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第4話



 やがて静寂が戻った教会。月が頭上で輝いていた。


 化け物は倒れた。触手、角、暴走によって現れた特殊部位すべて除去された。

 化け物から、悍ましい皮膚が剥がれ落ち少女の姿へと戻っていく。


「あがっ……!」


 湯気が上がり、ガクのボロボロの身体がみるみる再生していく。


「…………気色悪い身体だ」


 自分が人間ではなくなった、という実感が湧いた。だが、不気味なまでに気分はよかった。


 漆黒の刀は、ぽしゅん、と淡い光となって消えていった。転生によって自分が作り出したものなのかもしれない。


 俺はエルマの元へと歩み寄る。息はある。暴走した影響か、傷も塞がっている。


(……こいつ、生きてんのか)


 安堵して膝から崩れ落ちそうになるのを何とか堪えて、彼女を抱きかかえた。

 エルマがゆっくりと目を開いた。透き通る赤い瞳に俺が映った。

 ぼーっと俺の顔を眺め、柔らかく笑った。俺の胸に頬を擦りつけてくる。


「あたたかい」


 ぼろぼろの制服から垣間見える肌色から目を逸らしてしまうと、逃がすまいと彼女の手が頬に触れた。


「……なまえ」


「あ?」


「なまえ……おし、えて?」


 彼女の儚い表情が酷く感情を揺さぶる。


「…………九十九ガク」


「がく…………ガク……」


 俺の名前を舌でで転がして嬉しそうに笑った。


「すごく、あたたかい気持ち」


 エルマは俺の胸にくっついて、何度も何度も反芻するように俺の名前を口に出した。


――――ぎゅるう。


 エルマのお腹が可愛らしい音を上げた。

 彼女は恥ずかしがる様子などなく、ただ艶めかしい目でこちらを見た。

 彼女は人間しか食べることができない、と口にした。それは事実だろう。転生者は往々にして欠陥を抱える。

 物欲しそうな顔だ。自分の顔が歪むのを感じた。


(同情なんてしねえ……同情なんて……)


 きっと、こんな感情を抱くことを彼女は望んでいない。

 そもそも、彼女は救われるべき人間なのだろうか。人を食らうために人を殺す。そんな生物は人の敵だ。どれだけ不遇であれ、救われるような立場ではない。


 俺はどうしていいか分からないまま彼女を見つめていると、その何とも言えない表情から何かを察したのか、少女は頬を緩ませた。


「ありがと、アタシを――助けてくれて」


 否定し続けた何かが、確固たる事実になった気がした。


 エルマの顔が近づく。


 舌が俺の唇を伝う。


 線をなぞる様に、ゆっくりゆっくり、口元に付いた血を舐めていく。


 彼女の生暖かい息。匂い。体温。


 彼女の唇が、俺の唇に触れる。


 思わず、びくっと震える。しかし柔らかな感触を心地よいとも思った。


 彼女の唾液が乾いた唇を潤す。




 エルマは俺の下唇を食んだ。




 ぶちぶち、と筋繊維が千切れる音がする。


 ゆっくり、ゆっくり。じっくり、じっくり。味わうように、艶めかしく。


 ぶちぶち、ぐちぐち。


 強烈な痛み。溢れる血。眩暈がする。


 少女は下唇を噛みちぎって、咀嚼した。


 頬を赤らめながら、心底幸せそうに。


「あぁっ…………おいしいぃっ♡」


 彼女の喉仏が、ごく、と上下した。




  *




 エルマはすぐに気を失った。


 俺は彼女を抱えて立ち上がる。無線機がないためヌンとの連絡は取れないがすべきことは一つ――ヒーローたちが来る前にここを離れなければならない。


「――すんげえェ! これに限っては、あのクソったれな神父ネリッタにすら感謝しねえとなァ!」


 崩壊した教会の天井、そこに映る夜空から一人の女が舞い降りた。

 細長いシルエット。荒々しい三白眼。

 ガクとエルマを見下ろし、荒っぽい笑みを浮かべた。


「クソポンチな羊の死が、てめえらに出会うための供物っつー分けかァ。いやぁ、いい日だァ! 今夜は実に気分がいいぜェ! なあ、九十九ガク! てめえもそう思うだろ!」


「…………あんた、誰だ」


 俺は刀を向ける。人殺しの匂いがする。それも強烈な。

 女は嬉しそうに頬を吊り上げて、大きく手を広げた。


「私は統一神骸商会ベルエム第一階位が一人――桜メビ子だァ。てめえらを攫いに来たァ」


 狂気的な瞳が俺を貫く。

 すぐさま刀を構える。足が震える。くそ、もう立ってるのもやっとだ。


「ぎゃはははっ、そのフォルム、その色形ッ! かっけえじゃねえかッ! 私の使徒にぴったりだァ!」


「……なに、わけわかんねえこと、言ってん、だよ」


 あぁ、もう意識が朦朧と。


「せいぜい生き延びてくてくれやァ。そんで最終的には私の使徒として腐敗したこの商会をぶっ壊そうじゃねえか!」


 彼女の笑い声だけが聞こえる。


 ぷつ、と意識が途切れた。


   *


 コーヒーの香りがして、目が覚めた。


(…………ここ、どこだ?)


 レトロな雰囲気の部屋だ。ほのかにコーヒーの香りもする。


「お、おはようございましゅっ!」


 メイド服の女の子のフリルがドアップで視界に飛び込んできた。

 褐色白髪のメイドさんだ。これはこれですごく好みだ。じゃなくて。

 その子は噛んだことが恥ずかしいのか顔を真っ赤にして涙を浮かべた。それを隠すためか俺が起きようとしていたところを慌てて支えてくれる。


「た、体調! 体調大丈夫ですか!?」


「あ、あぁ大丈夫大丈夫」


 状況が見えない。


(確か俺は捕まって、脱出してそれで……)


 順を追って思い出していく。


(…………そうだ、転生したんだ)


 掌を見れば一目瞭然だ。真っ黒に変色した腕、奇妙な文様。別の生き物として生まれ変わったんだ。


 辺りを見渡す。見覚えがない部屋。


 俺の様子を見てか、メイドさんは説明してくれた。


「こ、ここはメビ子ちゃんとボクの愛の巣です」


「あ、愛の巣」


「はい、愛の巣です」


 多様性の時代だ。何も言うまい。


「キミは?」


「ぼ、ボクはクラロ・クラリです、メビ子ちゃんの下僕やってます……こここ、このメイド服は無理やり着せられましたぁ……うわーんっ、ボク嫌だって言ったのにぃ!」


 …………ますます状況が分からなくなった。


「ごめん、状況が全然分からない」


「ごご、ごべんなひゃいっ! ボクのせいで、何にもわかんなくなっちゃって! 責任取ります! こんなメイドはお仕置きしてくださいっ!」


「その鞭どこから取り出したの? 使わないからね」


 息を荒げて、どこか恍惚とした表情のメイドさん。やばい人だ。


 俺は早く状況を把握するために立ち上がろうとすると、メイドさんが慌てて手を貸してくれた。


「もう動けますかぁ? 起きたらメビ子ちゃんが連れて来いって」


 俺は立ち上がると、扉へと向かおうとするが。


「……あの、もう手離してもらっていいよ? 歩けそうだから」


「……」


「あれ、いつの間に俺鞭握ってんだ。いや、やらねえって。ちょっと離れて」


「……うひっ……ご、ごういんっ、うひっ」


「は、離れろおおおおおおッ――!」


 関わっちゃいけない類のメイドさんだ。



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