第14話
高望みをしたつもりはありません。
虐待の痣を癒してくれた町娘と結ばれた。
それが私――ジョウ・フィンネの人生唯一の幸運だったのでしょう。
彼女との時間がすべてでした。
彼女が笑うだけで心の底から幸せを感じました。
彼女と抱き合うだけですべてが救われた気がしたのです。
彼女が隣にいる時間が、永遠と続いてほしいと、愚かにも望んでしまうほど満たされていました。
だからでしょうか。子を育んだこと、それが神の怒りに触れたのかもしれません。
子は妻の腹の中で死にました。
妻は病みました。病んで病んで、私が愛した彼女の姿はぼろぼろと失われていきました。
ですが、私の愛に変化などあろうはずもございません。私は妻に救われた。であれば、次は私が支える番だ、と。
――力不足でした。まったくもって、私には力がありませんでした。
妻は自ら命を絶ちました。私は己の無力さを呪いました。
望むからこうなるんだ、と叱られているようでした。
あんまりではありませんか。ダメならダメと、私如きがより大きな幸せを望むことなど許されないと、伝えて下されば妻は、子は死なずに済んだのに。
神は人でなしです。到底、崇めていいものではありません。
であるからして、聖母ナキ様の教えは正しいのです。間違っているはずなどありません。間違っているなど、誰にも言わせない。
神が殺した。私が愛した人を。
神は死んだ。私たちが殺したのです。
神はいなくなった。でしたら我らが座を奪うまで。
二度と、私のような愚か者が生まれぬように。
■
頭から突然冷水を被るような、そんな強烈な不快感が思考を現実に引きずり戻した。
「――はっ! …………はっ、な、んだ、これ……」
どれだけの時間が経っただろうか。
「ちょっ、汗やばいけどだいじょぶ?」
エルマが顔を覗き込んでくる。俺たちは礼拝堂の前。戦況を見るに数秒程度しか経っていないようだ。
俺は理解した――この力を。まるで赤子が歩き方を教わらずして習得するように。
「……くそったれが」
ぐつぐつと胸の内から嫌悪感が湧いてくる。
「ほら落ち着いて、ガク。深呼吸、すって~、はいて~、怖かったでちゅね、よちよち」
こんな時に赤ちゃんプレイ始めんな。結構心にくるから。
「……いや、もう大丈夫だから…………多分、あれは俺の能力だ」
「ほへー、死体吸い込むとか趣味悪くね?」
「お前に言われたかねえよ」
俺は頭を振って、立ち上がる。
(この力は……使いたくねえ。こんなの……冒涜だ)
俺が見たのはあの死体の記憶。あの死体の人となりを知ってしまった。名前を知ってしまった。もうすでに、俺の頭の中ではあの人物をただの悪党と断ずることはできない。
(同情なんてしねえ……同情なんて……こいつらはクソの集団だ……だけど……)
拳を握りしめ、ひとまずその感情を置いとく。
「おまえはあの人たちと休んでろ」
「なんそれっ! あたしだけ蚊帳の外じゃん!」
「んな身体でなにができんだよ」
「ガクだって足ふらふらじゃん!」
エルマの戯言を軽くいなして、俺は礼拝堂に踏み込む。
「あ! いいこと思いついた! アタシ天才だ! ねえガク、アタシたちって電池みたいなものなんだよね。だから信者さんたちは強くなったんだよね?」
「え、ああ、そうだけど。ちゃんと聞いてたのか」
「そうです、アタシ天才なのでちゃんと聞いてました! りょーかいのすけ! アタシはアタシにできることやる!」
瞳を輝かせて快活に笑ったエルマを見て、なんとなく危うさを感じた。
だが今はそれどころではない。俺は軽く返事して刀を握った。
「……あなた、異能使わないと思ったら、転生したのね」
彼女は俺の耳や腕を見て言った。先ほどまではベールで異形化した部分は隠れていたから気づかなかったのか。
「なんで死んだの?」
答える気はない。今応えても意味がない。俺は彼女の隣に立つ。
「無視するなんてガクの分際で生意気だわ。じゃあ、あの転生者だれ?」
「いててててっ、耳ちぎれちまうから! 協力者! 協力者だよ!」
