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第2話


 連れてこられたのは教会の祭壇室。


 その前方、祭壇の中心に膝まづかされた俺の隣には屈強な処刑人が一人。

 周囲に多くの聖職者がいるものの警備の面で言えば手薄と言える。それは神聖な祭壇に必要以上に人間が踏み入れるべきではないという教会の教えがあるからだ。


「おぉ……愛おしき信徒諸君。一世紀前、この世界はついに『完成』しました。それが【異世界事変】という名の奇跡です。 かつては空想の産物に過ぎなかった神秘が、この世界に、我々人間の身に顕現したのです」


祭壇前で悦に入り語るのは、立派な髭を蓄えた男――神父ネリッタ。聖衣を身にまとい、その眼光には慈悲ではなく飢えた獣のような光が宿っている。


「ウルルを貫く全長十キロの大剣、太平洋に出現した幻のべフィール大陸、月に届くバベルの塔、世界の終わりを刻む天命の砂時計など、この世界に次々と異世界の遺産が出現しました。同時に世界の理を歪める《異能》。そして、死してなお失われぬ魂の再起――《転生症候群》が我々人間に与えられました。それらはすべて、神からの祝福、愛の形です!」


 狂人だ。《ナキ食聖教》はそういう集団だ。


「我々は順応しなければならない。神が与えしその力を、余すことなく咀嚼し、嚥下し、我が血肉へと変える。なぜなら、それこそが我が神の意向であり、唯一の救済なのですから」


ふと、神父のねっとりとした視線が俺を射抜いた。それに合わせ、無数の信者たちの視線もこちらに向く。


「さて……ここに膝まづく少年。彼はあろうことか我が教団の愛すべき信者たちを屠った……いわば腐敗した毒物。当然死罪です。本来なら、我々の儀式に用いる価値もないゴミです。 ――――しかし! 奇跡とは常に、泥の中の真珠のごとく存在するものです! なんと、この少年、かの英雄『サガリ・ヒユキ』を殺し身を焼いた張本人、大罪人九十九ガクであることが判明しました!」


「おおぉ……!」と、地鳴りのような歓声が上がる。それは祈りというより、獲物を前にした群れの咆哮だった。


「この少年の血の中に、英雄を穿った力が一滴の雫となって混じっている! これこそ天啓!これこそ神が『喰らえ』と差し出されたご意志に他なりません! これをはき違えること、それは冒涜であります!」


 神父が指先を高く掲げると、処刑人が戦斧をゆっくりと振り上げた。

「これより、救済の儀式を開始いたします。我ら《ナキ食聖教》!  神に選ばれし人材を一人残らず取り入れ、神という名の完全なる存在へと近づきたもう!  愛しき隣人を、余さず頂きましょう」


