四十三話:共闘戦線
話は白魔族界で暴れるオズマを倒すために協力するという方向に固まった。納得していない者もいるが、これは決定事項だ。
手伝ってもらう身として、もう一人の白魔族が腰を低くし挨拶する。
「皆さん初めまして。ザラルと申します。今は貧民街で暮らしていますが、昔は──」
「どうでもいいよ、そんなことは」
「きゃっ」
リックに魔法をかけてもらい、すっかり元気になったレグナは彼女を押した。なによ、と不満げなリックを尻目に一歩前に出る。ザラルの自己紹介を打ち切り、オズマと対峙した時の説明を始めた。
「その、オズマという黒魔族? 恐ろしい程の強さだよ、彼は。正直言って勝てないと思ったね」
「お前の感想なんてどうでもいいんだよ……」
テトが小声で文句をこぼす。それを気にせずレグナは続ける。
「驚いたのは魔法じゃない。彼の基礎体力だ。魔法をほぼ使っていなかったのに、あの尋常じゃない速さ。そして、目にも留まらぬ動きで背中を一切り。あれはバケモノだ」
「じゃあなんだ? お前は、俺たちが第一位に勝つことは不可能、そう言いたいのか」
「うるさいな、君は。少し黙っていてくれ」
「なんだとこの野郎……!」
「まあまあテトさん、ここはおさえて……」
レグナが眼鏡を上げながら挑発する。テトは瑛士とリックの二人がかりでなんとかなだめられた。瑛士もレグナの話を聞くことはあまり重要とは思っていないが、もしかしたら重要な情報があるかもしれないとも考えていた。だからここでそれを邪魔するわけにはいかない。
レグナは咳払いをして次の話をする。
「僕が彼の攻撃を避けると、彼は僕の腕を狙ってきた。背中の不意打ちが失敗したら、どんな手を使ってでも殺すってことらしい」
レグナはそれを示すように袖の破れた左手を差し出した。
「そういえば俺の時は最初から破壊系を撃ってきたな。……なんでだろ? ベリドにもいきなり襲いかかったよな?」
「俺はお前らのとこに割って入っただけやからな。あいつは不意打ちを狙うんやろ」
「それはエイジくんやベリドくんの顔を知ってたからじゃないですかね。非魔族界での活躍の話もあって、相当な実力があると判断したのでは?」
ジェムの一言にレグナが顔をしかめる。瑛士の非魔族界の活躍によって悪夢を見た被害者だからだ。瑛士は彼と目が合い、そのなんとも言えない表情に気まずくなった。
「つまり背中斬りは明らかに格下の相手にしかしない、ということか?」
「そうかもしれないな。そして、一番気をつけなくてはいけないこと。それは彼の分身魔法だ。一体何がどうなっているのか、僕も分からなかった」
「闘技場の中に入った時、みなさんも驚いてましたよね。カッゾでも誰もそのことについて知らなかったんですか?」
風華が尋ねる。
「知らなかったです。彼のことはその昔大きな罪を犯した魔族、という認識しかありませんでしたから」
「私がカッゾになった時に皆さんに挨拶しに行ったんだけど、彼にだけは会えなかったよ。ゴースィさんに止められちゃった」
「えっ。リックちゃん、わざわざそんなことしてたんですか。ベリドくんなんてそんなこと全然しなかったですよ」
「黙れジェム」
わちゃわちゃとした空気の中、瑛士はさっと手を挙げた。
「あの、オズマの魔法に関しては分かりましたよ。はっきりとは見えませんでしたが、多分あれ複合魔法ですよ。自分の分身を自分自身の記憶と想像で作り出し、精神系と操作系で動かしてるんです」
その一言に黒魔族たちは青ざめた表情になった。
「嘘やろ? 自分そのものを作るて、そんなことほんまにできんのか?」
「作った時点ではただの空っぽな入れ物でしょ。それを精神系で動かす? 無生物を騙すって、そんなのありえないでしょ」
「信じられんが、自分を作るほどの知識と理解が奴にはあるんだろうな。名家に生まれ、良い教育を受けた奴には」
「それにしてもかなりぶっ飛んでるですよ。そんなことをヒョイっとできる魔力を持ってるって」
慌てふためく彼らを見てふっと笑い、レグナは大声でこう言った。
「心配するな。奴の弱点も見つけた。奴は気配を探ることができない。そこの彼と一緒に魔法を使って消えてやると簡単に撒くことができたからな」
「でもまぁ、俺には通用せんかったってわけやけどな」
「……黒魔族はいちいち口を挟まないと気が済まない奴らばかりなのか」
レグナは得意げなベリドを一瞥し、ため息をついた。暴れ出そうとしたベリドを、瑛士は必死になだめた。
レグナの話はそれで終わりのようだった。
「なあ、レグナ。この世界に非魔族が二人来たと思うんだけど、知らないか。いつも俺たちと一緒にいた、佐田宗真と田口飛鳥っていうんだけど」
「ミカミエイジ……」
レグナは瑛士の名前を呟いた。まだ彼にやられたことを根に持っている。成り行きで手を組むようなことをしたが、レグナも、そして瑛士もまだ完全に納得したわけではない。
「そういえばあなたたちは一体なぜ白魔族界に来たのですか?」
「あっ……えっと、ザラルさん、でしたっけ」
