第23話
――《ベルエム》第三階位、イクタ・フラムは今の仕事を誇りを持っていた。
月に一度行われる義仙閣の競売。
世界中から集まる秀逸で美しい一品が、巡るめく競売に掛けられていく。
ステージ上で行われる競売を、商品を、そしてボスを護衛する。それが彼の仕事だった。
毎朝、皺ひとつないスーツを着て、歪みのないネクタイを垂らし、そして東寺真賀人から授かった命よりも大事な『刀』を携えて、義仙閣へ赴く。
イクタは言ってしまえば、生真面目な人間だった。刀の美しさに魅入られて、刀にすべてを捧げてきた、すなわち刀に生きる人間。
より多くの刀を拝めるなら、と《ベルエム》に加入し、そして力が認められ東寺真賀人から刀を授かる。より美しい刀のために、厳かなボスに仕える。これほど幸せなことはない。
「――」
早朝、義仙閣へ到着すると舞台裏は慌ただしかった。
それもそのはず、今日は『伝説の神器』が出品されるのだから。
「――お茶をどうぞ」
「ご、ご苦労」
同僚の女、名前は確か――ウリエと言ったか。彼女はイクタに身体を近づけ、紙コップに入ったお茶を手渡してきた。自分のパーソナルスペースを易々と超えて、なにやら甘い香がして鼓動が早まる。なにぶん刀に生きてきたため、女に耐性などなかった。
(くっ……この女、どうしてこうも妖艶なのだ!?)
別段身体的に飛びぬけて魅力的なわけではない。服装だってこの場のみなと同じ遊び心のないスーツだ。
なのに、そばにいるだけでくらくらしてしまいそうなほどに、女の匂いがする。
断ることもできず、勢い任せにお茶を飲み干すと、気まずさを紛らわすように話を振った。
「ず、随分慌ただしいのだな。ずっと前から準備していたというのに」
「どうやら《紅蓮の神器》とは別件らしいですよ?」
「…………別件?」
「はい。なんでも地下牢で安置していた神父ネリッタが脱走したようです」
地下牢、そこには出品物となる生物が囚われている。
大きく分けて、義仙閣には宝物庫と地下牢の二つが存在し、宝物庫は東寺真賀人のみ立ち入りを行い、内部には多くの武具が保管されているのだとか。そして、地下牢は商品、または商品になり得る人間を含めた生物を保管している。
「神器を使ったのか。あそこで易々と行使できるとは思えんが」
「不明ですが、護衛はみんな意識がなくなってたみたいです」
「まったく、腑抜けた仕事をする。それでも《ベルエム》の一員と言えるのか」
「そんなこと言っちゃだめですよ。あの人たちは頑張りました」
「お、おう」
ウリエの言葉にどきっと胸が跳ねて気のない返事をしてしまった。
どうにも調子が悪い。どことなく『腹の調子も悪い』。
「大丈夫ですか?」
「お、おう」
「あ、分かっちゃいました。緊張でトイレ行きたくなってるんでしょ? くすくす、まったく」
「ち、近いから離れろ」
ここで高貴な革靴が音を鳴らす。
集まっていた《ベルエム》の人間はいつの間にか整列を終了させ、壇上に上がる男を見上げた。
「――一同、よく励め」
東寺真賀人。白髪交じりの男は、低く厳かな声を発した。
ぴりっと緊張の糸が張る。
「《紅蓮の神器》これを狙う者は少なくなかろう。護衛はより一層警戒を強めよ。そして、これが成功した暁には、オレの願いが叶う」
端的な言葉を、みな心に焼き付ける。
《ベルエム》の中でも競売の護衛に付いたものは、みな何かしらに魅入られた人間だ。
その何かしらを、この男、東寺真賀人が握っている。
ここで仕事をこなせば、いずれその何かしらを授かることができる。
「では、始めよう。この競売、実に測り難いぞ」
みな声は発さない。一堂に深々と礼をする。
始まる。人生の大一番。
……やっぱりその前に、トイレには行っておくか。
*
