八話:水落石出・後 気の使い様
壺中仙は、天仙の中でも身分が高い。
天上の都を守護する結界の一端を担い、仙境を創り出して地を治め、更に気脈の管理も行うからだ。実力は間違いなく神仙の類である。しかし、代々天籍を好む変わり者が多かった。
故に外出する事は稀である。
ただし例外は居るもので、春中の地を封じる斑晶がその人だ。三日と経たずに月帝の廟社を訪れて、しかも長々と陳情をする。恨みでもあるかのように執念深い実力者は、もはや有名人となっていた。
そんな渦中の彼が、最近は役府を訪れる。
初めて声を掛けられた官吏は、璃君を畏れてその場で失神。代理に就いた新人は、気安く話しだした為、見ていた先輩達を医務室送りにし、後日事実を知った本人は旅に出た。
「戸籍簿を。瑠璃の仙境だ」
「只今!」
斑晶が声を掛けると、官吏達は真っ青になる。この事について本人は、先代も同じ対応をされていた為、気にも留めていなかった。倒れそうな顔色で帳簿を持って来るのも、何時も通りだ。
「こちらでございます」
ただ長居すると、役人達は本当に倒れる。それだけは確かな事なので、斑晶は黙って必要な場所に目を通す。織実の名が記されているところだ。氏名以外は白紙の戸籍。そのはずが、何者かに文字を書き足されていた。
天仙位。予想外の三文字だった。まさか、と嫌な予感が込み上げる。すぐに戸籍を閉じたところで、天界の隅に白慈の気配を感じた。
胸が騒ぐ。仙境に異変は今も無い。火急の用であれば、何かあったのは住人だ。十中八九、織実だろう。斑晶は直ぐさま踵を返し、役府を出ると白慈を近くに呼び寄せた。
ぼんやりと見える桃色の花。冷たい空気。織実は薄目を瞬いた。眩しい日差しに瞼を閉じると、現と夢が行き来して、気泡が虚しく昇っては、降る花びらの鮮やかな色。
「うぅ…………」
日の高さ的には昼過ぎだ。起きて昼食を作らねば。そう思っても、身体が重くて動かない。近くに白慈を探したのだが、桃木ばかりの屋外だ。地面に見える光の波紋で、どうやら裏山だと渋面になる。
何てところに置き去りに。白慈を見つけ次第、文句を言ってやりたい。寒くて凍え死にそうだ。
せめて指先だけでも、と力をいれる。まるで何かに、押さえ付けられているような感覚がした。これが噂の金縛り? だったら念仏…………いや、幽霊に知り合いなんて居やしない。動かず出来て、暖かい…………璃君の顔が頭をよぎる。気とかいうアレなら、今の条件にぴったりだ。
熱くて嫌な感じはするものの、凍えるよりはマシである。やる価値くらいは、あるだろう。
一度死にかけたって、助かった。二度目の危機を諦めて過ごすなんて、もうしない。問題は、指先が熱くなる、なんて想像だけでは何も起きない事だ。料理中に垂れ流すならと、厨房を思い出してみても無反応。脳裏で璃君が、次、と無常な声を出す。
こうなったら、回してみよう!
