第3話
三年前、先生は死んで転生した。
世界最高のヒーローが転生したというニュースは世界中を震撼させた。トップヒーローの再起への喜びと同時に転生者ゆえの暴走という危険性。市民は恐れ、そしてヒーローを統治する《英雄連合》もその扱いに難儀した。
『何度も言ってんだろ? アタシはヒーロー辞めないぜ。なんてったって食い扶持ねえからな!』
先生は豪快に笑って見せた。
先生が生き返ったことはただただ嬉しかった。その反面、先生への扱いが俺は見てられなかった。
『先生はそれでいいのか……みんなにあんなこと言われて、腫れものみたいに扱われて……今日だって先生が助けた奴の顔みたか?』
『アタシ好みの七味顔のイケメンだったな』
『ちっげえよ! ひっでえ顔で先生のこと睨みやがったんだよ!』
どうしてそんな風に笑えるんだよ。
だけど直後、先生は眉を下げて煙草を吹かした。
『でもさ、ヒーロー辞めてどうするよ。お前も言ってたじゃねえか。アタシは戦う以外からっきしってな』
先生の物憂げな顔を見てドキッとして必死に頭を回す。なにか先生を納得させる材料を探さなきゃ。
『じゃ、じゃあ今度は俺が先生を支えてやる! 俺の頭だったらきっと少し勉強すればそれなりに生きていける。戦わなくていい、辛い思いも差別もされない、人のいない場所でブルーベリー農園開こうぜ!』
先生は呆気にとられたようにぽかんと口を開けて、その後に豪快に笑った。
『かははははっ、そりゃいいなっ! 視力よくなりそうだし。ガクがアタシを養ってくれるのか~』
『先生も一緒に働くんだよ! ……アラサーが15のガキに養われてどうすんだ』
『まだアラサーちゃうわ! 舐めんなやクソガキ!』
先生はひとしきり笑った後、涙をぬぐって俺の頭を優しくなでた。
『それも幸せそうだ。確かにガクが頑張ればなんだってできる。すげえ楽しそうだ…………でも、ダメだなぁ』
『なんでっ!』
悔しかった。先生を戦いから遠ざけられない俺の無力さが。
『ただでさえヒーローは人手が足りねえんだ。アタシが抜けたら、その分数十人の誰かが頑張って、その誰かが死ぬ。そんなのアタシはヤだね』
この人はちゃらんぽらんに見えて、すごく真面目なんだ。そこに惹かれて、憧れた。
『それに、生き返ったってことはもっと人を救えってことだとアタシは思うんだ。クソみたいな生活してクソほどの人を不幸にしたアタシができる、唯一の罪滅ぼしなんだよ』
先生の過去は詳しくは知らないが、俺と同じように子供のころは最低の生活をしていたと聞く。
俺はどうしようもなく泣きそうになった。
『もう十分だろ……』
『あぁ! だからこっからはボーナスタイムだ! もっと善行積んでよ、死んだあとは天国で好き放題すんだよ! タワマンの最上階で夜景を眺めながらイケメン侍らせてワイングラスを揺らすんだ』
バカげた発言に思わず笑ってしまう。
『それにさ、次死ぬときはあんたに看取って欲しいんだ。それだけが心残りだったんだよ』
先生は歩き出す。大きな背中だった。
『ガクには戦いの才能がある。すぐに独り立ちしちまうだろう。だから、せめてそれまではこんなダメダメなアタシの隣にいてくれよ』
その言葉は、これ以上ないくらい嬉しかったのを覚えている。この背中に憧れてよかったと心から思った。
――その一年後、先生は暴走して、四十万の人々を殺した。
善人も悪人も、女も子供も、見境なく殺した。
任務で疲弊しきった先生の前に謎のヴィランが現れた。彼らは先生に注射器――アリス血葬を打ち込んで、彼女を心のないモンスターに仕立て上げた。
先生の暴走直後に気を失った俺が、目覚めて駆け付けたころには彼女は虫の息だった。
『四肢』をもぎ取られ、芋虫みたく転がっていた。
ヴィランの目的は先生の『四肢』。転生者の異形化が進んだ身体は武器になる。それがいわゆる《神器》だ。ヒーローが扱えば人を助け、ヴィランが扱えば人を殺す。腐った仕組みだ。
こくり、こくりと、喉仏が上下していた。それを確認してまだ生きているのだと理解できた。
