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第27話

「英雄連合第七クラン、これより義仙閣競売場テロ行為の首謀者の排除、および捕縛を行う」


 英雄連合の純白の軍服が揺れる。

 彼ら彼女らが俺を敵として捕らえる視線が、まるで体中を貫くような痛みを伴った。


 一般市民の味方、弱気を助け強気を挫く正義の体現。


 そんな彼らが今、俺を『敵』として捕らえている。


「――……あはっ」


 俺の嗤い声が聞こえた。自分の置かれたこの状況を嘲笑するような、そんな醜く耳障りな声。


「…………冗談だろ」


「お前の殺しに正義はない。お前の行いは善行ではない。己が意のために市民を危険にさらす。お前は、我らの敵だ」


「ちがうちがうっ…………こんなのちげえだろっ」


 受け入れられない。


 どうして俺が、正義を翳すこいつらの敵になってる?


 ありえない。あってはならない。ありえていいわけがない!


(こんなの………)


 真っ白な彼らと、真っ黒な俺。


 くっきりと、そうやって線が引かれた。 


 それは俺がずっと超えまいと必死に踏みとどまっていた境界線。


 だが、いつの間にか俺はこちら側にいた。




 こんなのまるで――――俺が悪役じゃねえか。




 遠のきかけていた意識を引っ張りだすべく、ゆっくり視線を横にずらした。


 そこには、何人か知った顔が見える。同じ釜の飯を食った、元仲間の顔。


 ミスイの顔もあった。酷く、悲しそうな表情をしていた。


「――っ」


 見たくない。知りたくない。認めたくない。


(いやだっ! いやだいやだいやだ! そんなの嫌だっ!)


 気づけば背を向けて走っていた。


 いや、俺は逃げてるんだ。


(なにやってんだよっ! ほんとに、俺は何をしにきたんだよっ!)


 無様に滑稽に必死に、ただ逃げ惑っている。


 十数人のヒーロー。誰も彼もが戦闘に特化した人間。


 対して俺は、ろくに使えもしない刀が一本。神父のよぼよぼの右腕、信者はすでに倒された。もう打つ手なんてない。


「――逃がすかよ! 【ド岩】ッ!」


「がぁッ――くっ!」


 背中からすさまじい質量の岩石がぶつかり骨が歪む。ボロ雑巾みたく汚れて転げまわり、されどまた立ち上がり走る。


 逃げて、倒れて、逃げて逃げて、傷が増えて血が溢れて。


 骨が折れて、内臓がつぶれて、ぐちゃぐちゃになって。


「――はっ…………はっ――くっ――はっ」


 痛くて痛くて、もうやめてしまいたい。


――俺がすべきこと。


 その心に課した責任が、無理やり足を動かさせる。


 どこに向かっているのか。


 ここがどこだったなのかさえ、分からなくなっていた。


 足を動かしているはずなのに、一向に前に進まない。


「――ごぷっ」


 視界は真っ赤に染まっていて、身体の大事な何かが喉を通り口からこぼれ出る。


 転生により得た再生能力も、限度がある。


 いくらでも無尽蔵に治るわけではない。


 壊れていく身体と、それに伴って崩れていく心。


 俺は何しに来たんだよ。こんなのあんまりじゃないか。


 あんな目で見られたら、嫌でも気づいてしまう。


 ずっと目を逸らしてきたことに。何度も思いふけり、その末に無視してきた事実に。


(俺は…………もしかしたら…………いや、もしかしたら、じゃないんだ)


 何が『正解』で、何が『間違い』か。


 行動の絶対的な判断の指針として、それを考えてきた。


 そのたびに、俺は言い聞かせるのだ。


 俺がすべきことが『正解』で、それを邪魔するものが『間違い』だと。


 そうに違いない、と。


 だが、違った。


 ――俺はまるっきり間違ってたんだ。


「ぁ…………」


 気づけば俺は尻を付いていて、壁にもたれかかっていた。


 体中から真っ赤な血が流れ、痛みを通り越した灼熱が脳を焼いていく。


 そして、座り込む俺に向かって、ゆっくりとヒーローたちが近づいてくる。


「テロ行為首謀者、九十九ガクとの戦闘が――ただいま終了しました。――いえ、標的はこちらに危害を加えず、ただ逃げ惑うのみでした」


 この集団の司令官らしき男が無線機にそう告げた。


「なんでこいつ反抗しねえんだ?」


「…………この男が、スイたちを傷つけるなんて……ありえないから。そういうやつなのよ……」


 次第に世界から音が消えていく。


 無力感が頭の中を埋め尽くす。


 俺がしようとしてきたすべてが、間違ってたんだ。そんなことに、いまさら気づいた。


(だったら、俺はなんのために……)


 痛いのも、苦しいのも辛いのも悲しいのも。全部全部何のために味わってきたんだ?