スパルタ教師に叩き込まれた、右手から肩へ。左肩から左手に行き、指先から先に人は居ないが、右手の指先に繋がればいい。ともかく再現を試みる。
文字も画像も、地球の裏まで飛ぶ時代。気だか何だか知らないが、人ひとり分の距離は飛んで欲しい。
半ばやけくそ気味に、手の熱さを思い出す。肩に抜ける、息苦しさやもどかしさ。絶対やり返そうと睨んだ時の、璃君の涼しげな顔まで浮かび上がって、身体に力が入る。息、と何度も注意を受けた。空気は冷たい。出来るならば、吸わずに居たい。
もちろん無理な相談だ。
だから吸うのは少しだけ。吐く時は無駄に長くして、呼吸の回数をちょろまかす。
気というものは、ちっともサッパリ分からない。
それでも集中したら、瞼の裏に夢は見ず、体温はいくらか上がったようだ。怠いながらも身を起こす。
「…………き、効いた?」
スパルタ効果、凄すぎる。ただし、二度と受けたくない経験だ。自己鍛錬で頑張りたい。ともかく寒いので、覚束ない足取りながら下山する。
すると下から、朱鬼とミカンが石段を登って来るではないか。彼らに限って、空腹という事は有り得ない。水の石切りに一直線だ。
「げ」
構いたいのは山々だが、今はマズい。白慈はおそらく、璃君を連れて来るだろう。石なんて投げているところを見られたら、絶対に怒られる。罰として気功訓練などと言われた日には、いよいよ泣くかもしれない。
織実は迷わず山道を外れて、桃木の裏に身を隠す。
ところが獣の鼻は敏感だ。樒が居る、とミカンの弾んだ声がした。溜息が出る。仕方なく幹から顔を出し、ヒラヒラと手を振ってみた。
「見つけたぞ!」
オレンジ色の小さな狐が、宙を駆けて飛んでくる。小動物に懐かれて、嫌な気分には、やはりなれない。しかし彼の好物は魂だ。そろそろ大根とかに、変わらないだろうか。
「樒、無事か!? 白慈に喰われたかと思ったぞ!」
「むしろ、あたしが喰う側だから」
適当に言い返し、ミカンを両手で確保する。高い体温が心地良い。防寒に毛皮は摂理のようだ。
「ミカンあったか…………お昼食べなきゃ」
「俺はオマエの子分だぞ!」
「ミカンは食べない。朱鬼も」
道に戻ってそう言うと、ぷっくりと膨れても美少女な朱鬼は、可愛い文句を言い出した。
「朝からうわの空だし、話も聞いてくれないし、勉強も見てくれないし、様子見に行ったら、担がれて裏山行っちゃうし!」
「ご、ごめん」
「樒なんて、食べられちゃえば良いのよ!」
「ごめんって、ほら、お昼にしよう?」
機嫌を取りつつ背中を押して、ついでに肩を借りながら、何とか無事に下山する。厨房に向かいながら菜花を手折り、野蒜を見つけて引っこ抜いく。
ふと隣を見ると、朱鬼が蒲公英を摘んでいた。
「手伝ってくれるの?」
「これくらい出来るわ」
「朱鬼えらい!」
「俺だって!」
ミカンが壁を越えて飛んでいく。何処まで行くのだろうか。不安になって空を見上げて、織実はそのまま固まった。上空に人影がある。不在の二人に違いない。
「朱鬼、璃君が飛んでる」
「えっ!」
「隠れる!?」
「気付かれてるわ」
呆れ顔で言われた。それなりに距離がある上、まず行くなら裏山だろう。織実は性懲りもなく、桃木の陰に移動する。
「樒」
しかし低い声に呼び止められた。速い。もっとゆっくり飛んで欲しい。
「は、はーい」
愛想笑いで答えてみるが、璃君に隠し事は不可能だった。
「倒れたと聞いた」
「元気です!」
ヤバいと言ったら、何をされるか分からない。無遠慮な視線に観察されて、笑顔が早くも攣りそうだ。後ろに控える白慈まで、疑いの眼差しを向けてくる。
主従揃うと余計手強い。鬼に金棒。よし逃げよう。
「お、おひる時なので、用件は後程〜」
我ながら苦しい言い訳だ。疲れのピークは、既に何個も越えている。余計な体力は使えない。地面に野蒜を探しながら、じりじりと後ろに距離を取る。
「まだ空腹を感じると?」
「そうですよ〜」
実はその辺りが、微妙でとても残念だ。あのマズイ薬は、余計なところに効いている。
「白慈、氷室から白菜を」
「かしこまりました」
「樒」
「はい?」
「鍋物くらいなら、作れる」
「鍋くらい、あたしだって作れます!」
璃君にやらせたら、何が混入するか分からない。薬湯の件は、しっかり深く、根に持っている。そもそも料理をするようには見えないし、彼が作って、一体誰が食べるのか。同じ事を思ったのか、朱鬼と目が合う。彼女の返事は否一色だ。
「立ち仕事など、今の其方には出来まい。朱鬼」
「っはい!」
「大鍋に湯を沸かして来なさい」
「分かりました!」
ぎゃっという顔をした朱鬼は、脱兎のごとく逃げて行く。薄情者、と心の中で叫んでいると、衣をさばいて璃君がこちらにやって来た。呆れた溜息が降ってくる。
「碌に立てもせぬ身で、よくも下山したものだ」
見ていたんなら、その時、声を掛けて欲しい。織実は負けじと睨み返した。
「昼抜きはゴメンです!」
「無駄に気を散じたな」
こちらの話しなど、聞く気もないか。なのでもう一度、昼抜きはゴメンです、と主張する。溜息を吐かれたが、そんなものでは萎縮しない。昼抜きは、と三度言いかけたところを、片手を上げて制された。
「其方は、頑な過ぎるぞ」
相手も強情なのだから、釣り合いはきっと取れている。イライラしてきたので、璃君を放置し野蒜採集を再開しよう。球根は相変わらず小さいけれど、葉は若くて食べやすい。鍋なら、ニラの代わりに良いだろう。
「樒」
「…………はい」
「無理を重ねれば、身を崩す」
「食べて寝たら、治りますから」
「同じ様に眠れると?」
考えたくない事を、突き付けられた。ただの悪夢が、死後の夢。そうと分かれば、寝るのに覚悟が要るだろう。
だから目指すは爆睡だ。疲れで悪夢を退ける!
