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第25話


『――そこまでだ、悪党』


 無様に尻を付くオレ――東寺真賀人に刀を突きつける女。


 夜の蒼よりも深い髪。すべてを見透かしたような、あるいは諦めたような紫紺の瞳。気だるげで、しかし芯のある声。桜色の唇に加えられた一本の煙草。


 そして、その美しい容貌とは似つかわしくない――漆黒の角。


 一目見て、規格外だと理解した。


 人類の枠から外れた、到底近づくことのできない、超越的な存在。


 特殊な力を持たぬ身で在りながら、刀一本ですべてを淘汰する化け物が、今こうして本物の化け物となって己の前に立ちはだかる。


 悪党を斬り、闇を斬り、光さえも斬る。


 そんな日幸サガリが今、闇に染まりきった異形の姿でなおも光を演じる。


 きっとあの時、あの場所で、オレは魅入られたのだ。

 この歪み切った世界が作った最大の歪みに。


『もっと見たい』


 そう強く渇望した。


『歪みを、矛盾を、すべての美しさを詰め込んだ――最上の美しさを』


 人は何に美しさを感じるのか。


 統制され切った理想形を、人は愛することはできない。作り物のような造形を、夢のような楽園を、人は真に愛そうとはしない。


 では、人は何を愛するのか。


 それは矛盾だ。


悪人が気まぐれに行う善行、努力が生み出した唯一無二の容貌、粗削りながらも作者の感情を叩きこんだ芸術品。


 それらを人は美しいと、素晴らしと感じる。


 だから――日幸サガリは、最上で最美なんだ。


 彼女の歴史が、偉業が、栄光が。それらすべてを否定し悪を体現するかのような異形の姿。


『あぁ、美しい』


 ほどなくして、オレは世界の美しさを刮目する。


 日幸サガリの暴走。


 焼け野原と化した街。まさに地獄絵図。

 その上を闊歩する、史上最強の化け物。

 理性を失くし、今まで救った人間を殺し、そして、最終的には自害という道を選ぶも死ぬことを許されず。


 そして、最後には愛弟子の刀によって命が終わる。


『これほどまでに美しいものはない!』


 心が躍った。恋焦がれていた。これが生きる意味なのだと知った。


 だから、歪みは美しい。測り難いほどに。


 だからオレは、殺戮の兵器を嬉々として世に放つ。


 すべては世界にひしめく有象無象が紡ぐ、その残酷なまでの歪みの美しさを目に焼き付けるために。


  *


「――測り難き、ステージの始まりだ」


 目の前に東寺真賀人。俺は今義仙閣の競売場、そのステージの真ん中に立っていた。

 客席では《ナキ食聖教》の信者たちと《ベルエム》の護衛が戦闘を繰り広げている。


「なっ――!」


「なんだ、ここまでしてもメビ子はこないのか? 奴のように言うなら、まだ舞台は整っていないということか。今日はその時じゃないのか」


 状況が把握できない。


 俺はさっきまで義仙街の旅館にいたはずだ。


(転移かッ! 原理は分かんねえが、状況が――)


 敵陣に一人。絶体絶命とはこのこと。


「よそ見するな」


「がぁっ――!」


 東寺の右手の先、おもむろに『木の扉』が出現する。彼の手がその中をまさぐり、そして――巨大な戦斧を取り出した。


 振り上げられる戦斧。煌めく刃。


 とっさに木箱から手を離し、刀をもってしてその斬撃を受け止めるが凄まじい速度で吹き飛ばされる。


 なんとか杭のように足を突き立てて壁に突き刺さるのを止めるが、木箱は今東寺の手にある。


「…………ぃてぇっ」


「ふん、何かと思えば無線機か。今はオレだけを見ろ」


 右腕から胸にかけて骨が軋む音がした。東寺は斬りかかると同時に、俺の耳から無線機を抜き取りそれを踏み潰した。


「こいつはオレが相手する。貴様らは客を守り、侵入者を排除せよ」


「「はッ!」」


 先ほどより客は少なくなっているが、いまだに会場に取り残されている者もいる。


 信者たちは翼によって空中の利を最大限利用するが、それにしても敵の数が多い。


 そして、視界の端にちらつく白の軍服。


(ほんとに、なんであいつらがッ――……)


 いや、今は目の前のことに集中するべきだ。


「何しやがった…………お前の能力にかけられた覚えはねえ」


「これを宝物庫に登録しないわけなかろう。ただそれだけだ」


   ◇

【異能:収納】

「収納」する神器。行使者の指定の座標に「宝物庫」を創造し、そこに任意の物体を登録する。登録した物体は行使者によって取り出しが自由。

   ◇


 つまり、《紅蓮の神器》を奪還するためには、登録から外す必要がある。

 ということは――。


(こいつを殺さねえといけねえッ!)


