第32話
「ガクっ! あれっ!」
這いずりながらこちらに来たエルマの身体を支える。
「はぁッ、ぐああああああああああああああああ――」
東寺が狂ったように雄たけびを上げる。
「あぁ、ありゃ愚策だ………そんで、とんでもなくやべぇことになった」
アレは《紅蓮の神器》。かつて、四十万の命を奪い、そして誰も倒すことのできなかった呪いの身体。その右腕。
暴走した先生が止まったのは、先生自身が自分を殺したから。
それがなければ、人類は滅んでいたかもしれない。
それほどまでに、危険なものなんだ。
「なんだコレっ!? 東寺様!」
騒ぎを聞きつけた《ベルエム》の人間たち、そして英雄連合の姿も見える。
「オレがッ! オレが歪みの頂にッ! 厄災のその向こう側にぃッ――!」
次第に神器に浸食されていく東寺は、痛々しく叫びながらも、誰も近づけやしない。
本能が理解しているのだ。
近づいたら殺される、と。
「歪みをッ! 英雄が残した希望を、この世の美しさを見せろおおおおおおお――!」
だめだ。これは人が扱える者じゃない。
「これは、死んじまう。全員死んじまう」
俺の呟きにエルマは目を見開く。
「総員! 標的は《紅蓮の神器》を行使している! 直ちに一般人を避難をさせるんだ!」
東寺を中心に、地面から真っ赤な花が咲いていく。
彼岸花だ。彼岸花の赤色は、酷くむなしく咲き誇っていた。
「隊長! これダメ! スイたちも逃げないと死んじゃう!」
「分かってる! クソっ! これは手に負えん!」
英雄連合が慌ただしくする中、一方はそれ以上に混乱していた。
「東寺様! 東寺様、お気を確かに!」
「奥様! 行けません! 東寺様は正気じゃありません! 我らも直ちに避難せねば、被害が!」
東寺と初めて会ったとき、彼の隣にいた袴の女が錯乱している。
「ぶち壊すッ! 何もかも壊すことが芸術だッ! それが日幸サガリの願いだ――!」
刹那、東寺が右腕を振り上げる。
すさまじい殺気。
この場の誰も、動けなかった。
息は愚か心臓すらも止まる。
皆の頭の中に『死』の一文字が大きく表れる。
(あぁ…………死ぬ)
自分が死ぬその様を、容易に想像できてしまう。
逆に、この場で生きる未来を想像できなくなっていた。
誰も動けない。
誰も抗えない。
誰も逃げれない。
圧倒的な、破壊者の殺意。
それが今、振り落とされる。
「――ッ」
直後、すさまじい爆音。
吹き飛ばされる刹那に、エルマを抱きしめる。
砂埃が立つ中に、しかし可憐な赤色の花弁が舞い散る。
戦場というにはあまりにも華やかで。
美しいというにはあまりのも歪んでいた。
だが――死んでいない。
なんで? どうして?
何が起こった。
「――主役が不在の間に、勝手にクライマックス入ってやがんなァ」
砂埃が掃け、赤色の花弁がゆらゆらと揺らめく。
東寺の凄まじい一発を、一人の女が掌で受け止めていた。
頬に光が差し込み、見上げれば天井にぽっかりと穴が開いていた。
義仙閣は五階まである。この女はその天井を一挙に貫いたというのか。
「桜ァ、メビこおおおおおおおおおおおお――!」
「ぎゃはははっ、私が名乗る前に叫んでんじゃねえェ! これは私の舞台だァ!」
「ひぃっ! メビ子ちゃぁんっ! むりぃっ! 降ろしてくださぁい死ぬぅっ!」
二人の拳がぶつかる。
メビ子の背中にクラリが引っ付いているが途中で振り落とされる。何やってんだアイツ。もしかしたらあいつが呼んだのだろうか。
すさまじい衝撃に、建物が崩れていく。
目にもとまらぬ攻防。そして、いつの間にか東寺の姿が消えていた。
音が遅れてやってくる。
東寺は壁に突き刺さっていた。
クラリは慌てて、俺のもとにやってきた。ちょっと泣いていた。
「ひぐっ、ぐすぅ、酷いですぅ…………でも、くひひっ……なんだろ、この胸から湧き上がる、快・感っ」
「お、おぅ」
とりあえず場違いなセリフだったのでスルーさせてもらった。
「――っ! き、貴様ッ! 何者だ!」
「あぁ、それだァ。それを待ってたんだァ」
メビ子はゆっくりと宙を浮遊して、俺たち全員を見下ろした。
「刮目しろッ! 拝みやがれ! 三下風情のてめえらはポップコーンでも食いながらなァ!」
東寺が立ち上がり姿を現す。
「――この世界の主人公。この腐敗した世界をぶっ壊す、悪の権化――桜メビ子ッ!」
メビ子は肩を回して、高らかに笑った。
「手始めに、資本主義に縛られた愚かな武器たちを解放しようじゃねえかァ。――戦いの世の、始まりだァ」
音を置き去りにして、メビ子と東寺がぶつかる。
「甘い温い弱い虚弱虚弱ッ! 理性のねえバケモンほど弱いもんはねえよォ!」
「ああああああああああああああああああああ――ッ!」
刹那、すさまじい爆発。
砂埃がはけて、目に飛び込んできた。
メビ子の右腕が東寺の胸を貫いていた。
「な、なんだ、おまえはっ……」
「まあ、ステージ1のボスとしては、最適だったかもなァ」
メビ子は東寺の身体抱えて、俺たちの傍らにやってくる。
「これから世界は荒れるぜェ? ヒーローも、ヴィランも、一般人も。主役である私が輝くためだけに、足掻いて戦って、そんで最高の舞台を用意すんだァ。それがいいに決まってる」
俺はエルマを抱えたまま立ち上がる。
「…………貴様、何が目的だ!」
ヒーローの指揮官が問うた。待ってましたと言わんばかりに、メビ子は笑った。
「クソったれな神は人間に配役ってもんを与えやがる。脇役に端役、二枚目に汚れ役。黒幕に狂言回し。生きとし生けるモン全員が、この物語に与えられた役ってもんがあんだよ」
「……何が言いたいんだ」
「簡単なことだァ。私は生まれた時から主役だった。そんで思ったのさァ。王道に勇者が魔王を殺す物語何てありふれてて面白くねえ。神だって見飽きてんじゃねえのかってなァ」
メビ子はつづけた。
「――私を恨め。私が主役で、私がラスボスだァ。いずれてめえらの守るそのことごとくを滅ぼす敵として君臨してやらあァ」
メビ子が腕を振り上げた。
高温、高熱を伴って、時間を引き延ばしながら、一体が光に包まれる。
メビ子の一挙手一投足に邪悪さと、そして紛れもない美しさが輝いていた。
「――楽しくなってきたなァ」
光に包まれ、崩壊していく世界で、俺は刀を握る。
迷わない。止まらない。
誰が引き留めようと、戻って来いと言われようと。
俺はこの道を進み続ける。
義仙街が、破壊されていく。
その光景を見て誰もが思った。
――世界の何かが変わってしまう、と。
それほどまでに、美しく退廃的でドラマティックな、まるで夏休みの最後見上げた夜空に流れ星が一線を描くような、そんな世界の終わりみたいな光景だった。