 あの人を失ってからの二年間、俺が足掻いた時間はなんだったんだ?


 力なんて残っているはずもない。


 だけど、自然と俺の右手は胸ポケットに入った煙草を取り出し、火をつけていた。


「――――ぅ」


 俺の人生で、一番楽しかった、あの時の香り。


 幸せで、温かくて、華やかで、穏やかで――楽しかったあの時の香り。


(あぁ…………戻りたい。あの時に、あの時間に)


 この匂いに縋っていたのかもしれない。この匂いを嗅ぐたびに、飴玉くらいの幸福が胸の中で音を立てるから。それがたまらなく愛おしかったんだ。


 この匂いのおかげで、俺が生きる理由を絶望が覆い隠す前に、どうにかそれを守ることができた。


 辺りに誰もいなくなって、頼れる人間も、支えてくれる仲間もいなくなって、それでもなお立ち上がる勇気を貰えた。


 だけどもう――。


「――……つ、かれた」


 漏れ出た言葉が鼓膜を介して脳に入り込んだ時、ようやく分かった。


 そうだ…………俺、疲れたよ。


 もうずっと前から疲れて死にそうなんだ。


 義務に駆られて人を殺しまくって、それを正当化するために何度も何度も言い訳がましく自分に言い聞かせた。


 気が付くと頭の中を殺人への罪悪感が這い寄り出てきて、夜は眠れない。


 いつだって大きな不安と喪失感が胸を掻きむしって、どうにもできない後悔が自分を嫌いにさせるように仕向けてくる。


 だから、それらを胡麻化すみたいに、責務を全うすべく全てを捧げる。心も身体も、命も時間も、なにもかも。


「――…………ぅっ」


 なんでこんな思いをしているのか、そう考えてしまうと胸の底から耐えがたい寂寥感が湧き上がってくる。


(…………会いたい。戻りたい…………もう、耐えられねえよ)


 会いたい。もう一度、あんたに会いたい。


 戻りたい。できることなら、あの時間に戻りたい。


 これは全部俺が見ている夢で、いつかあっさり夢から覚めてあの幸せな時間に戻れはしないだろうか。


 別の選択肢を選んでいたら、今でもあの時間が続いていたのだろうか。


 何かの間違いであんたがふらっと蘇って、俺がしてしまったことをしかりつけた後に、優しく抱きしめてはくれないだろうか。


 あんたがいないだけで、何も楽しくないんだ。


 あんたがいないだけで、もう笑うこともできないんだ。


 あんたがいないだけで、生きることがこんなにも辛いんだ。


(もう…………おれ、つかれたよ)


 自然とこわばっていた頬から力が抜けた。


(もう、終わりでいい。おしまいにしよう)


 吐き出した煙が灰色が世界を染めていく。


 最後にこの香を感じながら終われるなら、俺は安らかに死ねる。


(ようやく……終われるんだ)


 楽になりたい。楽になろう。


 死んだら会えるだろうか。早く会いたい。


 きっと、会ったらすぐに叱られるだろうな。


 殴られるかもしれない。


 馬鹿、なにやってんだよ、ってきっと悲しい顔しながら叱ってくれるんだ。


 叱った後はきっと、優しく抱きしめてくれる。


 よく頑張ったなって言ってくれるかな。ごめんってあの人が謝りそうでもある。


 それで俺も謝るんだ。あの時目を逸らし続けてごめんって。助けて上げられなくて、力になってあげられなくてごめんって。


 そうやってひとしきり泣いたら、あの時みたいにまた笑えるかな。


 あの人の笑顔を、もう一度見れるかな。


 それは、なんていうか……幸せだ。これ以上ないくらい幸せだ。


(もう――…………死ぬか)


 遠のきかける意識。


 きっと、俺の意識をこの身体につなぎとめているのは、心だけ。


 音は聞こえない。視界は朧気。


 あるかどうかも分からない再会を想って、俺は胸の中に溜まっていた息を吐く。


「――」


 だが、いつまでたってもヒーローが俺を拘束しないから、ふと目線を上げた。


 ――少女がヒーローと戦っていた。


 真っ白の純白とぶつかる曼殊沙華のような赤。


 その赤色だけが、やけに鮮明に見えた。


 彼女はいつものように、楽しそうに笑っていた。



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