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君と珈琲とギター。  作者: 終焉を迎えたTomato
序章。世界の始まり。

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1/4

ロマンで歌え。

「朝日ー? ちょっと手伝ってくれない? 思ったよりお客さん多くて」


 眠い目をこする。

 母の声で起きた私は、階段を下りてふらふらしながら店へ向かった。

 私の家は喫茶店だ。

 喫茶店なのにライブハウスみたいな雰囲気を醸し出しながらコーヒーを出す。

 それが私の家。喫茶店「可惜夜(あたらよ)」だ。


「ああ朝日、お姉ちゃんと一緒に、オーダーを取ってくれ。ってなんだその顔は」


 父のあきれた声、忙しそうな姉。L字のカウンター、キッチンに吹き抜けと並ぶ客席。角に五角形になって置かれるライブスペース。そして音響設備。大きな家と、喫茶店。ライブスペースの対角線にある螺旋階段。母の笑顔。姉の笑顔。客の向けるレンズ。窓から差し込む優しい夕日。濃い焦げ茶のギターは、夕日を反射して輝いている。


「はーい。がんばるー」


「……朝日。一応言っておくが、今日ライブあるからな」


「うんー」


「お前。ギター弾くんだぞ」

「朝日の番よ~」


 私の番か……


「私の番?!」


 その声は、店中に響いた。

 少ししてその発言に気づき、顔を赤らめ、手に持っていたスマホで顔を隠す。

 やめてえ~見ないでえ~もう殺してえええ~。


「朝日ぃ~早くぅ~お姉ちゃん死んじゃう~」


「あ、うん。着替えてくるね……」


 弱弱しい声で答えて、黒とベージュを基調とした制服に着替える。


 本当に、私でいいのかな。

 そんな葛藤は、幼いころに見た、聞いたあの母と父の音色にかき消された。


『おとうさん! おかあさん! はやくひいてよ! はやくー!』


 両手を後ろに、今と変わらないライブスペースで、二つのスポットライトに当たった二人が、鮮明に浮き上がる。

 恥ずかしそうに笑う母と、娘たちにいい演奏を聞かせようと必死な父。二人は、本当に支えあっているように思えた。いや。支えあっていた。

 ギターの父がミスれば、母がアカペラでカバーする。ボーカルの母がミスれば、突然のソロパートで父がカバーする。

 カバーしたのち、心が一つになった二人は、アドリブで世界を作りだす。

 ギターの音色がきれいに輝き、透き通った声が心を貫く。静止したスポットライトも、今は、今だけはカラフルに彩っていた。

 ただでさえ打ち合わせのないライブなのに、まるで何度も何度も練習したかのように音を重ねた。

 美しかった。ただただ美しかった。


 あんな曲が、私に弾けるだろうか……

 私。歌えるかな、弾けるかな……

 私なんかが歌ってもいいのかな。


 Aコード、Gコード、C、F……

 少しづつ固くなった指先のように。この意思も固くなるはず。

 震える弦のように、人の心も震えさせられる。

 この指で。人々を震撼させられる。


 時は過ぎ、気が付けばライブステージに一人。錆びたギターが一本。少し塗装のはがれた、ロゴがきらりと光るマイクが一本。いくつものスポットライトに照らされていた。


「朝日、挨拶」


「え、あ、えーっと」


 冷たい指先、震える足。複数の客の視線。家族の暖かい視線。姉の向けるカメラ。


「えーっと、常連さんはよく知っていると思います。この店の娘、長谷川朝日です!」


 徐々にカメラを向ける人、前のほうにやってくる人が増えてくる。


「初めてなので、下手でも許して下さい! それでは聞いてください!」


 打ち込まれたドラムもベースも、大きなアンプから同時に流れ、一つの曲になる。

 周りの音が聞こえないほど、曲に集中して歌う。

 綺麗に連なる言葉が、やっと言葉になった。

 入学前の春。また一つ、思い出が増えた。


 アニメと父の背中見て目指したこの音楽界(世界)も白く濁って行く。

 ストロークに合うように、ライトが点滅する。

 鼓動もドラムに合うようリズムを刻む。

 もしこれが夢ならば。永遠と覚めないでくれ。

 祖父の代から使われるこのギター。

 今でも変わらず、煌びやかな音を出している。


 次のカッティングで、ソロパートだ。

 ソロが終われば、アカペラでサビ、そして盛り上げてラスサビだ。


 何度も何度もコードを変え、言葉を吐き、息を吸う。

 喫茶店「可惜夜」の名に恥じぬような演奏ができているだろうか。

 明けたくない。明けてほしくないような夜が、ここにあるだろうか。


 ないなら。創ればいい。

 無事に演奏が終わり、ラスサビへ。


 死にそうなほど勉強と練習を重ねた日々。

 今だけは信じてやる。「努力は報われる」その言葉を。

 どのような人であれ、この声でこの音で、魅せてやる。

 あこがれた音楽界よ。待ってろ、私が頂点だ。


 スポットライトがより一層輝き、ステージが際立つ。

 エフェクターの(ひず)みが店内へ響いてこだまする。

 観客の拍手によるリズム、打ち込まれたきらびやかなドラム、さりげなく背中を押すベース、彩りを与えるキーボード。

 私の作った曲が、初めてこの世界で残響した日。

 やがて来る未来の足音がする。

 春のにおいがする。

 今は、母と妹と姉と父と、そしてこの店の客からの視線なんてどうでもよくなった。

 恥ずかしさなんてどこにもなかった。


 ロマンで歌え、この魂の叫びが、君に届くまで。

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