急な質問に瑛士は戸惑う。こうやって友好的に接してくる白魔族は初めてだからだ。ザラルの方が明らかに年上なのに丁寧語で話してくる。高圧的な白魔族のイメージがブレて、なんだか変な感じがする。
「友達を探しに来たんです。田口飛鳥は白魔族に連れ去られて、もう一人の佐田宗真は自分から白魔族界へ……」
「そんなことが……。なあ、レグナくん、何か知らないか。僕たちを助けてもらうんだ、彼らの助けにもなってあげたいじゃないか」
「知らないな、そんなこと。というかそもそも、なぜ僕が君にくんづけで呼ばれなくちゃいけないんだ? 言ったはずだぞ、僕は元々ナンバースリーの座にいたと。分かるだろ? 中央議会にいただけの君よりは上だと」
「……中央議会?」
瑛士の質問に、レグナは無言で遠くに見える街を指差す。
「あれが白魔族界で唯一発展している場所、中央街。あの中の一際目立つ高い塔、それが白魔族中央議会だ。この世界のことは全てあれが決める。連れ去られた非魔族もきっとあの中だ、確信はないがな」
「なぜそんなことが言える」
テトが噛み付く。とにかく徹底的にレグナを否定したいらしい。
「僕が非魔族界でしようとしたことを覚えているよね、ミカミエイジ」
「江里さんを、連れ去ろうとした……!」
瑛士は拳を握りしめ、ぐっと歯を噛みしめる。風華はリックと一緒に、ジェムの後ろにまわった。
「そう睨むなよ。君もわざわざ隠れなくていい。あれは中央議会の意思だったのさ。魔法を使う、つまり魔法に耐性があって魔力が豊富な非魔族が欲しかっただけなんだ。その中で一番いい魔力を持っていると思っていたのが君さ、エサトフウカ。連れ去られたのがあの自己犠牲精神を持つ女の子ってことならば、想像がつく。おそらく君を庇って連れ去られたんだろう、自分がエサトフウカだのと偽ってね。だから今彼女は今頃、あの建物のどこかに幽閉されているということだ」
「じゃあ、早く行かなきゃ!」
「待ちなよ」
「邪魔するのか、レグナ!」
「違う。中央街をよく見ろ。膜が張ってあるだろ。あれは魔法で作った防護壁だ。あれが破られていないということはオズマという黒魔族はまだ外にいる。僕が隠れた後、彼はあれを見て、向かったからな。あの狂った様子じゃ、諦めるということすら思いつかないはずだからな。だがそう簡単に破れるわけがない。ゆっくりと作戦を練り──」
レグナがそう言った瞬間、防護壁にヒビが入る。遅れて聞こえるビキビキビキと耳をつんざく破壊音。
「もう割れたのか……本当にバケモノだな、彼は」
「おい! ヤバイで! あいつがバリア割ってから、結構な数の魔力が消えとる!」
ベリドが遠くに感じたオズマの動向を報告する。つまりオズマは中央街の住人たちを殺し始めたということになる。
「行くぞ、みんな。あいつを早く止めないと」
瑛士たちはオズマを止めるため、中央街に向かった。
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一方、黒魔族界の闘技場の中。留守番組になったカッゾ三人と、その他大勢は、ゲートを作るという一仕事を終えたということで疲れを癒していた。
「みなさん、大丈夫なんすかね」
ぽつりとマクーが呟く。
「大丈夫でしょ。心配なんだろうけど、行っちゃダメよ。白魔族がこちらに攻めてくる、もしものときのために残ってるってこと、忘れちゃダメ」
「わ、分かってるっすよ。……でもなんか変な予感がするんすよ。ウィズさんも感じないっすか? この、体がむず痒くなるようなこの感じ」
「ちょっと、おかしなこと言わないで」
「痛い。痛いっすよ」
ウィズがマクーを叩く。それは彼女も言い表せない気持ち悪さを感じていたからだった。
その時、ちょうど足元が揺れはじめた。
「うわっ!? なんすか!?」
白魔族が侵入し、ウィズたちの隙をついて街を破壊しはじめた、と思った。三人はそれぞれ侵入者の場所を特定しようと立ち上がった。が、地震の原因はシドの叫びによって明らかにされた。
「うわああああ! また城がぁあ!」
今度は部屋の爆発なんてものではない。大きく太いビームが天に向かって伸びていた。城の中心を捉えたビームはどんどんと細くなっていき、消えた。
「なに、あれ……」
「お、俺、ちょっと見てくるっす!」
「いや。その必要はない」
彼らの前に、謎の男が現れた。背丈は高く、豪華そうなガウンを羽織っており、首元には謎の模様が描かれたマフラーが巻かれている。が、全身が薄汚れており、ずっとどこかに放っていたような、そんな様子を醸し出していた。
「あ、あなた誰よ。それに何よその格好。黒魔衛兵団ならば制服が、シドでもそれぞれの部門によって正装があるでしょ? それとも一般人? 全く、誰も通すなって言ったじゃないの──」
「ウィズ、口を慎むのだ!」
それまで黙っていたホーマーが慌てた様子で口を開く。
「えっ? 何? あなた、この人を知ってるの?」
「馬鹿者! 知っているも何も……!!」
謎の男ははっはっはと笑った。