俺は何度も何度も叫んだ。だけど先生からの反応はなかった。
『家をっ、母さんたちをっ、なんでぇっ…………化け物、死んじゃえぇっ!』
がれきの中から怒声が聞こえた。
ヒーローでもヴィランでもない。ただの女の子だ。
その時、先生の潰れた目から涙がこぼれた。血だらけの頬を涙が伝った。
俺の呼びかけに反応はなかったのに、顔も知らぬ少女の罵声に先生は涙を流した。
『し……にた、イ………』
声を発した。ブクブクと先生の傷口がうごめき、肉体を構成し始めていた。再生しているのだ。
俺は先生を殺した。骨すら残さないように燃やし尽くした。
(こんな終わり方間違ってるっ……こんなのあんまりだっ)
この人がこんな最悪な死に方していいはずがない。
終わり良ければ総て良し、なんて言葉を思い出した。裏を返せば終わりクソだったら課程すらもクソになってしまう。そんなの間違ってる。
『おれがっ…………』
心の何かが崩れる音がした。
『とりかえしてやるっ…………絶対っ、絶対取り返してやるッ』
奪われたあの人を。貶された生き様を。
『死んでも…………ぶっ殺してやるッ……』
思い出した。この怒りを鮮明に思い出した。
俺がすべきことを。俺が生きる理由を。
(憧れ(これ)はもう、いらない)
捨てるべきもの、必要のないもの、邪魔なもの。
(突き進むべき道は、もう決まってる)
そのためにすべてを賭けろ。貫き通せ。
だから、こんなとこで――――くたばってる暇はねえ。
*
――ごぉん、と鐘が鳴った。
それは祝福か、あるいは終焉を告げる葬送の調べか。
「AGYAAAA……!」
突如、化け物はもだえ始めた。腹を抑え、地面を転がりまわった。
腹の中だ。腹の中で何かがうごめいているのだ。
刹那、化け物の腹から、刃が飛び出た。
「らあぁあああああああああああああああ――――!!」
弾ける。肉片と鮮血、胃液と内臓が噴き出て。
――直後、少年が叫び声と共に飛び出した。
尖った耳、首筋に一輪の彼岸花の痣、目元に奇妙な文様、腕は漆黒に染まっていた。
そして、片手には――漆黒の刀。
「…………ほんとに、腐ってやがる」
自分が転生したことに気づいた少年――九十九ガクは、複雑な表情で掌を見つめた。
(なんで生き返ったか、そんなの決まってる――やり遂げるためだ)
化け物はブクブクと肉をうごめかせ再生していく。
「…………もう、異能は使えねえのか」
転生とは生まれ変わり。異能はもはや前世のものであり、使うことはできない。
だから、ガクはゆっくりと刀を構えた。この刀が何なのかすら、考えぬままに。
ガクは剣術を教わったことはない。理由は単純、異能を用いた戦闘を主としていたからだ。ゆえに武器を使う必要はなかった。
(だけど、ずっと近くで――)
記憶に焼き付いた憧憬を身体に落とし込む。殺意を察知して化け物は咆哮を上げる。
「AGAAAAAAAAAAAAAA――――!!!!!!」
「くたばんなよ! 今のままじゃ、ヴィランどころか三下どまりだあッ!」
ガクと化け物が衝突する。触手の網を掻い潜りガクはすさまじい速度で化け物に迫っていく。
刹那、ガクの死角から触手が迫り、ガクの肩をがっつり抉る。
「あがっ――ッ!」
血が噴き出し苦悶の表情を浮かべながら、なおもガクは刀を振った。研ぎ澄まされた感覚。
迫りくる触手を頬すれすれで躱し、流れるように根本から切断。
一歩先に『死』が転がっているこの状況。
早まる鼓動と、脳を焼く痛み。それらすべてが脈動する『生』を実感させる。
(あぁ――――楽しい)
湧き上がってくる未知の感情の熱。その正体が酷く不気味であることに気づかないまま、感情に身を任せる。
危機感を捨てた思考は、刀の速度を加速させる。
「GHAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!!!」
「いらねえもんばっかだなッ!」
血しぶきが上がる。すぱすぱと異形の身体が分解されていく。
同時に少年の身体も抉れては再生してを繰り返し、血と肉塊にまみれた惨状は地獄そのものだった。




