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第33話

 メビ子の一撃は義仙閣を崩壊させた。


 その場にいたヒーローやベルエムの連中がどうなったかは定かではないが、あの後「ちゃんと私の存在を通達してくれよォ」とメビ子が呟いていたため無事ではあるのだろう。


 俺は東寺の死体から《紅蓮の神器――右腕》を回収することができた。これが二度と他者の手に渡らないためにも、俺が責任をもって保管すると決めた。


 そして、ベルエムと敵対した以上アジトが特定される可能性が高まったため、俺たちは拠点を移した。


「すぅ――すぅ―」


 あれから三日ほどたったのに、エルマは目覚めない。

 いつもとは真逆のうんともすんとも言わない綺麗な寝顔を眺めていると、


『いやらしい』


「いやらしくねえよ。なんでこっち見えてんだ」


 無線機からヌンの声が聞こえた。東寺との戦闘によって途中から連絡がつかなかったから、こちらから連絡を返した時はすごい慌てようだった。


『そこの奴らと手を組み続けるのネ』


「あぁ、お前にもまた世話になる。頼りにしてるよ」


『ふん。そんな都合のいい事ばっか言って誑かして。次、連絡つかなくなってヌンの弱い心臓をいじめるようなことがあれば……』


「あれば?」


『……ふん。ガクのくせに生意気。もうネトゲのイベント始まるから切るの。ガクは早く寝ないと身長のびないの』


「それはお前な」


 ヌンとの通話を終えるとすぐに、病室のドアが軋む音を上げた。


「わお、またここにいたんですかぁ? ダメですよ? ガクさんも昨日目が覚めたばっかりなんですから」


 クラリがエルマの召し物を変えに来た。メイドさんなだけあって、こういうのはしっかりしている。


「それとも、ガクさんは自らを痛めつけて苦しめて喜ぶ…………ぼ、ボクと同類なんですかね、うひひっ、うひ……気が合うけど相性はどうなんでしょうねっ、うひっ」


 前言撤回。相変わらず残念な頭の持ち主だった。


「ありがとな、ほんとに」


「え? なにがですぅ?」


「お前風に言うなら、メイドさんのお勤めってやつだよ。今回は助かったよ」


 今回の騒動では間違いなく、クラリの力が役だったから。


「えっ、メイドさんのお勤めなんて……ガクさんはボクで何想像してるんでしゅか!」


「付き合ってらんねー」


 俺が立ち上がると、クラリはまっすぐこちらを見た。


「お力になれたならよかったです。それに、帰ってきてくれて、ここを出て行かないでくれて、ボク嬉しかったんです」


 クラリの言葉に少し笑って、


「ここの独裁者が気に食わねえから、なにかあったら出て行くけどな」


「何か言ったかァ? ガクよォ」


 独裁者こと、桜メビ子は病室に入ると、偉そうにソファに腰を掛けてクラリが用意したリンゴにかじり付いた。


「勝手なことしやがって、って怒っちゃいねえのか?」


「怒る? 馬鹿かァてめえは。私があそこに登場したのは、そこに最高の舞台が用意されていたからだ。必然ってやつだ。誇れよ、九十九ガク。てめえは私を舞台に引きずり出したァ」


