺はもうヒーローじゃない。だが、意味のない殺しや、罪のない人間が死ぬことがどうしても受け入れられない。
それを受け入れてしまったら、俺はきっと『戻れなくなる』。
「真っ当な判断何て捨てればいい。むき出しの気持ちに従ってみれば?」
直後、エルマが笑みを浮かべながら飛び出した。




