51:新しい世代
「すまなかった、シャロン。傷つける気はなかったんだ。ただお前が過去の事を引きずっているようで、どうにか願いを叶えてやろうと思い……。すべてはお前の幸せを願っての事だ」
イリオの声はまさに猫なで声といったもので、シャロンの背中にぞわりと寒気が伝った。
縋るどころか纏わりつくような声。お得意の媚売りだと分かっても、聞いているだけで嫌悪が増していく。
「兄を陥れたのも確かに事実だ。卑怯な手も使った。だがそれほどにアスタル家の事を考えていたんだ。貴族の男に生まれたなら誰しもが持つ野心というもの。すべては家を守るため」
「……家を」
「お前をデリック様の嫁にしたのも、悩みに悩んだ末の事なんだ。どれだけ胸が痛んだか……。辛い選択だったが、全てはアスタル家とアルドリッジ家の未来のため。家族と家を守りたい一心の行動なんだ、お前もそれは分かってくれるだろう」
なぁ、とイリオがシャロンに同意を求める。
今更ながらに家族の情に訴えかける気なのだろう。
……そう、今更な話だ。
だからこそシャロンはイリオをじっと見つめ、次いでわざとらしく、向き合うのも嫌だと言いたげに顔を背けた。取り出した扇をパッと開いて顔を半分隠し、横目でじろりと睨みつける。
「そう訴えられても、私はアルドリッジ家の夫人でしかありません」
「シャロン……?」
「夫人の務めは夫を支え子を育てること。お家繁栄だの相続だの、難しい話をされても困ります。そういった話はどうぞフィルになさってください。家名を背負う当主同士でお話を……あぁでも」
言いかけ、シャロンは視線をイリオから他所へと向けた。
一度ハンスを見て、次にハンスからエドワードへ。そして最後にフィルへと。
ゆっくりと見回すように視線をやり、最後にイリオへと視線を戻すと扇で口元を隠した。
もちろんその下の笑みを隠すためであり、それでいて、笑んでいると分からせるためでもある。
「家名を背負う者同士で話をするのであれば、貴方の席は無さそうね」
扇で隠しつつも笑みを浮かべ、冷ややかにシャロンがイリオに言い捨てた。
次いでハンスへと向き直る。表情は一転して穏やかに微笑み、それどころか「ハンス」と親し気な声色で彼を呼んだ。
「息子のフィルはまだ若く未熟。本来ならば父を見習うべきですが、それももう叶いません。どうか支えてやってください」
そう恭しく息子をハンスに託す。
……正確に言えば、アルドリッジ家新当主を、アスタル家当主に託した。
そのために『伯父様』という呼び方をせず、格上のアルドリッジ家夫人として彼に声を掛けたのだ。
ハンスもそれを理解したのか、姪相手とは思えぬ恭しい態度で頭を下げた。
「こちらこそ、若輩者の息子ですがご指導のほどお願い致します」
ハンスの口調もまた親族に対してではなく、格上の家の夫人に対してのものである。アスタル家当主として、新当主を名家夫人に託したのだ。
親のやりとりを見てエドワードが父に倣い深く頭を下げ、フィルもこれに応えて返す。
その光景はまさに、新当主を迎えた二つの家の交流。
未来あるやりとりに映るだろう。
……それを見せつけられるイリオは気が気ではないはずだ。
現に悔しそうに唸りを上げ、険しい表情で眼前のやりとりを睨んでいる。
だが睨むだけで口を挟んでこないのは、自分ではもう太刀打ちできないと察したからだ。
散々アルドリッジ家に媚び諂って生きていたからこそ、ここにきても抗うことが出来ない。家名や権威に屈し続けた性根がそれを許さない。
家のために兄を陥れ、家のために娘を売り、そして再び家のために娘を陥れ手中に収めようとした。
そんな男が、格上の家を前に己の転落を止められずにいる。
ふさわしいと言えばふさわしい末路だ。皮肉が効いている。
鼻で笑ってやりたいのを堪え、シャロンは扇を閉じるとパンと手で打った。
軽やかな音が響く。この茶番の閉幕を告げる音だ。
野次馬達もそれを察したのか、好奇心を露わにしていた表情を緩め、あちこちで雑談が始まる。――もっとも雑談の内容はあってないようなもので、やはり横目ではシャロン達の様子を窺っているのだが――
「皆様、煩くしてしまって申し訳ございません。ミア、せっかくのパーティーなのに、こんな事になってしまってごめんなさいね」
眉尻を下げてシャロンがミアに謝罪をする。もちろんこれもまた終幕のためのやりとりに過ぎない。
そもそも今日のパーティーはこの為に開かれたもの。だがミアもまたシャロン同様アスタル家奪還劇については知らず、僅かに唖然とはしているが。
それでも声を掛けられるとはたと我に返り、謝罪するシャロンの肩を優しく擦った。
「良いのよ、気にしないで。貴女の気が晴れたのなら何よりだわ」
「ミア、ありがとう」
「そうだわ、せっかくアルドリッジ家とアスタル家に新たな当主を迎えたんだもの、乾杯をしましょう!」
晴れやかにミアが言い切れば、妻に当てられたのか彼女の夫が秘蔵のワインを来賓達に振る舞うと給仕に手配を命じた。
どうやらよっぽど希少なワインらしく、その銘柄を聞いた野次馬達の中から期待の声があがる。
パーティー会場は既に終幕の空気だ。
いや、来賓達にとって騒動は既に終わり、アルドリッジ家とアスタル家の新当主への歓迎の空気に切り替わっている。皆晴れ晴れとした表情で、この場に立ち会えたことを喜んでいる節まである。
気が早いというなかれ、証人という名の野次馬などそんなもの。
むしろ彼等には、この騒動を社交界中に言いふらしてもらう仕事も残っている。きっと一月も経たぬうちに社交界中に、それどころか国中の者が今日の事を知ることとなるだろう。
良かった、とシャロンは小さく微笑むと、レイラやミアに連れられ華やかなパーティーの中央へと向かった。
項垂れるイリオやマルク達には一瞥もくれず。
もちろん、床に落ちたままのイヤリングを拾うこともせず。