「協力者、ね……後で全部聞くから、覚えておきなさい」
相変わらず抑揚のない声で怖いことをミスイを隣に、神父を見据える。
「じゃあ行くか」
地を蹴った。木製の長椅子の間を掻い潜るように駆ける。一方ミスイは正面から派手に戦闘を始めた。
俺がやるべきことは神父を無力化すること。それですべてが解決するだろう。
転生してから、刀を扱う練習を始めた。
脳裏に焼き付いた先生の剣筋を模倣しながら刀を握る。
「――――」
戦いのセンスは磨いてきた。身体の扱い方、刹那の駆け引き、戦略、視野。
ずっと、『日幸サガリ』という刀一本で人類の頂点に立った人間を追いかけていれば、嫌でも磨かれる。
流派や型は理解していない。だが今の俺にできることは、ただ、日幸サガリを模倣することだけ。
祭壇横の壁と垂直に着地し、ぐっと足に力を入れて解放する。
一閃となって神父めがけて迫る。
「かっ」
刹那、眼前に現れた信者の槍を皮一枚で躱し、信者の身体に一刀。
神父に向けて刀を振りかぶったその時、信者がもう一人身を挺して現れた。
「――んなあ!」
その信者の横っ面を雷が直撃。否、スイの雷の斬撃だ。
神父への道が開け、俺は刀を振るう。
「――届きませんよ」
刃は神父に触れる寸前で停止する。すぐさま着地して、まず関節、次に目へ刀を振るう。
いずれも、弱点になり得そうな部分を狙った。――しかし、届かない。
俺を囲うように迫る信者を捕らえ、すぐさま退こうと跳ねるが。
「断罪を」
「あがっ」
神父が空中で俺の足を掴む。退けず空中で制した俺へ、信者が槍で貫く。
肩、脇へ一撃ずつ貫通する。焼けるような痛みに奥歯を嚙んで、身を回転させ刀で反撃を取り、反動で神父の手から逃れる。
「いっでえええっ……」
痛い痛い痛い。痛いのは嫌いだ。生きていると、強く自覚してしまうから。
「ガクッ!」
「…………だ、大丈夫だぁ……時間たったら治りやがるぅ」
「――。それって」
駆け寄ったミスイに伝え、なんとか立ち上がる。
「くそぉ、まったくどういう仕組みなんだよ…………あ?」
ふと、祭壇を見ると、神父と信者が倒れこんでいる。おそらく、俺が相対した信者が空中で姿勢を崩し神父に衝突してしまったのだろう。
「くっ、どかぬか、愚か者っ」
神父は信者に支えられ立ち上がる。
(俺の刀に微動だにしねえのに、信者とは衝突した?)
おかしい。ここに糸口がある、と感じた。
「おい、ミスイ」
「ええ、おかしいわね」
ミスイもうなずいた。
「おいおい、大丈夫か神父さんよー。信者さんとぶつかったくれーで倒れるなんて、老人ホームに入るのも今じゃねえか?」
「戯言を。我らは聖母ナキの教えを理解している同士。いまだ理解せぬ愚者とは異なり、心が通じ合っておる。ゆえに、接触を許可されているのだ」
神父は信者二人に儀式を任せ、俺たちへ顔を向ける。
「まだ分からぬか? 貴様らは私に危害を加えられぬと言っているのだ。階級が違い過ぎる。理解に差がありすぎる。与えられる愛が小さすぎる。矮小すぎるのだ!」
「懇切丁寧にどーも。そんなに聖母の寵愛を自慢してえかよ」
「否、いずれ貴様も授かるということだ。その時が来れば、貴様の刃も我に届くだろうぞ」
「その時には洗脳されんだろ」
「はッ!」
神父は嘲笑うかのうように鼻を鳴らした。
◇
【聖母の神器――聖典】
「宗教」を再現する神器。聖典の保持者(司教)が崇める存在を頂点として「宗教」を構築する。准聖典を散布することで信者を獲得し、信者が一定数を超えると教会が出現する。信者の生命エネルギーを用いて司教は神器を扱う。よって信者の数に比例して神器は強力になってく。
なお、現宗教《ナキ食聖教》の場合、神父、信者、信者候補、と階級が分かれており、信者候補は神父へ「接触」するとは禁じられている。
◇
つまりは、神父に攻撃を食らわせるにはれっきとした信者になる必要がある。
しかし俺たちは洗脳が完了していない信者候補、だから攻撃できない、ということだ。