 他にも手段はあるかもしれないが、一番手っ取り早い。それが最善だと断ずるのは早計と言えるかもしれないが。


「いや、驚いたぞ。粗削りな作戦だったが、これを奪って見せた。それは評価しよう」


「……その評価が何になるんだよ。景品にそれくれんのか、おっさん?」


「戯けたことを。これはオレの希望、そのものだ」


 東寺は木箱を扉の中に収める。


「じゃあなんで競売に出そうなんて考えた? 普通は自分で使いたがるもんだ」


 そう、今回の根本的な謎は、どうして東寺が《紅蓮の神器》を出品したのか、にある。


 それが喉の奥に引っかかって不気味だった。


「オレごとき人間がこれを扱いきれるわけがない。捨て難いがな」


 東寺は吐き捨てるようにそう言った。別段、怒りも悔しさも感じ取れない。


「これは歪みの到達点だ。用いるべきものが用いねば酷くつまらぬ終わり方となろう。それは度し難い。だから、これは適した者たちに委ねること、それがオレができる最大の敬意だ」


「……敬意、って言ったか? それをてめえのようなクソ野郎が持ってる、それが不敬ってことに気づけよ」


「目を背けるな、小僧。まだ、お前は――己が正しいと思っているのか?」


 東寺の問いかけに一瞬思考が停止する。

 俺が振り上げた斬撃を東寺は戦斧で受け止めると、きりきりと火花を散らせ鍔迫り合う。


「正しい正しくない、じゃねえ。先生を弔うこと、それが俺のすべきことなんだよ」


「目を背けるなと言っている。その矛盾を偽るな。そのままでは――美しくなかろう!」


「――っ」


 矛盾を偽る? 俺が何を偽ってるって言うんだ。

 鍔迫り合いに負け、後退した俺に東寺は高らかに問いかける。


「では、問おう! 貴様はこの悪逆非道な殺戮兵器を手に入れた暁に、何を成す!」


 見定めるように東寺は俺を捉える。

 問いの答えなんて、決まってる。

 それだけのためにここまで来たんだから。


「俺は日幸サガリの身体を取り戻すこと――これをあの人が受けた穢れへの報復とするッ!」


 東寺はぴくりと眉をいくつかせ、硬直する。


「先生の身体を人殺しの道具になんかさせねえ、絶対に!」


 東寺は天を仰ぎ硬直したまま、間を置いて吐き捨てた。


「――…………あぁ、興覚めだ」


 東寺はふらふらとたたらを踏みながら、顔を手で覆う。


「期待してだんだ……オレは期待してたんだよ、小僧」


「……何、言ってやがる」


「復讐に駆られた貴様が、この右腕を手に入れ、そしてそれを用いて悪敵を殺し復讐を成し遂げる…………これ以上にない歪みを体現し、再び殺戮の夜を引き起こしてくれる、と」


 東寺真賀人という人間の思考が、微塵たりとも理解できない。


 どうして、先生の身体を使って人を殺させたいんだ。そんなことをしてこいつに何の利益がある。理解できない。理解できなくても怒りは湧いてくる。


「転生者はどこまでいこうとも人間を傷つけずには生きてはいけぬ。神器もまたそう。いや、神器はより凶悪だ! 人殺しの掌で、人殺しの夢を体現するために、神が仕組んだ遊びに他ならない! それは得難く捨て置きがたい祝福だ!」


「勝手な解釈でクソみてえなことしてんじゃねえ! お前の勝手で生き方を決めつけんじゃねえ! あの人は、クソ野郎どものせいで暴走しただけだ! それがなきゃ――」


「それがなかったら、はない。運命が収束するように、世界が確定させたんだ」


 東寺は掌を眺め、記憶の底から思い出すようにつぶやく。


「オレたちがアリス血葬を用いて、英雄を暴走させる。それが天命だったんだ」


 俺が探し求めた復讐相手が、そこにいた。





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