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第24話


「――【教典前章・移転扉】」


 次の瞬間、ステージ上空に不気味で巨大な『聖典』が現れる。


 漆黒の聖典。


 会場の全員がその異様な光景に目を奪われる。

 ページが鈍い音を立てて繰られる。


 そしてどす黒い瘴気が溢れ、そして中から。


――白い聖衣を着た、《ナキ食聖教》の信者たちが舞い降りた。


 信者たちは翼と槍を握り、ステージ上に現れる。

 まるで天使の降臨。


「――これは、《ナキ食聖教》!? 神父ネリッタか! どこにいる!」


 護衛はすぐさま信者へ追撃を開始する。


 しかし、その慌てふためいた状況の中で一人。


 守るべき品に触れている者がいた。


「――こう来るか」


 東寺真賀人は何かを悟り頬を吊り上げる。


「これは頂く」


 イクタ――否、おぼろげに顔が歪み、そして現れたのは一人の少年――九十九ガク。


 ガクは傍らのウリエ――否、クラリを抱え、教典に吸い込まれていく。


 その姿を東寺真賀人は見上げながら。


「あぁ――度し難い」


 と、呟いた。




  *




 俺、九十九ガクが取れる手段は限られていた。


 状況を整理しよう。


 競売にて出品される《紅蓮の神器》。金で競り落とすことは不可能だった。

 であれば取れる手段は奪還だ。それも競売中に限られる。


 理由は、東寺真賀人のみ出品物の実態を知るからだ。義仙閣の内部に存在する宝物庫という部屋にて東寺は出品物を管理している。ヌンのおかげで場所を特定することはできたが、そこに侵入することはできなかった。加えて、いつどのタイミングで東寺がその出品物を持ち出しているのかが不明。


 そして、俺が取れる選択肢も限られている。

 まず戦力で押し切ることはできない。俺たちの戦力はあくまでその場をかき乱す程度のものだ。


『クラリ、行くぞ』


 クラリの力が頼りだった。


 俺たちは昨夜、義仙閣へ侵入した。クラリは何度も義仙閣を出入りしている。マッピングはできていた。護衛に関しては俺が対処した。


 どこか妖艶な顔つきのクラリは、護衛を前に能力を行使した。


 そして、地下牢獄まで赴き俺の手で――神父ネリッタを殺害した。


 護衛を大胆に対応できたのは、俺の能力上神父の死体は残らないためそれらしい形跡を残しておけば『脱走した』と見せることができる。


 そして、もう一つ。


 ヌンの調査の末、競売にてステージ近くで護衛を務める者の根城を特定し、クラリの能力を行使した。


『最近溜まってたので発散してきます♪』


 彼女は《ベルエム》第三階位――ウリエの寝床へと侵入して能力を行使した。


  ◇

【サキュバスの転生者】

 「偽る」力。体液を摂取することで、人間を偽る匂いを発することができる。例えば、Aの体液を摂取すると、クラリの匂いを嗅いだ外部の人間はクラリの姿をAとして錯覚する。ただし体液摂取はクラロ・クラリの体力上、日に一度しか行使できない。

  ◇


 そうして、行った作戦の全容は以下の通り。


 ウリエを偽装したクラリが取り入りやすそうなイクタ・フラムに近づき、下剤の入った飲み物を飲ませる。イクタがトイレの個室に入ったところをクラリが襲い、能力を行使。クラリの能力によって俺はイクタ・フラムの姿で護衛に付く。


 スクリーン上の映像をヌンのハッキングを用いて偽装し、それによって生まれた隙に俺とクラリがステージに登壇。そこで『神父ネリッタ』の神器《聖母の神器》の力を行使する。そうして、神器を手に入れ、《聖母の神器》の転移の能力によって別の場所へと逃げる。


 これが、この作戦の全容だ。



「このまま、気ぃ失ってるエルマを車に積んでとんずらするぞ」


 俺たちの転移先は義仙閣の外、義仙街の路地裏だった。


 きっと、《聖母の神器》の本来の力であれば、もっと遠くに、それこそアジトまで転移することができただろう。だが、片腕だけではそうもいかなかった。


「せせせ、成功しましたねっ。すごくドキドキしちゃって、もう死んじゃいそうでしたっ」


 興奮を露わにするクラリの言葉に頷き、俺は抱えていた木箱を恐る恐る開ける。


「ぁ」


 先生だ。間違いなくこれは日幸サガリの右腕だ。


(まだ終わりじゃない。これを持ち帰って守り抜くんだ)


 これで満足していいわけがない。

 ここで一点引っかかることがある。


(東寺の…………あの最後の顔……)


 東寺が最後に見せたあの表情。焦ってもいなければ怒ってもいなかった。ただ、嬉しそうに。


「どうですガクさん! ボクの力見ましたか! えっへん」


 胸を張ってしたり顔のクラリに頬が緩む。


「あぁ、ほんと助かった」


「いひひっ」


 嬉しそうに頬を緩ませるクラリ。だが、ゆったりしてもいられない。


「すぐ、ここから離れるぞ。見つかっちまったら終わりだ」


 俺たちはエルマのいる旅館へ行き、借りていた部屋を開ける。


「え……えええ、エルマちゃんいませんっ! あの薬っ、普通の人だったら一日中眠り続けるくらい強いやつなのに!」


 エルマがいない。布団の中はまだ温かい。およそ、目覚めたばかりだろう。


「どどどど、どうしますかガクさんっ!? これ結構まずったかもですっ」


 慌てふためくクラリをよそに、思考を巡らせる。


(慌てる必要なんてねえ…………最適解を合理的に……)


 直後、右腕から脳に電気が走り、視界に火花が散る。


「ぐっ……」


「ガクさんっ!」


 右腕がずきずき痛み、まるで身体が別の誰かに奪われそうな焦燥感に陥る。


「くっ……これ、時間かけてらんねぇってことかッ」


 右腕の浸食。神父ネリッタの思考が俺の頭を蝕んでいく。

 すると、鼓膜に付けた無線機からヌンの声が聞こえてきた。


『ガク! 会場の様子がおかしいの!』


「ああッ?」


『え………待って……』


 ヌンの切羽詰まった声が頭に残る『嫌な予感』を増幅させる。

 作戦は成功したはずなのに、どこか地に足がついていない、そんな感覚。


『すぐにっ、その木箱から手を離すのっ!』


 ヌンの忠告を理解するより前に、俺は悟ってしまった。

 俺の傍ら、木箱の隣で人の頭ほどの大きさの扉が出現する。

 そのドアノブがひとりでに下がり、扉が広く。


 ――その扉から伸びた手が、木箱を掴む。


 次の瞬間、すさまじい力で俺は扉の中に引きこまれていく。


「がくさ――」


 クラリの手は届かず、俺の身体は扉を抜け、


「――測り難き、ステージの始まりだ」


 どすの利いた男の声がした。


 心臓が止まったのかと錯覚する。これまで感じたことのない警鐘の音。


 木箱を掴むその男――東寺真賀人はニヒルに笑った。



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