四十二話:昨日の敵は
中央街の北方向の貧民街は壊滅的だった。オズマが暴れたことによって建物の半分以上が瓦礫となり、住人の八割以上が物言わぬ肉塊となった。それでも彼は止まらない。血走った目を凝らし、次の獲物を探す。オズマは自らのまわりに動くものがないと判断すると、ついにその足を中央街に向けた。
中央街を囲むバリアの前にはすでに人だかりができていた。オズマのことを耳にし、中央街まで逃げようとした者たちだ。彼らはオズマの存在に気づくと、一斉に騒ぎ出した。
「お願いだ! ここを開けてくれ!」
「まだ死にたくない! ほんの少しの間だけでいいんだ!」
「聞こえてるんだろ!? 誰か! 誰かー!」
そう叫びながらバリアを叩く。当たり前だが、その程度ではびくともしない。
オズマは口角を持ち上げ、肩を震わせた。短剣をかざし、逃げ惑う人をずばずばと斬りつけていく。俺が正義。そう呟きながら。
地面に、バリアに、そしてオズマ自身に血しぶきが飛ぶ。彼はそんなものを気にしない。人が居れば斬る。それだけだ。
ひとしきり殺戮を終えると、彼はバリアを攻撃し始めた。もちろんそう簡単に壊れるものではない。だが彼は先ほど人々を目の前にしたときとは対照的に、ただ黙々と攻撃を繰り返していた。
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貧民街に、また新たに大きな穴が開いた。空間がぱっくりと割れ、そこには膜がはっている。
「……成功したみたいです! 白魔族界への移動!」
穴から顔を出し、瑛士は叫ぶ。ようやく瑛士たちも白魔族の世界に来ることができた。
オズマが一人白魔族界に行ってしまったあと、出来上がったゲートは彼の手によって破壊されてしまっていた。それを黒魔族たちがなんとかもう一度作り上げたのだった。
「いやぁ、だいぶ遅れてしまったですね。大丈夫なんでしょうか」
「心配ないと思います。白魔族は今頃オズマへの対策をしていて、私たちの黒魔族界やエイジくんたちの非魔族界に手を出す暇がないはず。……複雑だけど、ありがたいです」
ジェムとリック、そしてテトとサラも出てくる。
「で、ここが白魔族界なんですかね。なんだかすごくボロボロになってますけど」
瑛士たちの周りには崩れた家がぽつぽつとあるのみ。煙が上がっているところにはもともと何かしらの機械があったようだ。
「うわ、鉄臭っ。なんだこれ。ボクもう帰っていい?」
「勝手な行動はよしてください。サラさんもこちらに必要だって言ったじゃないですか」
「……分かってるよ。うるさいな」
サラがリックを睨みつける。
白魔族界にやってきたのは瑛士、風華、テト、サラ、ジェム、リックの六人。敵地に赴くということで単純に力があるテト。ゲートがなくなってしまった場合のためのサラとジェム。治癒系が使えるということで非常に重要な役割を持つリック。風華は瑛士についてきた。
「……ったく、なんでボクが。言っとくけど、ボクは戦わないからね。下手に怪我したら困るんだから」
「はいはい。分かってますって。サラさんは常に後ろにいてください」
「その言い方も気に入らないけど」
ジェムは適当に受け流し、周りに目を向けた。
「この辺はかなり荒れてるみたいですが、この家が壊れたのはほんの少し前のことですね。まだ新しいですよ、これ。多分オズマの仕業です」
「多分どころか、普通に考えたらそうだろう」
「まだオズマって人がこの辺にいるってことですか?」
「わかりません。煙もあちこちから上がってますし、もしかしたらオズマが白魔族界に現れた場所とぼくたちが作り直したゲートで現れた場所が違う恐れもあるわけですし」
「そう……ですか」
「大丈夫、フウカちゃん? 心配しないで。アスカちゃんもソウマくんも探してみせるからっ」
「きゃっ、リックさん!?」
「ほら、とにかくこの辺探してみましょ」
リックが不安げな顔をした風華に抱きつく。人目を気にしないスキンシップは相変わらずだ。
「どうでもいいが、お前らは足手まといにだけはなるなよ。第十位も非魔族の女も、ろくに戦えるわけじゃないだろ。オズマに手も足も出ない──」
女子二人にイラついたのか、テトが乱暴に命令する。自分より下であると判断した者に対して当たりがきつい。が、上の者に大しては滅法弱い。瑛士が咳払いをするとテトは黙った。