「樒」
「はいはい」
呼ばれたが、視線は地面から動かさない。璃君よりご飯だ。この、堅い意志を見るがいい!
「其方は何故、庭草を好むのだ?」
「雑草みたいに、言わないで下さい!」
聞き捨てならない事を言われて、言い返す。食せるのは知っている、と璃君は平坦に答え、隣に屈む気配がした。まさか手伝って、と淡い希望を抱いた織実は、地面から横抱きで引き離された。
「なっ、何するんです!」
「待てぬ」
「はぁ!?」
絶句した。そこまで待たせても居ないのに。今すぐ暴れてやりたいが、摘んだ菜花と野蒜は身体の上だ。尊い犠牲になってしまう。
「ぐぬぬ」
「暴れぬように」
「分かってますよ!」
その、やれやれという顔は何なのか。こちらは、一歩間違うと羞恥で死ぬというのに。別の事を考えようと目を閉じる。そのまま意識が、転がり落ちた。
ドボリと両足が泥水を踏む。あの状態で即オチするとは、間抜けすぎて信じられない。
「くっそー! 夢がなんだー!」
織実は猛然と泥を甕に掻きだした。死後の夢に悩まさるなど、辛すぎる。現世を生きるのだって、大変なのに!
「死ぬ前に、足掻けってのッ」
死んでから助かりたいと、はた迷惑な置き土産。もはや、負の遺産ではなく、祟りか呪いに違いない。絶対に、助けてなどやるものか。
「うりゃゃゃー!」
手に持つ甕に勢いを付け、池の方に投げ捨てる。こうなったら埋まるのを手伝う方が、数倍マシだ。断固抵抗を掲げ、骨皮筋右衛門も真っ青な夢の住人から、甕を奪って投げ捨てる。
痛いし苦しい。皮膚が溶ける感覚もある。けれども今は、やるせない怒りの方が強かった。
「過去は大人しく、埋まってろーっ!」
落雷のような轟音に、夢は白く焼かれて消えていく。眠れば何度も繰り返し、地獄の苦しみに襲われた。けれども今日からは、悪夢と気力が尽きるまで戦ってやる。織実は夢に対して、初めての全面抵抗を誓った。
どれくらい繰り返しただろうか。疲れて麻痺した身体を、誰かがゆさゆさと揺らしている。
「樒、起きて下さい。樒っ!」
見えた檸檬の双眸が、安堵に緩んで離れて行った。
「白慈?」
「他の誰だと。ともかく、起きて下さい」
そうは言われても、辺りは夜より真っ暗だ。白慈だけが、薄っすらと光ってよく見える。
「どこ?」
「夢の境目です」
「え、起きてないって事?」
「そうです。目覚めるよう、迎えに来ました」
「白慈すご! 今すぐ起こして!」
そろそろ、気力が保たないところだった。助かった、と喜びに両手を上げて讃えていると、彼の機嫌は下がったらしい。何故だ。地雷原が広すぎて、話す度に踏み抜いている。
「ええっと、褒められるの、嫌?」
今後の参考に聞いておく。白慈は気まずそうに視線を彷徨わせてから、肩を落とした。
「貴女と居ると、心が動くのです。不快で仕方ありません。やり過ごせたものが、上手くいかない」
「やり過ごすって、ダメでしょそれ」
何故、みたいな顔をしないで欲しい。心をフル活用して戦った後に、トドメを刺しに来た悪魔のようだ。こちらの苦労を語りたい。
「うーん」
ただ、白慈が素直に話す事は珍しかった。怒る元気も、今はない。何か言えと無言で訴える彼に、織実は少し悩んだ。
「えっとねー、何て言えばいいかな。ほら、考えて動けるって、良いと思わない? 納得するのも、悩みを消化出来るのも。心が動かないって、疲れてるだけでしょ? 最近あたしも手伝ってるし、仕事に余裕が出来たとか」
「冗談はやめて下さい」
「えー、重い話は得意じゃないし。動くものは動くで、良いんじゃないの?」