 相変わらずこいつの思考回路は理解できない。

 だが、


「……お前が来なかったら、きっと俺たちは死んでた。だから、あの件に関してだけは、礼を言う。ありがとう」


 俺が雑に頭を下げると、メビ子は呆気にとられたようにぽかんと口を開けた。


「――。おうおう! そうだァ、感謝してひれ伏しやがれェ! そんで私を崇め奉りやがれ!」


「いやひれ伏さねえし奉らねえよ。てか、なんだ。いきなりテンション上がったな」


「メビ子ちゃん、いつもめちゃくちゃ唯我して独尊してるので、お礼なんて言われ慣れてないんですよ。嬉しいんです」


「さいですか」


 メビ子の新たな一面が見れたところで、俺は病室の扉に手を掛ける。


「覚悟は決まったかよ。私についていく、私の使徒となって世界を蹂躙する覚悟がよお」


 背後に声を投げられた。


「世界を蹂躙するつもり何てねえよ。俺は俺のために復讐を続ける。お前がまだ手を組むっつーなら、俺がここを出て行く理由はねえ」


「ハッ! それでいい。それがいいに決まってる。これ、当然だァ」


 当然なのか。


「ようやくステージ1が終わったんだァ。これからはてめえも私の使徒らしく唯我独尊してもらうぜ。今回はよくやったって言っといてやらァ。これも冥主の役目だァ」


 相変わらず素直なんだか捻くれてんのかわかんない奴だが、そのねぎらいは素直に受け取ることにした。


  *


 新たな拠点と先ほどは言ったが、実を言うとまだ拠点は見つかっていない。

 俺たちがいるのは、やや大きなクルーズ船だ。メビ子が「都会は飽きたァ。海が見てえ」と言い出したのがきっかけだ。


 見渡す限りの海は夜の蒼と月明りを反射してキラキラ輝いていた。まるで、二つの夜が鏡合わせになっているような、幻想的な光景だ。


 異世界事変。それは異世界とここが重なる大災害のこと。

 だが、そんなものなくたって、この世界には異世界みたいに綺麗な場所がたくさんある。


「うわぁ……海って黒いんだ」


 素っ頓狂な声がした。なぜか胸が軽くなった。


「普段は蒼い。夜だけだよ」


「ほへー、エルマちゃんの初耳学なンだけど。ま、綺麗だからどっちでもよくね?」


 あの時、俺はきっと彼女に救われた。

 彼女が来てくれなかったら、抗ってくれなかったら俺はあそこで終わっていたんだ。

 彼女の無邪気に振り回された。彼女の無知にやるせない怒りを抱くこともあった。彼女の境遇に世界を恨むこともあった。


 だけど、俺は彼女の笑顔に救われた。


 市民を救うのはヒーローだ。ルールの上に生き、普通に生まれた人間たちを守ること、これが正義だ。


 じゃあ、誰が普通から外れた人間を救うのか。

 大多数を『普通』と定義するこの世界で、少数の『普通じゃない』を果たして誰が守るのか。


 それはきっと、同じ普通じゃない人間だ。


「身体、大丈夫なのか」


「うーん、すごーまずいもの食べちゃったから結構身体がバグっちゃったけど、もう大丈夫よ」


 『まずいもの』というのは、あの時俺が処理しきれなかった能力に寄る副作用のことだろう。


「えへへ、なんかすごー会いたかった」


 エルマは嬉しそうに俺の隣に立つ。肩が触れ合う、そんな距離。


 俺たちの間に揺蕩う時間は、どうにも気恥ずかしくて、それでいて甘くて暖かい。ゆっくり、ゆっくり、押しては引く波のように、流れていく。


「綺麗だね。知らなかったや、世界がこんなに綺麗だなんて」


 エルマの横顔を見る。長いまつげと綺麗で可愛らしい鼻。彼女の瞳に、夜を切り取る海が映り込む。


 言わないといけないと思った。だから口を開いた。なるべく、この感情が伝わるように、ゆっくり言葉を選んで。


「俺……お前にあんなこと言ったけど、たぶん…………俺の力じゃ、お前が普通に生きていくことを手伝ってはやれねえんだ。俺には力がねえし、矛盾まみれのエゴはもう、捨てるべきだと思ったんだ」


 潮騒がまるで、相槌のようにゆったりと言葉のない間を包み込む。


「それに、あの言葉はきっとお前にとっちゃ、ひでえもんだったと思う。境遇も苦労も度外視して、頭っから自分勝手に否定して見せた。だから、あの時言ったことは撤回するよ。ごめんな。押し付けて、困らせて、そんで傷つけた」


 彼女の瞳が揺れる。


 赤色の髪が、まるで夜海を放浪するクラゲみたいに揺れる。どこに行くのか、何を考えているのか、何を思っているのか、分かり易いようで掴めない。


「くふふっ」


「…………おい、笑ってんのか」


「くひひ…………あははははっ! なんかおかしーねっ! 突然シリアス展開入ってておかしくなっちゃったっ」


「……うぜえ」


 彼女がくしゃっと笑ったら、どうにも毒気が抜かれてしまう。

 赤くなる顔を隠すみたく、彼女から目を逸らして海を眺める。


「ねえ、ガク」


 ふと、エルマが柵にひょいっと上り、大きく手を広げる。

 彼女の背に、真っ黒の大海原と、欠けた月が笑ってる。


「世界ってね、こんなに、こーんなに広くて素敵なんだよ!」


「お、おい、危ないって」


「き・い・て!」


「お、おう」


「アタシ、知らないことばっかだし、きっとガクが言ったことも合ってるんだと思うの。いつかアタシがしてきたことで苦しくなっちゃうかもしれないしね、死にたくなっちゃうかもしれない」


 軽いステップを刻んで、少女が夜空を舞った。


「――でもね、こんなに世界は素敵なんだよ! ガクと会ってから素敵なことばっかなんだよ!」


 屈託のない笑みが、子供っぽい陽気な声が、全身を使って教えてくれようとするその姿勢が。


 どうにも目に焼き付いて離れない。


 まるで月に手を伸ばしているかのような、そんな非現実的で幻想的な、あまりにも遠くを歩く美しさ。


「なんかね、胸の中にね、温かくてキラキラしてる宝石を注がれるみたいにね。どんどん嬉しくなるの。幸せになれそうな気がするの。多分これを、アタシは大事にするべきなんだって思うの!」


 こんな風に生きれたら。


 誰もがこんな風に生きれたら、きっと世界はもう少しだけマシになるだろう。




「だからね、ありがと――アタシを助けてくれて」




 この時、このためだけに生きてきたのか、そう錯覚するほどにどこか救われた気持ちになった。


――願わくば、これから先も、この子の笑顔が――消えてしまわないように。


 たとえ、この子の笑顔が罪のない誰かを殺しても。


 誰かの犠牲の上でしか咲かない花だとしても。


 この子の笑顔を守りたい。


「さ、戻るよ。クラリんがご飯だって」


 エルマは俺の手を取って歩き出す。


 助けられたのは、キミじゃない。きっと、俺なんだ。


 後悔はある。きっとこれからも後悔し続けるだろう。


 迷いが消えたわけじゃない。きっと、また迷う時が来る。


 でも、それでも俺は、目を逸らさない。


 一度、貫き通すと決めたから。


 俺の心が向くままに従うと決めたから。





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