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第17話



 神父を抱えた俺を誰かが呼び止めた。いや、誰かなんて分かっている。


「エルマ、先行っててくれ」


「あの子なんなの?」


「あなたがやったのね――」


 強烈な殺意を感じて振り返ると、ミスイがすさまじい速度でエルマに迫っていた。

 俺はすぐに二人の間に割って入ると、俺の首すれすれでミスイの雷でできた刀が止まる。


「馬鹿だと思ってたけど、人殺しを庇うまで落ちぶれたの?」


「……」


 ミスイは相変わらず読みにくい表情だが、長年の付き合いでわかる。


 彼女は――強烈に怒ってる、同時にどこか怯えている。


「エルマ、先いけ」


「道分からんけど」


「あそこに飛んでるドローンはヌンがよこしたもんだ。こんな教会が突然出現したら、見つかるのは時間の問題だからな。ドローンを追ってけばヒーローから見つからねえ地下通路にたどり着く。俺はすぐに付いてくから」


 エルマは背後のミスイと俺を見やってから俺をじっと見つめた。


「あの人たちを殺したのは、その子なんでしょ」


 ミスイが疑惑と怒りを含んだ声音で問いかけてくる。


「そーです! エルマちゃんの功績です! ね、お姉さんも戦うの楽になったでしょ!」


「な……正気じゃない! ガクがそんなこと許すわけないわ!」


「えー? ガク怒ってんの?」


 エルマは上目遣いで顔を覗き込んできた。


 この胸がはち切れそうなほどの罪悪感。でも、エルマはそれを悪いことだとは思っていない。

 彼女を助けたのは俺だ。だったら俺はもう、彼女を断罪することはできないのかもしれない。


「さっさといけ。死にてえのか」


「あーい」


 エルマはそのまま教会を離れて行く。エルマの姿がなくなったところで踵を返す。


「なにも言わないつもり?」


「何か言ったら納得すんのか?」


 振り返らずに答える。振り返りたくないとも思った。


「神父を連れていくのは英雄連合だわ」


「別に世に放ったりはしねえから安心しろよ」


「そういうことじゃないってわかってるくせに」


 その通りだ。俺も元は英雄連合。目的の分からない不審な人間の動向など信用に値しないから。


「なんで何も言わずに、行っちゃったのよ」


 ミスイのこんなに弱弱しい声は聞いたことがなかった。


 だから、思わず振り返ってしまった。泣きそうな顔をしていた。自分本位でお嬢様で気が強いこの少女が、こんな顔をするのか。こんな顔をさせてしまったのか。


「なんで、スイたちに頼ろうと思わなかったの……一年もなにしてたのよ……スイたちの、あの時間はなんだったのよ……」


 あの時間、か。

 あの時は楽しかった。今思えば、幸せだった。

 先生がいて、英雄連合のみんながいた。生意気で自分勝手なクソガキの俺をまるで家族みたいに育ててくれた。


 俺が馬鹿だから失ってしまったんだ。俺に責任がある。取り戻せないことなんて分かってる。


 だけど、俺はあの時間を愛していた。だからこそ。


「――俺の生きる理由はあそこにしかねえんだ」


 あの人が俺の時間を、人生を作ってくれた。

 あの人を奪った世界なんて、俺は愛することなんてできない。

 あの人を穢したクソ野郎どもを、俺は許すことなんてできない。


「復讐なんて…………そ、んなの……」


 それ以上言わなくていい。わかってるから。


「あの人は…………日幸先生は望んでないわ。やめなさい」


 声は震えていた。


 俺をしかりつけるでもない。諭すでもない。ただ、俺の認識の奥底に問いかけるような口調だった。


「そんなこと、分かってるよ」


「だったら、あんたはどうして! 馬鹿じゃないの!? 馬鹿だわ。ほんとにバカ!」


 確かにバカだ。大馬鹿野郎だ。こんなこと、先生は望んでない。きっと先生が知ったら、すごく怒るだろうな。


「誰も幸せにならないわ! ……ガクも、先生も、なにも報われないわ! いずれ悪党として英雄連合に狙われることになるだけだわ」


 ミスイは手を固く握りしめて、俺を睨みつける。


「こっちに戻ってきなさい。先生を傷つけたクズたちはスイたちと追いかければいいわ」


「戻らねえ。英雄連合には飽き飽きしてたんだよ」


「嘘ね」


「嘘じゃねえよ。ヒーローの犠牲の上を、何も知らねえ市民が生きる。どうして顔も知らねえ奴のために仲間が死なねえといけねえんだ。そんな構造が俺は嫌いだったんだよ」


「矛盾してるわ。あなた一度はあの人たちを逃がそうとしたわ」


 あの人というのは、信者候補の一般人のことだろう。


「矛盾してねえよ。それにあいつらが死んだのは俺のせいだ」


 硬く拳を握る。


「法律や規則に守られてるクズ共がたくさんいる。俺はそいつらにも聞きてえことがあるしやらなきゃなんねえことがある」


 く、と彼女は口をつぐんだ。


「止まらないのね」


「あぁ」


「もう、戻ってこないと、そう言うのね」


「あぁ」


 ミスイがまっすぐ俺を捕らえた。


「じゃあな」


「………」


 彼女の桜色の唇が震える。あ、とか、う、とか言葉にならない言葉を紡いでから、彼女は消え入りそうな声を出した。


「――――……戻ってきてよ……」


 揺らがない。貫き通すんだ。決めたんだ。もう決めたことだから。


 すべきことだから、俺は進むだけ。


 踵を返し、歩き出した。



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