会場内部は、ステージ、そして十分な距離が開けられ客席という構成だ。
十分な距離、というのは離れすぎていると言えるほどの距離だ。よほど大きな品でない限り客席から目視でその品の細部まで見るのは不可能に近い。理由は単純、商品を守るためだ。
だから、会場にはスクリーンが用意されている。
一般的に、客はスクリーンにて武器の細部までを確認し、それを測る。ネット上でも競売は公開されているため、各々がその商品の概要や細部を端末で確認することもできる。
「すごい数ですね」
隣に立つウリエはやや震えながら呟いた。
それも無理はない。
会場には異例の数の客が集まっていた。大富豪や政治家だけでなく、見るからに凶悪なヴィラン共の顔も見える。
そしてなによりも――英雄連合の連中がいる。
「なんで……あいつらがいるんだ」
イクタの呟きは会場の喧騒にかき消える。
だが好都合だ。英雄連合がいれば、ヴィランは下手に動けない。
「これより、競売を始める」
ステージに上がった東寺真賀人。
「三千万から始めるッ!」
商品ごとに説明を終えた東寺真賀人が初期値を設定し、そこから値段が高騰していく。
護衛はステージを囲う砦のように、ただ直立し備える。
今日はいつもより護衛が多い。それも二倍ほど。
「――今回の目玉に移る」
東寺が口にした途端、会場は騒めく。
情報が確かなのかという疑念と期待、そして、その幻の神器を一目見たいという緊張。
すべての客がステージ上へ視界を集中させる。
東寺が持ってきたものは木箱。
ステージ脇に投影されたスクリーンにも鮮明に映り込む。
「――こちら」
東寺はゆっくりと木箱の蓋を開ける。
会場のみなが唾を飲む。
イクタはあたりを見渡す。護衛の面々が緊張に顔をこわばらせているのを確認する。
ゆっくり、ゆっくり。
そして、木箱が開けられた。
「――……ぇ」
聞こえたのは客の力の抜けた声。
護衛の連中は何事か、振り返りたくなる気持ちを必死に抑えながらも、近くのスクリーンを見た。
――なかったのだ。木箱の中身が。
慌ただしくなる会場。
護衛もしびれを切らしステージを振り返る。
異常事態だ。《紅蓮の神器》が『盗まれる』なんてあり得ていいはずがない。
「…………なにごとだ」
東寺真賀人は焦る、でもなくこの状況が理解できない風に、護衛達に問いかける。
「あれ…………ある? え?」
困惑が伝播する。
護衛の目には木箱の中に、確かに神器があるのだ。
禍々しい燈色の――右腕が。
だが、スクリーン上では木箱の中身は空。
「なにか嫌な予感がする!」
イクタは危機迫った様子でステージ上に上がる。
「何かがおかしい! 東寺様を御守りすべく、あたりを警戒しろ!」
真っ先に声を上げたイクタが護衛らに告げる。階位で考えれば不遜も甚だしい行為であるが、その判断を咎める者はいない。
ステージ上にはウリエも上がり東寺の護衛を引き受ける。
「おい! 《紅蓮の神器》がねえぞ!」
「どういうことだ! これでおジャンなんて認められねえぞ!」
客が口々に怒号を上げる。
客席とステージとの距離、それが裏目に出ている。スクリーンには中身が空の状態で、わたわたとこちらが焦っているように映る。
「東寺様、仕方ありません、ここは一度仕切り直して」
イクタはやや強引に木箱の蓋を閉じる。
「待て! 勝手に触るな!」
東寺が声を上げる。
まだ荒手に出る者はいない。
「一度、整えるべきです! なにやらきな臭くなってきました!」
イクタの発言に東寺は眉を歪ませる。
客席から飛び交う怒号の数々。
まるで音量で押しつぶされんばかりの感情の高まり。
イクタはおもむろに携えた刀を握った。
「――――貴様」
東寺がこちらを見て何かを呟く。
イクタは刀を抜いて、低く鈍い声を発した。
「――【教典前章・移転扉】」




