52:シャロン・アルドリッジは咲き誇る
今日も薔薇の一角は美しく整えられ、吹き抜ける風に深紅の薔薇達が優雅に揺れる。
高めに設けられた生垣は他者からの視線を遮り、それでいて閉塞感は与えない、見事な作りだ。
一角の中央に置かれたテーブルセットも外観を損なわず、誰しもうっとりと見入りそうな美しい景観である。
シャロンはその一角で今日もまた優雅な時間を楽しんでいた。
空になったティーカップに紅茶が注がれる。隣に立ち給仕を担うエドワード……ではない。
確かに紅茶を注いでくれたのは彼だが、隣に立ってはいない。彼はシャロンの向かいに座っている。
「給仕の真似事だなんて、器用な方ね」
注がれたばかりの紅茶を一口飲みシャロンが告げれば、向かいのエドワードが笑みを零す。
それどころか「庭いじりもできますよ」と返してきた。
「給仕の真似事に庭いじりだなんて、ずいぶんと変わっているのね」
「これがなかなか役に立つものです」
シャロンが冗談めかして返せば、エドワードもそれに続く。
この会話を聞けば、誰しもエドワードの事を『変わった趣味のある貴族』としか思わないだろう。まさか元庭師で、この薔薇の一角こそが彼の作品だなどと想像もしないはずだ。
エドワードはあの件以降、アスタル家の養子として、そしてアスタル家新当主として生活していた。
当人はまだ未熟で勉強中と謙遜しているが、そこいらの凡百の子息よりも飲み込みが早く素質がある。その才能も手腕も相当なもので、誰もが口々に彼を誉め、そして彼を養子に迎えたハンスを英断だと褒めていた。
一時は財政難で傾きかけていたアスタル家だが、イリオをはじめとする毒を吐き出し、才知ある新当主を迎えたのだ。安泰は間近だろう。
「いまじゃすっかりエドワード・アスタル様ね。これで格上の女性を狙わなくて済んだじゃない」
おめでとう、とシャロンが笑う。
兼ねてからエドワードは『格上の女性と結婚し、庭師人生では得られない富と名声を』と願っていた。
ゆえにシャロンは彼を『逆玉庭師』と呼んでいた――本人はこの呼び名を否定していたが、どう考えても逆玉庭師である――だがいまや彼は一貴族。それも家名を背負う当主だ。
庭師人生では得られない富と名声を手にしたことになる。
だがそれを話すも、エドワードは苦笑を浮かべて「ご冗談を」と否定してきた。
「私の夢は変わっていませんよ。私の夢は、格上の女性と結婚し、今以上の富と名声をアスタル家にもたらすこと」
「あら、今のアスタル家だけじゃ満足しないのね」
「えぇもちろんです。今も昔も、気持ちも望みも変わりません」
じっとシャロンを見つめ、エドワードが目を細めて笑う。
次いで、彼はテーブルの上に置かれていたシャロンの手にそっと己の手を重ねた。
大きく男らしい手だ。見目こそ爽やかで美丈夫なエドワードだが、庭師を続けていただけあり手は男らしい。節が太く、シャロンの手は重ねられただけで覆われてしまう。
「アスタル家の庭に、白薔薇で囲う一角を作っているんです」
「白薔薇で?」
エドワードの話に、シャロンはふと周囲を見渡した。
アルドリッジ家の庭にあるこの一角は、眩いほど赤く咲き誇る薔薇で囲われている。
シャロンが薔薇を好きだと言ったから、そしてシャロンが一人で泣けるよう、彼が設けてくれた籠だ。
それをアスタル家に……。白薔薇となれば景色もだいぶ変わるだろう。だがきっと美しいはずだ。
その景色を想像し、シャロンは次いでエドワードを見つめ返した。
紫色の瞳がじっと見つめてくる。
熱意的に。言葉の裏にある気持ちを視線に変えて……。
「それは良いわね。……でも、もう籠は必要ないわ」
そう答え、シャロンは覆われていた己の手をするりと抜き……そして自ら指を絡め、彼の手を握った。
その瞬間、よほどのことでは見目の良い笑顔を崩さないエドワードが分かりやすく肩を震わせた。いつもの笑みが徐々に柔らかく嬉しそうなものになり、頬がほんのりと赤らんでいく。愛が溢れ、幸せだと言葉にせずとも訴えてくる表情だ。
曲者ではあるものの、意外と分かりやすい男である。
「もうどこにも閉じ込められたりなんてしない。隠れて泣きもしない。愛のない政略結婚と子育てを押し付けられた10歳のシャロンはいないの」
「では、いま私の手を握っているのは?」
嬉しそうに尋ねてくるエドワードに、シャロンが笑みを強めた。
彼の手を握り、空いた手で己の右耳に触れる。
カチャリと小さな音が鳴った。燃え盛るような赤い髪の隙間から覗くのは……
白い薔薇のイヤリング。
それを見たエドワードの笑みが強まる。
「着けてくれているんですね」という声は、喜びの色が滲んでいる。
シャロンもまた微笑んで返した。
「いま貴方の手を握るシャロン・アルドリッジに、赤い薔薇の籠はいらないわ。……でも」
言いかけ、言葉の途中で彼に身を寄せる。
意図を察したエドワードもゆっくりと顔を寄せてきた。
「白い薔薇に囲まれて、夫婦でティータイムは悪くないわね」
そう告げてゆっくりと目を瞑れば、閉じる直前、眼前に迫ったエドワードの嬉しそうな顔が見えた。
次いでシャロンの唇に柔らかな感触が触れ……、
「お母様、ねぇお母様、こっちにいるの……あら」
「お、お母様! いくら自由の身とはいえ、人の目がある場所で……!」
と、聞こえてきた子供達の声に、パッと目を開けると慌てて離れた。
「薔薇の籠はいらないけど、夫婦の時間を過ごす場所は必要みたいね」
「生垣を少し高めにしましょうか」
そんな会話を交わし、愛しい子供達を薔薇の茶会に呼び寄せた。
…end…
『シャロン・アルドリッジは返り咲く』これにて完結となります!
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