「…………本当に貴女は、素直ですね。いっそ憎らしいです」
「どうして!」
頑張って励ましたのに、八つ当たりをされるとは。やっぱり、見た目通りの年齢なのかな。仙人じゃないと言うのだし、もう子ども扱いで、良いような気がしてきた。
「白慈はさ、人の為に仕事しないで、自分時間でも作ったら? 趣味でもあると、人生楽しいよ?」
「趣味など必要ありません」
心底嫌そうな白慈の顔を見て、織実は肩を竦めた。
「手伝ったげる。趣味はいいよ。あたしの趣味は」
「嫌がらせ」
「違う!」
なんて事を言うんだ。確かに、可愛い性格ではないけれど。それが自分であって、好きな生き方を選んだ結果。好かれる人格に矯正したって、きっと何処かで壊れてしまう。自傷趣味は断じて無い。
「器用に生きるなんて、あたしじゃないの。一匹狼になったって、自分の生き方を、自分で否定したくない。白慈だって、そうじゃないの?」
「僕は…………」
「見た目が九割! 見せてる性格は、外見です!」
「本当に口が減りませんね!」
「黙っていたら死人と同じ」
「先程、死屍に鞭打つとこをろ、見ましたが」
「死んだ自分に、散々悩まされてたのかと思ったら、頭きた」
「…………」
何故に黙るのか。白慈だって、割と口が減らないくせに。無自覚か?
「ひとまず、そろそろ起きたいです」
寝ていて気疲れ、割に合わない。悩める白慈には、ぜひとも起きてから悩んで欲しいところだ。提案すると、彼は首を横に振った。
「璃君に、少し寝かせるよう言われています」
「どういうこと?」
「夢を抑えていれば、少なくとも魘されはしません」
「あたしって、今どうなってるの?」
「正房の長椅子で眠っています」
「えっ」
言葉に詰まる。起きたら、また寝る事になってしまう。布団まで璃君に、強制連行されるのはイヤだ。一緒に寝たって、多分何も起こらない。彼は先に寝息を立てるくらい、こちらの事など気にしないだろう。
それでも嫌だと思う気持ちが、理由の分からない不安を呼んだ。
「…………寝てる」
璃君に対しては怖じ気付く。初めは家主、最近変だと心配になり、探った結果は夫と言われ。どう向き合ったら正解なのか。頭をかかえる。
「璃君の何が不満なのです?」
「白慈はさ、あたしと一緒お布団入って平気なの?」
「平気も何も、璃君の命があればそうします」
「だったら朱鬼は?」
「命じられれば」
「ミミ!」
「構いませんが」
「情緒!!」
見事に話が通じない。ぐしゃぐしゃ頭をかいて、項垂れる。やはり起きよう。璃君に貞節を訴えた方が、まだ会話になりそうだ。この問題は、一人でどうにかなりそうもない。
「貴女は寝ても覚めても、変わりませんね」
呆れたような顔で、白慈はつぶやいた。夢の中では理性が鈍く、性格を飾る事は出来ないと。それで彼は、普段よりも話すのか。納得したが、自白剤を飲まされた気分だ。
「やっぱり起きる。もう起こして」
「…………まだ眠るよう言っています」
「んん? 璃君に、ここの会話が聞かれてるの?」
「いいえ」
「お腹減ったから、起きたいって言って!」
白慈は少し黙ってから、こちらに近寄り、手首をガッジりと掴んできた。そのまま引かれた織実は、声無き悲鳴を上げならが飛び起きる。手首をすぐに確認だ。痕はない。
「掴まれたのか」
静かに聞いてきたのは、璃君だった。一つ頷いてから、部屋を見回し、正房の居間だと安堵する。白慈は、長椅子の端に突っ伏して眠ったままだ。
「あの、ありがとう、ごさいました」
