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第22話


「えへへ、きもちい」


 風呂から上がったエルマの髪を櫛で梳いていると、彼女はふにゃけた声を上げた。

 赤い髪はいつ見ても綺麗だ。曼殊沙華のように、まっすぐな真紅。


「あたしこれすきー」


「今後は自分でできるようにしろよな」


「むりー、まじむり」


「あのなあ」


 エルマは俺に寄りかかって体重を預けてくる。胸の中に彼女の体温を感じて、動揺を悟られないように無心を貫く。


「てか、明日どーすンの? なんかガクが欲しいもの競売で出品されるンしょ?」


「……あぁ。まあ落札できるほど金がねえからどうしようもねえがな」


「えぇ―! かちこめばいいじゃン! ガクだったら大丈夫だって! すんごい力を秘めている武器を、颯爽と現れ奪い去る男! なんかめっちゃヴィランじゃン!」


 興奮気味に語る姿は、微笑ましいとも思う。


「そこで傍らで不敵に笑う美少女なアタシ。うん、これすごくかっちょよくない?」


「傍らにいるだけの何がかっこいいんだよ」


「ちがーうの! 不敵に笑ってんのが、なんか色々知ってますよ感があっていいの! あ、でもかちこんじゃうと、アタシ人殺しちゃうかもね。それはガク嫌なんだっけ」


 んー、と真剣に頭を傾げるエルマ。櫛で梳き終えて、俺は手を止めた。

 エルマは不思議そうな顔で振り返る。

 俺は用意してきた言葉を口にした。


「俺はお前に……戦わずに生きていく道があるんじゃないかって思うんだ」


 この短い間、俺はエルマを近くで見てきた。

 彼女は天真爛漫で、いつも明るくて、純粋で、無邪気な――ただの子供だ。

 環境のせいで、善悪の区別もつかないまま大きくなっただけなんだ。


 夏祭りに目を輝かせ、アニメのキャラを大きな声で応援したり、髪を乾かしてもらうことが好きで、目新しいものには何でも興味を持つ。そんな普通の子供。


「戦わないと、やられちゃうよ?」


「普通は、お前ぐらいの齢の奴は守られて当たり前なんだよ。確かに、人を食わねえと生きていけねえ。『ふつうに』生きてくのは難しい。だが、それでも…………お前が人を殺さなくていいって思うんだ。だってそうじゃねえと、あんまりじゃねえか」


「アタシが食べるのに、アタシが殺さないの?」


「そうだよ。人を殺すことがどれだけクソなことか理解してねえまま、お前が償えねえ罪を背負っていくのが…………俺は」


 上手く言葉にできない。この感情はきっと一言で表せられるものじゃない。


 エルマと会話を交わすたびに、先生の顔がちらつくのだ。きっと、俺はエルマと先生を少なからず重ねている。


 性格も生き方もまったく違う二人。きっと類似点は転生者という酷い環境にいるということだけ。


 似ているから重ねているのではない。異なっているからこそ重ねてしまうんだ。


「そっか」


 エルマは俺をじーっと見て呟いた。


「アタシ考えたの。ガクが言ったこと。ガクはアタシがひどいことするのが嫌だって。ずーっとずーっと考えて、なんだかよくわかんなくなって、また考えて考えたの」


 神父を奪還した日、俺が彼女にこの感情を伝えたとき、彼女は考えてみる、と言っていた。

 エルマが出した結論が気になった。


「――やっぱり、そんなのヤだ」


「ぁ……」


「アタシはアタシの力で幸せになるの。誰かがくれるだけの幸せはきっと偽物だし、アタシはアタシが胸張って幸せって言えるように、がんばるの。アタシの食べるものはアタシが用意するし、アタシを邪魔する奴はアタシが倒すの」


 だめだ。止めないと。そう思った。


「おまえはっ! お前は分かってないんだ! いつかお前にも大切な人ができて、そうなった時きっと、今まで自分がしてたことがどんだけ重くて酷いことだったか分かる…………そうなったらお前は!」


「だったらなおさら人になんて任せらんないよ! ガクがなにに怒ってるかわかんないよ! なんでそんな顔するの!? アタシが人殺したってガクが死んじゃうわけじゃないじゃン!」


「俺はっ……お前に」


 理解できない、そんな目を向けられた。

 彼女の言っていることは正しい。だけど、それ以外が間違っている。

 だから、心底彼女を理解できない。


 どうして、そんなに純粋な目ができるんだ?

 どうして、そんなにまっすぐ生きられるんだ?

 どうして、こんなクソみたいな環境で笑っていられるんだ?


 俺には分からねえ…………わかんねえよ。


「…………すまん、許してくれ」


 吐き捨てた言葉はどこか力なかった。


「もう決めたんだ」


 俺は彼女の首へ手套を入れた。がく、とエルマは脱力し気を失う。


 この子がいると無駄な思考がちらつく。自分でもその理由が分からないでいる。


 俺はこの子にどうなって欲しいのか。

 エゴの押し付けだってことは分かってる。だが、邪魔なんだ。もう考えたくない。こんな気持ちになりたくない。


 クラリは自分が逃げてばかりの弱虫だと語った。


 本当の弱虫は、俺なんだ。


 

 ほどなくして、競売が始まる。



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