 一瞬の静寂。あるいは、脳が時間を引き延ばしていたのかもしれない。


 《ナキ食聖教》、それは人肉を食らい神へ近づこうとする狂人の集まり。つまり、俺は彼らにとって『食材』に他ならない。


「――――それでは、いただきます!」


 爆発と聞き紛う合掌の音。振り下ろされる戦斧に自分の顔が映る。


 直後、かん、と金属がぶつかり合う甲高い音が響く。


 途端、天井からぶら下がるシャンデリアの光が消えて、教会は暗黒に包まれる。


「な、何が起こってる⁉ 速やかに証明を付けんか! 儀式中であるぞ!」


「何者かによって教会の電力システムが乗っ取られています!」


どこかのロリハッカーの仕業だ。


「くっ、【教典第二章三節・泡ぶれる蛍火】!」


 神父が握る聖典から黄緑色の光の玉が無数にあふれ出し祭壇室を照らす。


「――っ! き、貴様っ!」


 神父は怒りを露わにこちらを睨む。


 俺は祭壇の頂上で、処刑人の首を拘束具の鎖で締め上げながら彼らを見下ろした。首を絞めつけられぶくぶくと泡を吹いた処刑人はやがてがくっと脱力した。

 足の拘束は解けていた。戦斧が振り下ろされる瞬間、両足をつなぐ鎖と戦斧の斬撃をぶつけたことで破壊した。


「おっさんたちよぉ、好きでもねえのに人の肉食って、そんなに孤独が怖いか?」


 両足の拘束が溶けたにしろ両手は依然拘束されている。真正面からの戦闘になれば勝ち目はない。だが、逃亡に徹すれば話は変わる。


『外までのルートの扉を解錠したの!』


「よくやった、ヌン! ごちゃごちゃにしてくれ!」


 呼びかけの直後、警報音が教会中に響き、火災報知器が起動する。天井に取り付けられた無数のスプリンクラーから水が放出される。


 混乱の中、俺はシャンデリアを飛び移りながら次々にそれを落としていく。落ちたシャンデリアはスプリンクラーがつくった水たまりに放電し信者が失神していく。


「【教典第五章十一節・守り人と華】」


 神父が唱えると同時に聖典から出てきたピンク色の巨大な花弁が信者たちの身体に溶けていく。次の瞬間、突如俊敏になった信者たちが目の前に現れ殴りかかってくる。


(くそっ! あの《神器》のせいで身体能力が上がってんのか⁉)


 放電しないように地面に足を付けずに、椅子を飛び移り信者たちの手を掻い潜っていく。しかし、身動きがとりずらい上に《異能》も使えない。


 皮一枚で敵の猛攻を避け続けるが次第に避けきれなくなっていく。


「あがっ!」


 めき、と骨が折れる音と共に壁に突き刺さる。横っ腹をぶん殴られたらしい。

 痛い。すごく痛い。痛いのは嫌いだ。


「もういい、子羊たちよ、罪人を殺しなさい!」


 神父の叫びと同時に信者たちがわなわな迫ってくる。首に腕に足に、あらゆる場所を殴られ、捕まれ、動けなくなる。


「かっ、う、死ぃねるかよおおおおぉッ!」


力を振り絞り、苦痛に耐えながら猛攻を振り払って立ち上がる。


「――あれ? なんかすごー盛り上がってンじゃん」

 

