50:白々しい子息
周囲から向けられる視線には一つとして応えず、まっすぐに前を向き颯爽と歩いてくるのは間違いなくエドワードだ。
濃紺色のスーツに身を包んでおり、細部に飾られた装飾品や刺繍が彼の見目の良さを更に引き立たせる。その堂々とした態度と麗しさに、見ていた者達は囁きさえも出来ずにいた。
「馬鹿な事を言うな! こいつはアルドリッジ家の庭師じゃないか!」
誰もが言葉を失いエドワードに見入る中、イリオが彼を指さし声を荒らげてその正体を暴いた。
だがそれに対してもエドワードは穏やかな笑みを崩さずにいた。まるで「それがどうした」と言わんばかりで、暴かれた動揺や焦りの色は微塵もない。
「父に言われ、社交界の事を学ぶために素性を隠してアルドリッジ家にお仕えしておりました」
「次から次へと出まかせを……! お前の家に確認を取れば直ぐにバレるのに、こんな茶番で騙せると思ったのか!」
兄を陥れたことを暴かれ、更にエドワードが兄の養子として現れた。己を馬鹿にされているとでも感じたのか、イリオの口調は苛立ちを通り越して怒気さえ漂わせている。
もっとも、イリオがどれほど怒気を露わにしようともエドワードが臆するわけがない。むしろ彼は相手が激高すればするほど冷静になるタイプだ。
ゆえに二人の態度は真逆であり、傍目には余裕をもって対応するエドワードの方に気品を感じるだろう。現に、彼を見る周囲の視線には期待と敬意の色さえ見えはじめている。
「驚いたわ、いつのまにエドワードが……」
この展開に、唖然としたままシャロンがエドワードを見た。
堂々とした態度の今の彼は、逆に庭師だと言われた方が嘘のように思える。むしろ今どころか元々彼は庭師とは思えぬ装いや立ち振る舞いを見せており、以前のエドワードを知っている者達も「そういえば庭師らしくなかった」だの「そういう事だったのか」だのと勝手に納得している。
もちろん、全て嘘なのだが。
そして他でもないシャロンがそれに騙されるわけがない。
シャロンは彼の素性を知っている。
貴族の養子ではなく極平凡な家の出で、両親は健在で家族仲も良い。もちろん父親はハンスではない。それどころか彼の父は庭師ですらない。
近縁に庭師業を営む者がおり、その影響で庭師になったと以前に聞いた。年に一度は里帰りをし、その際にはシャロンはもちろんレイラとフィルにも土産をくれる。
「よくもまぁ、堂々と嘘をつけるものね……。庭師じゃなくて役者になれば、逆玉の輿なんて狙わなくてもひと財産築けるんじゃないかしら」
「まぁお母様ってば。エドワードはお母様の事を思って、イリオからアスタル家を奪い取るのよ。そのためにハンス様の養子になると手続きまで交わしたんだから」
「手続きまで? それなら、彼のご両親は……」
驚いたシャロンが再びエドワードへと視線を向けた。相変わらず堂々とした麗しい佇まいだ。
レイラ曰く、彼は既に正式な手続きも済ませ、今は正真正銘ハンスの養子だという。それは同時に実の両親の籍から抜けたということでもある。
籍を抜いても縁が無くなるわけではない。貴族の養子になりアスタル家を奪還したからといって、エドワードが実の両親を見限ることはしないだろう。むしろ己のために籍を抜けることを許してくれた実の両親を以前より敬うに違いない。
それでも、相応の覚悟が必要だったはずだ。
むしろ家族仲が良かったからこそ、届けだけとはいえ籍を抜けるのは躊躇いがあったに違いない。
だが彼は実行し、ハンスの息子となった。
「エドワードもアスタル家を許せなかったのよ」
「……そうね。忠義に厚い庭師だわ」
「『エドワードもお母様が大事だからアスタル家を許せなかった』って言わないと伝わらないのかしら。それとも『エドワードはシャロン・アルドリッジを誰よりも大事に思っているからアスタル家を許せなかった』とまで言わないと駄目かしら」
わざとらしくレイラが溜息を吐く。
それに対して、シャロンは彼女の腕をトンと肘で突っついてやった。「フィルは立派に育ったのに、レイラは意地悪に育ったのね」と訴えれば、楽しそうに笑って返されてしまう。
もっとも、レイラの言葉の意味など言われずとも分かっている。
エドワードがそれほどまでに怒りを抱いているのは、ひとえにシャロンへの想いゆえだ。
「熱い」とシャロンが小さく呟いた。
このパーティー会場が熱いのか、それともエドワードからの想いが熱いのか、どちらかは分からない。
そんなシャロンを他所に、イリオはいまだエドワードを睨みつけていた。
顔を歪め、眼光でエドワードを傷つけそうなほど。己の分の悪さを実感し、そしてどう反論すべきか考えを巡らせているのだろう。
いつの間にかマルクは場を譲るように数歩下がり、おろおろと周囲の様子を窺っている。爽やかな顔も今は青ざめ困惑し、「こんなはずじゃなかった」と声にならない彼の嘆きが聞こえてきそうだ。
「たとえ養子だったとしても、そいつの生まれは只の庶民の家だ。そんな男がアスタル家を継ぐなんて馬鹿げている」
「あぁ、そういえばマルク様は……いえ、従兄弟なのだからマルクと呼びましょう。マルクは一応は貴族の出でしたね」
「一応、だと?」
「調べはついています。マルクは元々衰退間際の家の出。それも遠い地方の家だ。今回の件も金につられて手を組んだのでしょう」
「なにを根拠に……」
「衰退間際の家だろうと、貴族であれば過去のパーティーに出ていたと言い張れる。子供の頃であればなおさら、招待状が無くとも知人のツテで出席したとでもどうとでもいえる。そのうえ生家が弱小であればあるほど、救った時に恩を売れるし、生家も衰退を防ぐため真相は墓までもっていくことでしょう」
シャロンの思い出の人物と髪色と瞳の色が同じ、なおかつ言いなりになる弱小家のマルクは、イリオにとってこれ以上ないほどの条件だったに違いない。
そして彼の思惑通り、マルクの生家はこの提案を受け入れ、そして息子であるマルクを養子に出した。
マルクが自ら養子に行くと決めたのか、親が喜んで彼を手放したのか、それとも苦渋の決断の末か。どれかは定かではないが、結果暴かれて今に至る。
それでも反論しようと考えたのか、イリオが何かを言いかけ……悔しそうな唸り声だけを漏らした。歯軋りが聞こえそうなほどに食いしばっている。
次いで彼が視線を向けたのはシャロンだ。
憎悪すら感じさせるほどに鋭く睨んだかと思えば、一転して眉尻を下げ、窺うように「シャロン」と名前を呼んできた。




