第18話
メビ子の家、つまり俺が寝泊りするアジトまで神父を運んだ。エルマの傷は出血がひどかったが処置をすれば重症というほどでもなかった。
「『さすがは私の使徒共だァ! 褒めて遣わすぜェ!』と、メビ子ちゃんは言ってます」
メビ子は別件らしく、携帯越しでクラリが伝えてくれる。
「すごいですよほんとに。ボク、今回は何にもやってないのに…………ひぃっ、これって首ですかね!? もしかして、くく、首切られちゃいますかっ!? …………うひひっ」
なんで喜んでんだよ怖いよ。
「はひゅっ、えっと……『向き合い、そして理解したかァ? 我が使徒、九十九ガク』ですって」
「余計なお世話だっての。俺は自分の足で歩けんだよ」
俺の言葉を伝え終えたクラリは無線機を外した。
「えへへ、メビ子ちゃんが楽しそうだと嬉しくなっちゃいますね………ガクさんもエルマちゃんも、ずっとここにいればいいのに」
クラリが静かに呟いた。
「メビ子ちゃんがいれば、ボクたちは負けないんです。ボクたちはいじめられなくて済みます。自分らしく生きられるんです」
小さな胸の前でぎゅっと拳を握ったクラリはいつものびくびくした態度とは裏腹に、とても落ち着いた目をしていた。
「ねえガクさん。東寺さんを倒すまでじゃなくて、その後もメビ子ちゃんと手を組むのはダメなんですか?」
「え?」
「だって……ボク、二人が来てくれて嬉しいんです。爪弾き者のボクが、なんだか『普通』に生きている実感ができるんです。ボクと同じなのに、それでも戦えるんだって、笑えるんだって、なんだか勇気を貰えるんです」
クラリだって呪いを抱えている。彼女の人生について、俺は何も知らないがきっと想像するのも嫌なくらい破綻した人生なんだろう。
「毎食ボクがご飯作りますし、家事も頑張ります。みんなのメイドさんとして頑張ります」
こんなかわいいメイドがいる生活は全男子が望むものだろう。性転換するけど。
「任務だってボクにできることは言ってください…………その、どうしてもっていうならボクの身体を好きにしてもっ……なんなら怒りのままに痛めつけてくれても……うひっ、うひひひっ」
淫乱な性別回転メイドさんは顔を赤くしながら、気持ち悪く笑っている。怖い。
「だから、考えてみてください! ガクさんの目的のためにも、かなりありだと思うんです!」
確かに、協力者は必要だ。
俺一人ではできないことも多い。
きっと、クラリは本心を語っている。心の底から、彼女はメビ子を救いだと感じている。俺たちの身を案じて、この場にいるべきだと言っている。
(だけど……ここにいれば、俺はきっと戻れなくなる)
自分がどこにいるかも分かってないのに、そんなことを思った。
*
「あれ、腕いつもと同じになっとる」
部屋にはいる途端怪我人のはずのエルマは能天気に漫画を読んでいた。
「もう切っちまったよ」
「ええ、じゃあ食べたかったのに!」
あのまま切り落とさなければ、きっと俺の人格は奪われていた。気味の悪い感覚だった。もう、あの力は使いたくない。
「ん? ガク、嬉しくないン? 初任務達成だよ。すごー快挙だよ」
ベッドの横の椅子に俺は座る。
「あぁ、ほんとにやばかったからな」
「そーそ! ガクの力とアタシの機転のまりあーじゅよ! ガクすごーかっこよかった! ねね、アタシ最高にヴィランしてた?」
「…………おまえは」
言葉を一度飲み込んで、なにを言うのが正しいのか必死に考えたが、どれも気に食わなかった。
「俺は………………お前にあの人たちを殺してほしくはなかったよ」
自分で思ったよりも低い声が出てしまった。
「? なして? ああしなきゃアタシたち死んでたかもじゃね?」
「それでも…………」
エルマは俺の顔をじーっと見て首を傾げた。
「ふつうは……罪悪感を感じるんだ。どれだけクソみたいな人間を殺したって……この手に気分の悪ぃ感触がこびりついて、瞼閉じてもそいつらの死に顔が浮かび上がって、もうぐっすり寝れなくなっちまう…………だから、どこまで言っても人殺しは褒められたことじゃねえし、ましてや巻き込まれただけのあの人たちを殺した時には……俺だったら死にたくなる」
誰が言ってんだって話だ。
自然と落ちていく視界には、硬く握られた自分の拳が映り込んだ。
「んー」
すると、エルマは透き通るような赤い目で俺を捉えた。俺から漏れ出る感情を、少しでも拾い集めるように、じっと俺を見つめてきた。
「ガクは、アタシが人殺したらヤだの?」
「……え?」
「なんで?」
多分、エルマの言う通り、彼女が人を殺すと俺は少なからず嫌悪感を抱いてしまう。
(俺は多分…………エルマに人を殺してほしくねえんだ)
彼女が何も分からないまま償えない悪行に手を染めることが、どうしても不憫に思うんだ。
「ガクは、あたしに人殺しを止めてほしいの?」
俺が彼女に諭すのは間違っている。
だが、彼女は果たして手遅れなのだろうか。
俺と同じ、もう引き下がれないところまで来ているのだろうか。
否、彼女はまだ何も分かっていない。人殺しの罪の重さも、罪悪感もなにも理解していない。
それは彼女のせいじゃない。きっと、彼女を作り上げた環境のせいだ。
だったら、まだ彼女は――。
「多分、おまえはまだ知らねえことが多い。この腐った世界には知ったら見方が変わっちまうもんがたくさんあんだ。知らなきゃ楽なことだってある。だが…………自分の足で進もうっつって決めた道について、俺は全部を知るべきだと思うんだ」
思いは言葉にしなくちゃ伝わらない。言葉にしても伝わらないことの方が多い。だから、多分この思いの全部を彼女に届けることはできない。
すると、彼女の冷たくて真っ白な指が俺の頬に触れた。
「【錆を喰らう(エルミ・イータ)】」
エルマは穏やかに笑った。いつもそうだ。こいつが表情を陰らせているところなど見たことがない。
「ガクが言ってること、むつかしくてよーわかんないし、なんでっておもうけど。アタシ勉強しようと思います。アタシいい子なので」
胸に渦巻いてたおもっ苦しい感情が、まるでバクバク食べられるように、消えていく。心地よくて、温かくて、とても不気味だ。
「大丈夫だよ。ガクは大丈夫。だって絶対に負けないもん。負けるはずないもん。ガクは全部賭けてるもんね。そんなの、最強に決まってるじゃん」
妄信的な言葉だ。エルマは俺が勝つことを疑っていない。
俺は彼女にどうなって欲しいのか。もう分からない。
墜ちていく。純粋で、醜悪で、美しい赤色に染まりながら。
いったい俺は、今どこに立っているのか。真っ赤に染まっていく視界では、それさえも分からなくなっていた。