 素っ頓狂な声がした。

 全員がその方向に視線を移す。


「あ、さっきの子だぁ……間に合ったんだ、よかったぁ」


顔を表したのは赤髪の少女。彼女は俺を見ると弱った笑顔を浮かべた。


「おまえ、その傷」


 少女の身体は全身血だらけで立っているのもやっとな傷具合だ。

 しかし、彼女は逃げる様子もなく強がるように胸を張った。


「お、お前はっ、神からのっ、神からの祝福だっ! 勝手に牢獄から抜け出そうなど万死に値するぞ!」


「うるさいやい! アタシは誰にも囚われない! キミたちみたいな『偽物』とは違う!」


 少女は漆黒の翼を広げ、信者たちを見下ろした。紺色のスカートを揺らめかせ、少女は高らかに笑った。


「――アタシの名はエルマ! 世界に選ばれし《喰種の転生者》! 善も悪も食らいつくすヴィラン! 今夜がアタシのプロローグだい!」


 迷いのない笑顔を浮かべた少女――エルマは首元に『何か』を当てた。


 『それ』は赤い液体の入った注射器。俺はそれが何かを知っている。それをずっと探していたから。


「おまえッ! それどこでっ!」


 通称――アリス血葬。転生者の異分子細胞を活性化させる、いわゆる暴走剤。転生者が体内に取り込めばそこまで、理性なきモンスターとして暴走する。


 先生を失った『あの夜』と重なる。


 エルマは最後に、俺をみて優しく微笑んだ。


「――一緒に楽しもうぜ。なんてったって、世界はキミかキミ以外でできてるんだ」


 エルマは注射器を挿入した。


 直後、彼女の身体がぶくぶくと蠢き、苦痛にあえぎ始める。側頭部の二本角は長く伸び、翼は大きく、そして背中から触手が飛び出す。


「あぁ、なんということか……これが、神聖なる神子の姿か」


 信者たちは感動に涙を浮かべる。


「――――GYAAAAAAAAAAAAAAA!!!!!」


 化け物と化したエルマの咆哮が鼓膜を揺らす。


「あぁっ…………あぁあああ」


 あの日、あの夜とすべてが重なる。


 暴走を始めた転生者は――――いずれ戻れなくなる。


 化け物の咆哮と共に、信者たちの断末魔が聞こえた。化け物はその触手と爪で次々に信者を食らいつくしていく。


『ガク! よくわかんないけどラッキーなの! 今のうちに逃げるの!』


 ヌンの声に思考が現実に引きずり戻される。


「で、でも……あいつが」


 あいつがどうしたというのか。自分でも分かりかねる感情が頭の中をぐちゃぐちゃにかき乱していく。


「…………! そうだ、あいつはアリス血葬を持ってたやがった! その出所を聞かねえと」


 なんとか絞り出した言い訳じみたそれは、自分でも情けないと思った。


『今のガクになにができるの⁉ 全部ヌンが調べるから、見つけるからっ、逃げてよぉっ!』


 ヌンの泣きそうな声が心をかき乱していた感情とせめぎ合う。


 冷静になれ。感情的になるな。俺らしくないだろ。


 深呼吸して、奥歯を噛んだ。


「…………案内してくれ」


 ヌンの指示に従って出口へと踏み出す。背後に化け物。


(俺に何ができんだよ……何もできなかったからここにいんだろ)


 特殊な鎖で異能ちからは使えない俺には、なにもできない。拷問のせいで血も体力もない。ないないずくしの今の俺では、エルマを救うことはできない。


「あぎゃぁっ……! 食われるぅぅっ!」


 背後で声がした。振り返ると化け物が信者の一人の首筋に噛みついていた。


(……これが、あいつのしたかったことなのか?)


 心のないモンスターとなって人を食らいつくす。それが彼女の言う――憧れなのか?


「捕らえて儀式の生贄としたいが……これ以上迷える子羊が失われるのは――」


 信者たちはなおも化け物に立ち向かうが、たとえ《神器》によって身体能力が上がっていたとしても動きは素人。人間ならざる化け物の動きに成すすべなくなぎ倒されている。


(違う――こんなの悲劇だろ)


 いずれ本物の化け物となる彼女は、きっとどこかで殺される。それはヒーローかもしれないし、彼女の身体を狙ったヴィランかもしれない。


(――そんなのあんまりだ)


 彼女の向日葵のような笑顔を知ってしまった。

 子供のようなバカみたいな夢を知ってしまった。


(いやだ……そんなの嫌だっ!)


 じゃあ誰が彼女を――――。

 気づけば体が動いていた。触手の猛攻を掻い潜り化け物の背に飛びつく。信者に噛みつくその口に鎖を挟んで、全力で後ろに引っ張る。


『ばか! なんでっ! ばかばかばかばか』


「にげやがれええええええええええええええええええええッ!」


 食われかけていた信者は肩を抱きながら去って行く。


 神父は苦虫をつぶしたような表情で教典を開いた。


「くっ! これも神が描いた福音の一節というわけですかァ! 【教典前章・移転扉】!」


 次の瞬間、神父の目の前に漆黒の大きな『聖典』が出現する。それに吸い込まれるように信者たちはページの中へと消えていく。およそ別空間へと移動する類の技だろう。


 信者はもういない。神父は最後、俺を睨んで去って行った。


「GHAAAAAAAA!!!!!!」


 触手がわき腹に、肩に、足に噛みつく。血が溢れる。


(これやべえな)


 力が抜けて振り落とされる。見上げれば、化け物が目の前にいた。


(くそ、柄でもないこと、するんじゃなかった)


 時間がとてもゆっくり流れる。


 ヌンが何か叫んでるけど聞こえない。音が聞こえない。


(なんでこんなことしたんだ?)


 俺はもうヒーローじゃないだろ。


(なんで俺はこんなに――怒ってるんだ?)


 唇を噛む。思わず目じりに涙が浮かぶ。


(あぁ――分かった)


 化け物が大きな口を開けた。


(諦めきれてなかったのか)


 意気地なしが。


(あの人への憧れを、俺は捨てきれてなかったのか)


 まだ、そんなもの抱えてたのか。


(そんな自分に、心底うんざりしてんだ)


 直後、視界が真っ赤に染まった。



 俺は化け物に食われて死んだ。



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