第26話
「オレたちがアリス血葬を用いて、英雄を暴走させる。それが天命だったんだ」
メビ子がどうして、アリス血葬を持っていたのか。その答えがこれだ。
東寺から受け取ったのだ。
つま先から高熱の液体が頭へ向かって込み上げた。雷に打たれたかと錯覚するほどの衝撃に、呼吸を忘れ全身に鳥肌が立つ。
「――は」
忘れていた呼吸を取り戻したかと思うと、それは半ば過呼吸のように苦しいものへと変わっていく。
全身から熱があふれ出し、細胞という細胞が目まぐるしく活動をはじめる。
視界がまるで、世界に東寺真賀人しか存在していないかのように、鋭く狭く窮屈なものへと変わっていく。
「――ッ」
どす黒い殺意が増幅し、全神経が目の前の男を殺すために研ぎ澄まされていく。
低い姿勢で東寺に迫り、地面をえぐり取るように刀を振り上げる。
一歩引いて斬撃を交わした東寺の足元を、右足で攫う。
「――ぶっ殺すッ!」
態勢を崩しうしろ向きに転びそうになる東寺の首めがけて刀を振るう。
刹那、彼は『木の扉』きらきらびやかな剣を取り出し、それを防ぐ。
カウンターを決めるべく、刀の刃を折り返し空中で流れるように振るうが。
東寺は倒れながらもその勢いを回転へと変換し、死角にて取り出した短いナイフで俺の頬をかすめる。
致命傷を当てることのできないまま距離が開く。
「貴様のそれは模倣に過ぎない――付け焼き刃の偽物が自惚れぬ偽物に勝る通りはないぞ」
東寺の余裕を含めた物言いを無視し、なおも斬りかかる。
火花が散り、甲高い金属音が無数に鳴り響く。
「…………なんでっ」
刀を無心で振り回す中でも、徐々に余分な思考が紛れ込んでいく。
「なんでっ、先生にそんなことしたんだよッ――!」
震える声音を隠すこともできず、俺は感情のままに声を上げる。
俺の斬撃はことごとくをいなされ、しかし俺の身体には傷が増えていく。だが、痛みなど感じぬほどに、目の前の男に神経が集中していた。
「あの人が何したって言うんだよッ! てめえのイかれた価値観のせいで、先生はあんな死に方したっていうのかよっ! …………んなの…………そんなのあんまりじゃねえかぁっ!」
思い出が、記憶が、巡るめく頭の中に蘇る。
怒りに身を任せ刀を振るったところで、この男との力量には差がある。
やるせない怒りが、臆病な心と混ざりながら自然と声音に滲んでいく。
「善行、悪行の数など人の死にざまには関係のない事だ。善人は必ず報われ満足しながら死ぬか? 悪人は全員断罪され殺されるのか? 否ッ! 断じて否ッ!」
東寺の怒号にも似た声が轟いた。
「この世界は! 微塵たりとも、優しく純真な人間に都合よくできていない! ずる賢く、強く、背負う重荷が少ないものから順に、願った結末へと送られるのだ! だから日幸サガリは死んだ! 悍ましく悲惨な最期を迎えたのだ!」
「おまぇええッ――!!」
「その歪みを許容し、その形が美しさだと理解する――それが、弱き者に残された僅かなる祝福だ!」
東寺は刀を『木の扉』へとしまい、片手をポッケに突っ込んだ。
まるで見下すような、見限るようなそんな目だった。
すると彼は空いた右手で指を鳴らす。甲高い音に合わせて、俺と東寺の間に『白の軍服』を着た集団が現れる。
「――ぁ」
どこか悟ったように弱い声が漏れた。
「競売がこうなった以上、再度執り行うのは無粋だ。あわよくば、貴様ら以外の何者かがこれを落札することを期待したが、面白くない。だが約束通り、貴様らにこれはやる。それでよかろう」
「――はい。ですが我々はあくまで、この場で起こった事件について一般市民に寄り添い客観的な判断として今回限りあなたの盾となるだけのこと。あなた方が行う悪行は、いずれ必ず明るみに引きずり出し断罪する。努々、忘れないよう」
「ふん」
東寺は不機嫌気味に鼻を鳴らし踵を返し歩き出す。
「お前らヒーローだろ……そいつと手を組んだとか、言わねえよな…………?」
彼らの会話から連想されるベルエムと英雄連合の関係。
「手を組む、か。その言葉が含む友好性はない。我らが握る剣、盾、神器、それらの源はこの組織が握る市場にあることは事実だ。そして、今回この男の思惑に乗ることになる、それは心底気に食わんが、我らが市民を第一に考えてることに、変わりはない。必要なことだ」
白服の連中は、東寺ではなく俺を捉えている。
裏の武器市場を牛耳り、数多のテロ行為や強奪、誘拐を繰り返すヴィラン組織の統括、東寺真賀人ではなく。
「いや……待てよ。ちょっと待て。おかしいだろ。なあ! そいつは《ベルエム》の親玉なんだぞ!? クズ集団のボスなんだぞ!? そいつのせいでどんだけの人間が不幸になったと思ってる! おまえらが、ヒーローがそれを見逃すっていうのかよ!?」
「我らは正義を掲げ市民を守るヒーロー。証拠のない断罪は不当だ。規律と法律に則らぬ行いなど、それはもう悪党と同じだ」
「てめえらはいっつもそうだ! 違うだろ!? そうじゃねえだろ! 綺麗ごと並べるより先に、目の前で死にそうになってる人がいたら助けるだろ? いずれ罪のねえ人達を不幸にするクズがいたら規律何て無視して自分がやらなきゃって思うだろ? 合理性と正当性に縛られるてめえらがどうしてそこで保身に走んだよ!」
半ば共感を煽ぐように彼らの顔を見やるが、期待した反応は返ってこない。
「そいつは先生を暴走させた張本人だって言ったんだッ! ここで殺しとかねえとっ、俺が殺さねえと、また全部を台無しにしやがる!」
「……お前の発言にどれだけの信憑性がある。この状況を分かってるのか? お前がしたことは」
「確かに一般人を巻き込んだ。そうしてもいいって覚悟も決めてた。だが、そいつはどうなんだよ! そいつをみすみす見逃して、俺を捉えるってか!?」
「あぁ、その通りだ」
自分でもめちゃくちゃ言ってることはわかってる。だが、あまりにも認められないんだ。
「くそっ…………どけ。あいつを殺す。邪魔すんな」
「――」
俺の進路が塞がれる。
「なんのつもりだ」
「我らが刀を向けるは、正義に反する者へのみ」
その先頭に立つ男は、俺へ銃口を向けて言った。
「――英雄連合第七クラン、これより義仙閣競売場テロ行為の首謀者の排除、および捕縛を行う」




