第21話
義仙閣を出ると、あたりはすっかり暗くなっていた。
俺たちは義仙街の適当な旅館に一泊することにした。クラリとエルマに一部屋、俺にもう一部屋という形で借りた。
(どうするどうする! このままだと知らねえ誰かに奪われちまう!)
頭が熱い。息苦しい。だめだ、これは良くない。
(冷静になれ冷静になれ冷静になれ!)
あの場で戦闘を始めたところで神器を取り戻せる保証はなかった。どのような形で東寺真賀人が神器を保管しているのか、それも不明だ。
分からないことが多すぎる上に、突然舞い込んだ事態の変化。準備している時間も少ないうえに不明慮な要素が多すぎる。
(それに競売場で勝負を仕掛けたら…………知らねえ奴が死ぬかもしれねえ)
俺は今まで相手とするのは悪党ばかりで、そ一般人が巻き込まれることはなかった。ないように心がけていた。だが、今回に限ってはそうはいかない。
「――――お困りですか?」
俺の部屋にいつの間にか入ってきたクラリが、暢気な声でそう言った。
「……何しに来た」
「メイドの務めを果たしに来ました」
クラリはいつものメイド姿で現れた。街明かりと月光だけが和式の部屋を照らしていた。
「メビ子は何て言ってた?」
「ただ一言『そうか』とだけ。メビ子ちゃんは流れるままに唯我して独尊する人ですから。普段から、ボクたちと作戦を立てたりとかはしません。舞台があればおのずと来てくれる」
唯一のアドバンテージが彼女の存在だと考えていたが、あまりにも制御が取れない。手を組んだ時は積極的に手伝ってくれるものとばかり思っていたが、彼女はどうも遊び感覚で俺たちを捉えている節がある。
「今回の機を狙うつもりもねえってことか。まったくこれじゃあ手を組んだ意味がねえよ」
「それは違います。メビ子ちゃんが何もしないと判断するということは、ボクたちにすべてを一任しているということです」
「だから手を組んだ意味がねえって言ってんだ」
「ボクを使ってください」
凛とした芯の通った声がして、思わず振り返ってしまった。
いつものような自身のない瞳だが、その奥には紛れもない勇気が見え隠れしていた。
「戦うのはできないけど、できることは少ないけど……それでも、ちょっとは役に立ちます。立ちたいんです」
目線が右往左往しながらも、最後は俺をまっすぐ映した。
うるんだ瞳も震えた声音からも、彼女の感情は推し量れる。
怖い。きっと、ただ単純に彼女は怖いと思っている。当然だ。俺がしようとしていることは、すなわち《ベルエム》を敵に回すことに他ならないから。
俺には競売で《紅蓮の神器》を落札することは不可能だ。であるなら、非合法的なルートで《紅蓮の神器》を奪還する他にない。加えて、クラリが信頼している桜メビ子も非協力的と来た。こんなの無謀に他ならない。
「なんで」
「え?」
「なんでここで協力しようと思うんだ? お前にとっちゃ、リスクしかねえ」
明らかに、この場面で俺に協力するのは合理的じゃない。彼女は臆病だ。それはこの短い期間一緒の空間にいただけでも分かることだ。
「ボク一年前まで普通に生きてたんです。普通に学校に行って、部活したり、帰りに友達とカフェ行っておしゃべりしたり。彼氏に夢見たりテストが億劫で逃げ出したいとか思っちゃう、普通の高校生だったんです」
クラリの瞳には、いつしかの思い出が映る。どこにでもある、普通の暮らし。戦いからは程遠いい、これからも歩むはずだった『ふつう』。
「でも、事故で死んじゃって、それで転生して…………全部が変わっちゃいました。おかしな身体になって、おかしな欲が湧いてきちゃって、自分が自分じゃないみたいにどんどん変わって行っちゃうんです。そのまま……友達に能力を使っちゃって………殺しちゃって、ヒーローに追われて、逃げて逃げて逃げて、でも捕まりそうになって」
震える手が強く握られた。
「そこで、メビ子ちゃんに助けられたんです」
彼女の根幹がそこにある気がした。
「悪い子を救ってくれる人はとびっきり悪い人です。でもボクはボクのままでいいって、変わるまま変わっていいって受け入れてくれたんです、守ってくれたんです。だからボクは、まだ生きることをあきらめずに済んでる」
すると、彼女の瞳が揺らいだ。
「だけど……でもっ、このままじゃ、ボクは『変わらない』気がするんですっ……心も体も変わっていくけど、どうしてかボクの大事なところが変われないんです。逃げて、避けて、嫌なことを全部人に押し付けて、そんな弱虫が変えられないんです! メビ子ちゃんはボクに戦いを強制しない……頼ったりもしない……でもそれじゃあ、ボクはっ……ボクはきっと死にたいまま変わらないっ」
泣きそうな瞳が俺を映した。
俺はきっと勘違いしていた。
ベルエムに組するメビ子とクラリ。ヴィランであるというフィルター越しにずっと彼女を見ていた。ずれている倫理観、理解しがたい言動。それらを醜悪なものと捉え、一人の人間としてではなく、『ヴィラン』という肩書で彼女らを観ていた。
だが、違う。クラリも人間だったんだ。
ずれてしまった倫理観も、理解しがたい言動も、転生に寄る副産物かもしれない。
ありふれた悩みの中で、年端もいかぬ少女が抱えるには大きすぎる業を背負い、なにもできないまま世界に翻弄される普通の少女なのかもしれない。
「ガクさんたちが来てから楽しいんです…………ボクにはできなかった手段で、メビ子ちゃんの力になれている…………それが羨ましいんです。だからここで! 今ガクさんに協力できないと、一歩踏み出さないと終わっちゃう気がするから」
この少女に魅せられて、自分がどうにも醜く思えた。
こんな弱い少女ですら、今変わろうとしている。
じゃあ、俺はどうするんだ。どうしたいんだ。
(俺は……なんとしてでも先生の身体を取り戻したい)
手段を選んでいる場合じゃない。競売場で勝負を仕掛けるなら、多少なりとも犠牲は出る。それを許容しなければならない。
「俺はヴィランが大嫌いだ……人を殺すことをなんとも思ってねえクソみたいな考え方に反吐が出る。人から大切なもん奪っといて自分勝手に笑ってるのを許すことはできねえ。だから、心底、ヴィランが嫌いだ。お前たちもあいつも……嫌いだ」
クラリの顔は見えなかった。自然と視線が足元に落ちていたから。
「俺はなんとしても《紅蓮の神器》を取り戻さなくちゃならない。だが、今のままじゃ、打つ手がなくて、弱い俺一人じゃ何にもできねえ」
俺はクラリをまっすぐ見た。
「だから、力を貸してくれ」
相手はヴィラン。きっと、彼女のせいで何人もの人間が犠牲になった。
彼女が生きているだけで、これからも多くの人間が犠牲になる。
「――――はい!」
正解はなんだ。間違いはどれだ。
俺はきっと変わらないといけない。
綺麗ごとを並べて叶えられるほど、この願いは綺麗じゃないんだから。