「休めたなら良い。礼は白慈に言うことだ」
璃君は白慈を抱き上げて、大きな机の向こう側、奥の長椅子に寝かせに行った。長椅子と言っても畳一枚分はある大きさだ。ゆっくり休めるだろう。
ふと窓の外をみると、既に真っ暗だった。今日は遂に二食抜き。それでも空腹を感じないとか、だいぶ人外じみてきた。
「どうなるんだろ…………」
漠然とした不安は、何時もある。気が抜けた時、するりと何処かから入り込む。
「樒」
「はい?」
呼ばれて顔を上げると、璃君はこちらにやって来た。が近い。逃げようとしたところで、抱き上げられる。
「お、降ろしてください!」
「裏山へ行く」
「今から!?」
「そうだ」
「そうだ、じゃないです! 寒いんですよ、あそこ!」
璃君はスタスタと部屋を出て、触れもせずに扉を開くと内院に出る。逃がさない、という意思を感じた織実は、いよいよ青くなった。
「せめて昼間に! 死にそうなくらい、寒いんですって!」
「其方は、仙境との親和性が高い。故に、あの場は最適だ」
「適してません! 寒いんですよ!」
「身の調和が崩れている。それを正し、過去の因縁を全て絶つ」
恐ろしい程、話が噛み合わない。璃君はふわりと浮かび上がって、屋根を蹴ると裏山に一直線だ。吹く風に氷の粒が混ざるような、鋭い冷気が肌を刺す。
「さ、さむい」
「歯の根が合わぬか?」
そう言われると、口に異常は見られない。だが本当に寒いのだ。
「性質と身が合わぬ。故に、形を一度解き、内外の質を整える」
話の内容まで、分からなくなってきた。もう遠慮もしていられず、璃君の首に腕を回してしがみつく。
「風邪引いたら、恨みますから!」
「薬なら幾らでも」
「いりません!」
本気で言ったのに、吐息が笑う。しかも、着いたから離せと言ってきた。頼んでも降ろさなかった人の意見は、断固聞けない。抱きつく腕に力を込める。
「樒」
「寒いんですよ」
「こうしていても、暖は取れぬぞ」
やれやれという璃君の声音に、白星を取った気分になった。嬉しくなってそのままでいると、突然ぎゅっと抱きしめられる。
「成程。其方は暖かい」
囁かれて、寒さがどこかに吹き飛んだ。まさかやり返してくるなんて。歩幅すら合わせてくれない、あの璃君が!
慌てて腕を離す。しかし体勢を変えられて胸に抱き込まれた。スルリと髪を撫でられれば、もう頭は真っ白だ。
「まっ、まいりました!」
即、白旗を上げる。これ以上何かされたら、自分がどうにかなってしまう。しかし相手は璃君だ。簡単に引き下がりはしなかった。
「術が満ちるまで、待て」
「このまま!?」
「そうだ」
「寒いんですか?」
「寒かったのは、其方であろう」
諦めが悪い。しかもこの状況を、何とも思っていないのだ。体格差は大人と子供。色めいた嫌がらせなんて、しなければ良かった。初めから勝ち目が、何処にもない。
「もう寒くないので、離してください」
「逃げられては困る」
「は?」
「其方は、術の中心に居なくてはならない」
抱擁ではなく捕獲だった。璃君が力づくの時に、良かった事など一度もない。火照った顔から、血の気が引いた。
「な、なにをするんですか!?」
「仔細は、因縁の中で話す」
「なぜ!」
「…………」
黙った。何か言えば、即反撃の璃君が! いよいよマズいのではと身構えた時、辺りが明るく輝き出した。振り向きたいのに、璃君の袖が視界を隠す。
「其方はただ、眠っていれば良い」
水落石出
物事の隠れていた実体が、はっきりと分かるようになること。




