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僕は妖狐だ。人界へと流罪になった。  作者: neluasob


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第1話 人界

 

 目が覚めた。

 僕の目の前では、無機質で、細く丸みを帯びた物体が音もなく動いていた。

 三節棍の様な作りで、先端には三本の指が付いている。


 当然の如く、僕は混乱した。

 しかし、ただちに自分が何者なのかを思い出す。

 

 僕は妖狐だ。人界へと流罪になった。


 つまり、ここは人間の世界?

 僕は人間の稚児になってしまったのか?

 

 目は見えるし体は動く。

 妖狐の人型体型と、人間の身体は酷似している。

 しかし今の身体は鉛のように重い。

 なんて不便なんだ。


 僕は周囲を確認しようとするが、首がすわっていないのか、頭を上げることはできなかった。

 

 普通は生みの親が近くにいるんじゃないのか?

 生まれたばかりの稚児は大人が守る。

 稚児はか弱く自衛の術がないからだ。

 どんな生物にも共通するものだと思っていた。

 しかし、今僕の目の前に存在するのは三節棍の様な不気味な物体だ。

 確か、奴らの言葉で言うと…。

 そうだ。人間が作り出した独りでに機能する便利な物体。

 機械って言うんだったよな。

 うん。数百年前に見たことがある。

 冷蔵庫とか扇風機とか。

 人間の技術に感心した記憶がある。


 最近の人間は機械で赤子の面倒を見るのだろうか?

 

 そんなことを考えていると、股間あたりが急に温かくなった。

 

 なんだ。この新感覚。

 知らないぞこれ。


 手で確かめようとする。

 僕の股間部分が何かで覆われていた。

 材質は紙のようにザラザラしている。

 しかしこの厚みに湿った感覚…。

 なんだこれは。気味が悪い。


 そんなことを考えていると、機械が僕の股間目掛けて手を伸ばし…。


 は!?


 驚いた。

 股間部分に纏わりついている紙の下着を、目にも止まらぬ速さで解き、取り除いたではないか。

 

 しかし、驚くべきことはこれだけではない!


 僕の股間に何か変なものが付いていたのだ!

 異物!?

 小さい管のようなモノに稲荷寿司のような物体がくっついているではないか!?

 一体なんなんだこれは。

 

 まさか…。


 古の記憶が蘇る。


 あれは確か江戸の世だった。

 人気が少なく廃れていた神社を乗っ取り、祀られていた僕の元に二人の男女が現れた。

 あぁ、そうだ。

 男の方は見覚えがある。

 名前は…駄目だ。思い出せない。

 後に僕と親しくなった人間なんだが…、あぁクソ、忘れてしまった。


 まぁ別に今はそんなことどうでも良いのだ。

 問題は僕の股間部分に張り付いている変な物。


 確か…珍宝?だっけ?

 そんな感じの名前だった気がする。


 神社にやってきた奴らは全裸になるや否やお互いに身体を絡め合っていた。

 何をやっているのかさっぱり理解できなかったし、気持ち悪くなったために途中から目を逸らしたのだが…確かあの時、奴の股間にも同じようなものがついていた気がする。

 尤も僕のものはピカピカなのだが。


 そうだ。

 これは珍宝と呼ばれる人間の臓器だ。 

 妖狐には無いもの。僕たちはツルツルなのだ。


 僕の股間に取り付けられている臓器が露わになった。

 紙の下着は濡れていた。

 

 なるほど。

 そういえば人間は排泄するんだった。

 つまりあれは僕の排泄物なのだろう。


 人間の体は実に不便だなぁ。

 いっつもこうやって垂れ流すのだろうか?

 稚児だから制御できないだけなのか?

 いずれにせよ、排泄という行為は無駄この上ない。

 

 僕から紙の下着を取り上げた三節棍のような機械は、替えの下着を持ってくるや否や、すぐさま僕に着せた。

 こちらはまったく無駄のない動きだ。

 それが逆に怖い。

 無駄が多い人間は、機械に身の回りの給仕をさせることで合理化を目指したのだろうか?


 全ての任を終えたのか、機械はそそくさと去っていった。


 後に残された僕は激しい孤独感に包まれる。


 …暇だ。


 これから百年。僕は人間として過ごさなくてはいけないのか…。

 いや。

 でもたったの百年なのだ。

 こんな短い時間なんてどうってことない。

 

 寝て起きれば百年なんて余裕で経過しているはずだ。

 

 こんなのが罰だなんて、あいつらも相当甘いんだな。


 そんなことを考えながら、僕はゆっくりと瞼を落とす。

 稚児の体はいつもより眠く感じた。


 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 初めて意識が覚醒してから、何回眠り、何回目が覚めたのだろう?

 少なくとも三回は超えている気がする。


 おかしい…。

 普通なら五百年は軽く超えているはずだ。

 本来妖狐は寝る必要がない。

 そもそも疲れないため、脳を休める意味がないからだ。

 しかし、僕は寝る。

 なぜなら起きていてもやることがないから。

 寝ていれば無駄なことを考える必要もない。


 いつもの感覚でいえば、とっくに数百年は経過していてもおかしくないはずなのだが…。

 一体全体どういうことなんだ?


 そんなことを考えていると、僕の腹からうなり声のような音が鳴り響いた。


 驚く暇もなく、物凄い速度で、機械の腕がやってくる。

 奴の指先には乳白色の液体が満たされた瓶のようなものが取り付けられていた。


 なんだあれは。


 注意深く観察していると、再び腹の底から低い音が…。

 そして唾液が溢れんばかりに湧き出てきたではないか。


 口の中に入れたい。


 そんな衝動に駆られてしまった。


 妖怪の時には感じることのなかった感覚。

 実に奇妙だ。


 そんな僕に対して、目の前の機械は僕の意図を完璧に察したのか、瓶の飲み口を僕の口の中まで運んできたではないか。

 次の瞬間、乳白色の液体が僕の喉へと注がれる。

 反射的に飲み込んでしまった。

 生まれて初めて液体を飲んだ。


 暖かい感覚が全身に伝わる。

 喉が独りでに動き、次なる液体を求め始める。


 なるほど。

 人間は排泄をする。

 ならば当然、エネルギーを外部から取り込まなくてはいけない。

 冷蔵庫も扇風機も電気というエネルギーで動いているのを以前目にしたことがある。

 人間は口の中にモノを入れるという行為を通してエネルギーを摂取するというのか。

 しかし、妖狐は何かを口に入れる必要がない。

 妖狐のエネルギー源は妖力と呼ばれるもの。

 頭上に浮遊している光輪という臓器は無限の妖力を生み出すことができる。

 何かを摂取する必要がないのだ。


 口の中にモノを入れるなんて、実に無駄な行動。

   

 面倒くさいことこの上ないのだが…。


 どうしてだろう。

 

 気が付いたら瓶の中身をすべて飲み干してしまったのは。

 なぜ全身が幸福感に包まれているんだ。

 無駄な行為ではなかったのか?


 わからない。

 人間の体は不可思議なことで包まれている。

 

 そんなことを考えていると、またもや眠くなってきた。

 妖怪の時、眠ることはあっても眠気とは無縁だったはずなのに。

 

 瞼が重い。

 僕の意識は次第に遠のいていく。

 

 次こそ。


 流石に次目を覚ませば、百年なんて余裕で経過していることだろう。

 ところで人間の寿命は百年程度なのだろうか?

 短すぎやしないだろうか?

 百年なんて年数、寝るだけで経過してしまう気がするのだが…。


 深い思考に入ることなく、僕は夢の世界へと落ちていった。


 

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