春に笑え。
ソロでの初ライブを終え、あっという間に入学式を迎えた。
珍しくこのタイミングに咲き誇った桜が散り、アニメのように美しい世界を目の当たりにしながらも、迷わず自転車を走らせた。
全員知らない人だ。名前も顔も、強いて言えば、説明会や試験の際に顔を見たくらい。
弁当を忘れるという大失敗をしながらも、当日点273点という自己ベストをたたき出したあの日にちらっと見たくらいで、顔以外何もわからない。
それでも、三年の時が過ぎれば笑いあえる友達になっているのかもしれない。
そんなことを思いながら、私は教室へ向かった。
中学の時とはほとんど変わらないのに、なぜか違うように見える教室は、春のにおいと未来への希望で満たされていた。
そんな中、話し声が聞こえた。
斜め前の廊下側の席。
黒く長く、さらさらとした髪の少女と、ウルフカットの少女。とってもかわいい彼女らは、男子の視線を奪いながらもただ笑いあっていた。
盛り上がっているのか少し声が大きく、内容が少し聞こえた。
「——部活どうするの?」
「うーん、私は文芸か料理研究部かな。漫研もいいかも」
「いいね~漫画かいたら見せて~」
「いいよ~そっちは何部? やっぱ軽音?」
「もちろん」
「ライブ行くからおしえてねー」
「まかせろ~」
どうやら、ウルフカットの少女が軽音部に所属の意を示しているようだ。
「まずはあの子と仲良くなろう。そうしよう」と心の中で決めた私は、とりあえず緊張を抑えるを兼ねてぼーっと深呼吸した。若干夢で見たような気分になりながらも、先生が来るまで待った。「どうか楽に接してくれる先生であってくれ」と胸の中で懇願しながらも、あることについて考えていた。
自己紹介とバンド名だ。
バンド名に関しては方向性などから考えることもあるが、今後の活動を左右するものでもある。これは私の推測、個人的な意見になるが、もしそれが難しい英語であればそのバンドは覚えられないだろう。そして簡素な名前にしても、覚えられやすいとは言え、興味をそそられることは少ないだろう。……だからと言って芸名のように謎に満ちた名前を付けても仕方がない。
そして、私は、バンドの方向性と曲をマッチさせていきたい。
悩むことが多すぎる。
でもひとまずはそろそろ始まる入学式とその直後に備えよう。幸い、入部まではかなり時間があるのだから。
とそんなことを考えていると、チャイムが鳴った。
全員しっかりと席に着き、先生を待つ。今頃、両親が出発したころだろう。
どうせ「もう朝日も高校生なのね~」と言っているころだ。
「初めましてー、今日からこのクラスを担当する菊池です。よろしくね~みんな」
ゆったりとした先生だ。クラスのみんなも、ふわふわとしだした。
「軽い自己紹介するね。みんなは後でだよ。私は菊池優菜。今年で教師2年目。社会を担当すします。地理も歴史も公民も何でも教えちゃうぞ」
今のウインクで多少の犠牲が出た。癖の強いいい先生だ。先生というより友達な気がする。
「こう見えて昔軽音部に入っててね。県大会優勝したこともあるんだ。それもあって軽音部の顧問でーす。いえーい」
みんなの「おおー」という生きぴったりの反応、謎のテンションに止まらぬ犠牲。このままではクラスが……!
「さーて、こんな話をしていたらもう時間だ。廊下に番号順で並んでください」
かれこれ20分話していたようだが、まったく退屈を感じなかった。多分MCもやってた。絶対このトーク力はそうだ! ボーカルだ!
立ち位置的には私と同じだ!
ちょっぴりと嬉しくなった。朝日であった。
体育館へ移動し、きれいに並んだ椅子に座っていく。
広い敷地に等間隔で並べられた新品のパイプ椅子は前から見ればTAB譜のようである。
集中しなくてはならないのに、頭の中に旋律が暴れまわる。
知らない世界で好きに音楽を唄うような、そんな感覚だ。
今日は珍しく明るめの曲。入学式というのもあり、今後の未来を見据え、覚悟と不安と希望と期待の混じりあう感情。メジャーコードに時折生まれるマイナーが、不安と希望による感情の波を感じさせる。
「桜」や「花」といった春の季語が曲を暖かく包み込み、``ソロ``ライブが始まる。
私しかいない。正真正銘ソロのライブ。
私のオレンジのギターと、机にかかった水色のストラト。ベースは鈍くドラムは鋭く、ピアノはドレッシングのように完成へと導いていく。
気が付けば、入学式が終わっていた。
それほどまでに、あの世界へ熱中していた。
とはいえ、私の中ではよくあることだ。
『一同起立』
ザッという音とともに、一斉に生徒が起立し、続いて礼をした。
ちょっと大きい制服が気になってしまう。
特にブレザーの袖が長く、常時萌え袖をしているやばいやつと化してしまっている。
退場をしたのち、初めての下校が待っていた。
バンドメンバーを集めたい私には、この下校のタイミングで行いたいことがある。
さっきのウルフカットの少女はバンドが好きそうで、同じ匂いを感じる。
大きく数回深呼吸をして話しかけた。
「あ、あの!」
「ん? どったの?」
「もしかして軽音部入ったりする? 入るなら私とバンド組まない?」
「ちょ、決めんの早くない? 入学式当日なのに」
「あ、そ、そうだよね……ごめん」
「私は稲葉 奏。ベースだよ。よろしく」
「うん、やっぱそう……え?!」
思わず大きな声が出た。
「どうしたの?」
「やってくれるの?! バンド!」
「いいよ。同じ中学の人いないしね」
「ありがとおおおおおおおおマジ感謝だよおおおおおおおおお」
そしてLineを交換した。
プロフィールの画像は猫ちゃんだ。
これって……
「い、稲葉さん」
「かなででいいよー」
「奏……このステメのってバンドの?」
そこには、面白い虫の名前と、商品名が書かれていた。
もしそうなら私の好きなバンドと同じだ。
「そう。……もしかして」
「同じバンドが好きなの??!」
「おんなじのが好きなのね??!」
「……いったん落ち着こ。好きな子は?」
「ボーカルの―—」
「私も!」
うれしさのあまり、食い気味の返答だった。
その後、帰りの支度をしながら笑いあっていた。春の日差しに照らされて。
「あ、そうだー私いいものあるよ」
そう言って奏は少々控えめでありながらかわいさを漂わせるバッグから財布を取り出した。
「何かな?」と朝日は思いつつも、にやにやする奏を見てワクワクしていた。
「じゃじゃーん。カラオケの割引券~」
「おお~」
軽い拍手。
予定は空いている。
「今日いける?」
「うん。直行で行こー」
「おー」
他愛ない女子高生の会話は、一度切り上げられ、駅に集合となった。理由としては荷物を置くため。
資料とかは持っていてもしかたないし、なくしたくもないので家に置いておくことにした。
彼女の家が遠く、少し時間があるのでギターを練習することにした。
集合時間の十分前には着くように、集合時間の四十分前に出れば問題ないだろう。




