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第5話

 そこは、コーヒーの香りとアンティークな家具が並べられた部屋だ。壁際にはボードゲームや爬虫類の入ったガラスケース、はたまた美少女アニメのタペストリーなど、一見してコンセプトがつかめないものばかりが飾られている。


「おっはー! アタシの救世主っ!」


「いでっ」


 背中を思いっきりはたかれて振り返ると、エルマが嬉しそうに笑っていた。

 一見怪我も見当たらないし、健康そうだ。ほっと胸をなでおろす。


「三日も寝坊助さんだったんだよ?」


「……寝坊助なんてレベルじゃねえな」


 どんなふうに話していいか掴めず、変な間が開いてしまった。


「死体みたいだったよ。耳とか肩とかもぐもぐしたけど反応なかったし」


「えっ」


 物騒なことを聞いた気がする。気のせいだよな。うん、気のせいだろう。

 すると、俺が聞き返すより前にボクっ子メイドのクラリが慌て始めた。


「え、エルマちゃんっ!? ダメってゆったのに、ボクゆったのにガクさん食べっちゃってたんですかっ?」


「ちょびっと齧っただけだよ? ブクブクなって治ったし」


 気のせいじゃなかった。


「ぎゃっ! ぐろっ! うぅう、メビ子ちゃんに怒られるぅっ…………うひっ」


 クラリはまたもや気味悪い笑みを浮かべた。


 そんな彼女が握る鞭を没収したのは、別室から現れた狼みたいな女、桜メビ子だった。


「初対面であんま己のドⅯ性を押し売りするもんじゃねえぜェ、クラリ」


「うぅ、メビ子ちゃぁん……」


 メビ子は俺を見て頬を吊り上げた。


「お目覚めか、使徒二号」


 桜メビ子――獰猛な狼のような目つきと真っ黒なショートヘア。スタイルも相まって男に見えなくもないが、シルエットが美人のそれだ。

 この女は得体が知れない。聞きたいことは山ほどある。


「……おかげさまで」


 緊張を隠すように軽口をたたく。

 彼女の一挙手一投足に気を配る。何をしでかすか分からないからな。


「警戒するのは勝手だが、殺り合うってんならてめえのすべてを賭けろよ。じゃねえと面白くねぇし、釣り合わねえ」


 体が鉛になったような強烈な重圧だ。17年の経験が語っている――こいつはだものではない、と。


 俺は殺意を引っ込めて肩の力を抜くと、それを見て「正しい判断だァ」と一言、荒々しく椅子に腰かけたメビ子にクラリが慌ててコーヒーを差し出す。


「聞きてえことはなんだァ? 私の使徒になったんだ、言える範囲で答えてやる」


「使徒になった覚えはねえって。てか使徒ってなんだよ」


「使徒は使徒だぜ。この崇高なる悪の傑物、桜メビ子の仲間として、配下として、手として足として、わが身を削り、私のためにすべてを賭ける。そんな歴史的革命者に付き従うってわけだ」


 ようは部下になれ、と言われているのだろう。言い回しが中二病臭い。


「俺が協力すると思ってんの?」


「違げぇな。てめえが自ずと私に力を差し出す。それを協力なんて対等的な言葉で表現するもんじゃねえ」


 彼女はあくまでも上下関係があることを示している。


「てめえは私の使徒になる。それは確定した福音の一節。曲がることのねえ未来の形だ」


「何を根拠に――」




「――《紅蓮の神器》の一つ、右腕を《ベルエム》は所持してる」




 メビ子が発した言葉に一瞬思考が停止した。

 思わずメビ子を睨むと、心底嬉しそうに頬を吊り上げた。


 《紅蓮の神器》それはすなわち――奪われた先生の『四肢』だ。俺が探し求めているもの。いまだその足取りを掴めていない、幻の神器。


 落ち着け。まずはこの情報が確かかどうかを判断しなくてはならない。


「そんな噂は聞いたことねーな。ベルエムの宝物庫にも登録されてないはずだぜ」


「そんなとこまで調べてたのかァ。だが残念だァ。あいにく商品じゃねえから登録もされてねェ」


 メビ子は俺の様子を楽しむように続ける。


「所持しているのはベルエムのトップ、闇市の神器市場を牛耳っている男――東寺真賀人だァ」


 ぽんぽんと情報を差し出すメビ子の姿勢に違和感が拭えない。

 人を動かすのは利益だ。それを知っているからこそ、彼女は俺に利益を提示している。俺を部下にしようと、交渉している。


 裏を返せば、彼女にも利益があるということだ。


「わかんねえな。俺を使徒とやらにして何がしたいんだか」


「んなの簡単だァ。私は世界の主役だ。世界は私のために有象無象に配役を与え、最高の舞台を用意してくれる。てめえらとの出会いもその一つだァ。そしてその舞台で私がどう踊るかは私次第。私がそうしたいからてめえらを使徒にする。それに堅苦しい合理性なんてねェ」


 メビ子は大きな口を歪めた。


「私は東寺真賀人とうじまがひとを殺して、腐敗したこの社会構造をぶち壊す。世界を恐怖に陥れた悪の傑物として輝く。それがステージ1の目的地なんだァ。これほどまでに私の性癖にぶっ刺さるもんはねえ」


 性癖の拡大解釈すぎる。


 随分大きな話になった。彼女の理解しがたい物語主義はいったん置いとい、東寺真賀を殺すことと社会構造を殺すことがイコールで結びついていることが良く分からない。


「ベルエムがいなけりゃ、この世界はより一層波乱になる。今の世界はちと安定してやがる。それが気に食わねえ。よって、『ベルエムは桜メビ子の超主人公性により爆発せしッ!』、それがステージ1のサブタイトルだァ」


 狂気的な目だ。おまけに何を言ってるのかわからない。


だが一つ事実なのは、《ベルエム》は武器市場を牛耳っている。それはつまり、力がすべてのこの社会構造において、誰が実権を握るか、その行方を大きく左右する要因になっている。


 だから《ベルエム》が壊滅すれば当然、武器の統率は取れなくなるのは目に見えて明らかであるし、より一層社会は荒れるだろう。


 メビ子はそれが狙いだと言った。そのために《ベルエム》トップの東寺真賀人を殺すのだといった。


「その演出のためには優秀で超かっこいい使徒が必要に決まってる。これ、当たり前だァ」


 当たり前なのか。


「それがてめえらだ。人外でバケモンで醜くておぞましくて――とびっきり頭のぶっ飛んだてめえらが良い。そんでそいつらを束ねる最高の悪の権化ことこの私」


 なるほど、およそ理解しがたい思想だ。おまけに右腕を抱えて不敵な笑みを浮かべているのを見るに、かなり重症の中二病ともいえる。




「さあ、まずは秘匿神骸商会ベルエムに入れェ」



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