月下の剣聖
「シオン――ッ!!」
石壁に叩きつけられ、糸の切れた人形のように崩れ落ちたシオンの姿が、俺の理性を焼き切った。
脳漿が沸騰し、視界が真っ赤に染まる。
「テメェ……よくも、よくもシオンをォッ!!」
ドォォォォンッ!!
地を穿つ踏み込み。
先ほどまでとは比較にならない、音速を超えた一歩にアレクセイの眉が微かに動く。
「ほう、まだそんな力が残っていたか!」
ガキィィィィンッ!!
俺の振るう大剣と、アレクセイの紅蓮の小手が正面から激突した。
衝撃波が周囲の廃屋の窓ガラスを木っ端微塵に粉砕する。
一撃、二撃、三撃。怒濤の連撃を叩き込む。
だが、アレクセイはその猛攻を、愉悦に満ちた笑みを浮かべながら紙一重で躱し、掌底で俺の剣筋をなぶり倒していく。
「遅いッ! 怒りに任せた剣など、俺様には届かん!」
視界が跳ね上がった。
アレクセイのカウンターの拳が、俺の顎を正確に捉えた。
「がはっ……!」
脳を激しく揺らされ、景色が二重三重にブレる。
だが、俺は倒れねえ。
返り血で真っ赤に染まった視界のまま、がむしゃらに剣を振り回した。
「刃殿! もうやめて、死んでしまうわっ!」
遠くでヴィクトリアの悲鳴が聞こえる。
アイナも、ガリアも、俺がボコボコにされる凄惨な光景に息を呑み、動くことさえできないでいる。
バキッ、ボキッ、と俺の身体の中から嫌な音が響き続ける。
アレクセイの容赦ない回し蹴りが脇腹を抉り、続く膝蹴りが顔面を叩き割る。
それでも俺は、足を震わせ、泥を啜り、血を吐きながら立ち上がり続けた。
「……しぶといな、ゴミ虫が。だが、それもここまでだ」
アレクセイが、ついにその腰に差した派手な装飾の剣の柄に手をかけた。
初めて、命を奪うための冷徹な鉄の匂いが立ち込める。
ゆっくりと引き抜かれる白刃が、月光を反射して不気味に輝いた。
俺にはもう、剣を構える力さえ残っちゃいない。
膝をつき、肺を焼くような荒い呼吸を繰り返すのが精一杯だ。
アレクセイがトドメの一撃を振り下ろそうとした、その刹那――。
「……アレクセイ。こんなところで、何を油を売っておるのだ」
凛とした、鈴の音のように透き通った声が響いた。
いつからそこにいたんだ?
アレクセイの背後、わずか数歩の距離。
音もなく、気配もなく、一人の女が立っていた。
淡い桜色の銀髪を夜風になびかせ、白の着物の前を大胆に開けたその姿。
羽咲みあに激似の、冷徹ながらもどこか扇情的な美貌。
Hカップの豊かな胸元が、静かな呼吸に合わせて微かに上下している。
「……チッ、余計な邪魔が入ったか」
アレクセイが忌々しげに舌打ちをし、今まさに振り下ろそうとしていた剣を、ゆっくりと鞘に収めた。
「命拾いしたな、覇射使い。……覚えておけ。覇射使い同士は、いずれ必ず惹かれ合う運命にあることをな」
アレクセイは紅蓮の鎧を翻すと、夜の闇へと溶けるように姿を消した。
静寂が戻った廃村。
着物姿の女は、ボロボロになって地面に伏す俺を、黄金の瞳で見下ろした。
一本歯下駄の「カラン……」という音が、静寂に響く。
彼女はふと、俺のそばまで歩み寄ると、その鼻筋を微かに動かした。
「……ふむ。お主の匂い、拙者は嫌いではないぞ」
……匂い?
何のことだか分からねえ。
ただ、その一言を残すと、彼女もまた、かき消えるようにその場から去っていった。
「な……今の、まさか『剣聖』……!?」
ヴィクトリアの震える声が、遠くで聞こえる。
「……シオン……アイナ……」
仲間の名を呼ぼうとしたが、俺の意識はそこで完全に途切れた。




