第29話
視界の端で曼殊沙華が踊っていた。
「なに、やってんだ……」
呟きが零れ落ちた。
競売場のホールで、赤髪の少女と白服のヒーローたちが激しくぶつかる。
赤髪の少女、エルマはここに来た時からすでに体中ボロボロだった。きっと、数多の警備達と戦闘をして、ここまでたどり着いたのだろう。
頭から血を流し、ボロボロのスーツで立ち向かう。武器はなく、あるのは粗削りな武道だけ。
勝ち筋なんてない。この戦いに意味なんてない。無謀、無策、無意味。
(……俺と同じはず、なのに)
間違っていて、誤っていて、歪んでいる。
あまりにも終わってる状況で、痛くて苦しいはずなのに。
なにか考えていないと、死にたくなるくらいクソまみれな現状なはずなのに。
(なんで…………そんな風に笑えるんだよ)
血をまき散らしながら、されどエルマは笑っていた。
至極楽しそうに。まるでみんなに見せつけるみたいに。
「転生者だ。何をしでかすかわからん。総力上げて粛清しろ」
無理だ。こんなの無理に決まってる。
刹那、ヒーローの一人の刀がエルマの腹を貫く。
「いぃっっ!」
苦悶に表情を歪めたエルマは、されど右手で女の肩を掴む。
「あがっ――」
ぐしゅ、と音を立てて、女の肩から血が噴き出す。
喰ったのだ。掌についたもう一つの口で。ヒーローの女は倒れ、エルマは腹に刺さる刀を何とか抜く。
がく、と膝を折るが、されど彼女の目を変わりなく輝いている。
「あぁ……おいしぃ♪ もっともっとぉっ♪」
「化け物がぁッ」
次々にヒーローが刃を向ける。
殴られ、斬られ、吹き飛ばされ、押しつぶされ。
血だらけになりながら、なおも立ち上がる。
「……や、めろ」
もういいんだ。
どうしてそこまでする。
この戦いに、その痛みに何の意味があるっていうんだ。
「ぃ、たぁいっ……ぃたいっ、いたぁいっ!」
「ならもうやめろ! おまえに勝ち目などない!」
エルマの瞳から涙がこぼれる。彼女の身体からはおびただしい量の血が流れている。
「うるさいやいっ! おまえたち、寄ってたかってガクをいじめて……」
「こいつはそれだけのことをした。復讐なんてして、相手がどう思ってるかも考えないで」
「ふつうの考えなんて知らない! 正しいも正しくないも全部どうでもいいもん!」
「話にならん」
エルマは文字通り死に物狂いで戦っている。
だめだ。俺はなにより、彼女に人を傷つけてほしくない。
「……ぁ」
ふと、先ほどエルマが肩を食べた女を見た。倒れこんではいるが、意識は失っておらず、すぐに止血して肩を抱えている。
やろうと思えば、首元に噛みついて殺すことも容易だったはずだ。
なのに、殺していない。
よくよく見れば、エルマが攻撃を加えたそのことごとくが致命傷になり得ていない。倒れこんだヒーローたちも怪我はしているが意識がある。
『俺はお前に……戦わずに生きていく道があるんじゃないかって思うんだ』
昨夜彼女に伝えた言葉。人を傷つけずして彼女が生きるなど、夢物語もいいところだ。まったく自分で言っていて反吐が出る無責任な言葉だった。
(おれが……言ったからか?)
俺があんなこと言ったから、こいつは殺していないのか?
もしそうだったら、俺は――。
(俺は…………なんて残酷なことを言ってしまったんだろう)
自分のエゴを押し付けて、彼女の生い立ちもなにも考えず。
ただただ幻想を口にして、彼女を否定した。
彼女は確かに何も知らない。
――だけど、なにも分かっちゃいないのは俺だったんだ。
ヒーローたちの手によって彼女が傷ついていく。
「かふっ」
エルマは血を吐いて倒れこんだ。
いつだって笑っていた彼女が、血だらけでボロボロの顔でこちらを見た。
弱弱しい笑みが次第に形を変えて、口元が震える。
今まで彼女の瞳が俺を映すとき、どこか妄信的な色を孕んでいた。
負けなど一切あり得ない、とでもいいだけな狂気的な目だった。
その瞳が、今揺らめいて。
「……がくぅっ」
弱弱しく、震えていた。
「――………負けんでぇっ」
たった一言が、俺の胸を貫いた。