「パッと見はこんなでも、やっぱ白魔族界もそれなりに発展してるんですね。ほら、こんな機械作っちゃって」
瑛士がその辺に転がっていた機械を取り上げると、急に音が鳴り始めた。瑛士は慌ててそれを放り、テトが破壊系で一瞬のうちに消し去った。
「ちょ、何やってるですかエイジくん。テトさんも!」
「いや、なんか白魔族界のことを知りたくてですね……つい」
「白魔族界のことはわからないから、ついな。罠かもしれんだろう」
「二人してつい、じゃないでしょう! 気をつけてください!」
ジェムが二人を叱りつける。敵地で迂闊な行動をすることはよくない。当たり前だ。それに下手に暴れると自分たちの居場所を知らせることにつながる。
「まずは落ち着いてですね──」
「きゃあああああああ!!」
遠くで風華とリックが叫ぶ。
「ああ、今度はなんですか!」
「何かあったか!?」
その声を聞いた瞬間に瑛士が飛んでいく。二人は目を伏せていた。
「どうした!?」
「み、三上くん、これ……」
「!?」
泣きながらそう言葉を漏らす風華が指差した方向を見る。
瑛士は突発的に吐きそうになった。慌てて両目を閉じ、息を止め、今見たものを忘れようとする。頭を振っても、叩いてみても、目の前の光景が頭に焼き付いて離れない。食道を何かが登ってくる感覚。
──鉄臭いにおいの正体はこれだったのか……!
「エイジくん、駆けつけるの速いですって──こ、これは!?」
「うわあああ! これ、血のにおいだったのかぁ!」
カッゾたちは驚きこそするが、瑛士のように吐き気を催したりはしない。
彼らの目の前に転がっていたのは、頭部をなくした死体だった。その奥には背に大きな傷を持ったものもある。
「オズマがやったですね……」
「これ全部を、か……。見ろ、第七位、第四位。そっちの瓦礫の下敷きになっているのはここに住んでたであろうやつらだが、そこに積まれているのは黒魔族界で言う衛兵だぞ」
「だから何さ。ボクらもこれだけ相手にしても倒せるでしょ。おかしなこと言わないでよ」
それを聞いたテトはため息をついて、辺りを順番に指差した。
「違う、よく見ろ。ここだけじゃない。その家に刺さっているのも、その下に見えるのもそうだ」
視線が右から左に移るに連れてサラの表情は変わっていく。
「は……ははは……。これマジ? こんな量相手に背中斬り縛りでって……」
最後にテトが指差した屋根の上から、人一人がどさりと落ちた。
「ま、また……黒魔族が……。街に……民に……被害は……」
「おい、あんた大丈夫か」
落ちた兵が呟く。運が良いのか悪いのか、生き残ってしまったようだ。思わず駆け寄った瑛士に向けて力なく放たれる魔法。当たってももちろん痛くない。兵はそのまま絶命した。
「こいつも背中やられてんねんな」
「えっ?」
振り向く瑛士。テトは眉間に皺を寄せ、わざとらしく大きなため息をついた。
「……お前、何しに来た?」
現れたのはベリドだった。闘技場に到着した救護班に治癒魔法を受けてすぐにゲートに飛び込んできたのだろう。格好は傷だらけのままだ。
「索敵。こん中で一番魔力を感じられんのは俺やぞ」
「田舎者の出る幕はない。帰れ。どうせ奴らが出てくるようになればそんなことしている暇はなくなる」
ベリドはもう言葉を隠そうとはしなかった。テトの言葉にベリドはニヤリと笑い、言った。
「せやったら、そこに隠れとんのは気づいとったんか? テ、ト、さん?」
「!?」
ベリド以外の全員がベリドの指差した方向を見る。何もない場所だが、瑛士には見えた。
「あっ……。変化系だ……。魔法を使って透明化してる……」
「なんだと?」
それを聞いたテトはそこに向かって手を伸ばす。放たれる破壊系。
すると突然、何もなかった場所から人が現れ、その場に倒れこんだ。テトの放った魔法はそのまま一直線に伸び、後ろの瓦礫を粉々にした。
現れた白魔族は二人。片方は知らないが、もう片方は記憶に刻まれている。
「お前は、レグナ!?」
「ふふ……。ばれてしまったか……。しかし驚いたぞ、あの黒魔族は。僕としては結果的に牢から出られて幸運だったが、ここでお前たちに見つかるとはな……」
レグナは倒れたまま瑛士たちを見上げて言った。
「エイジくん、彼を知ってるですか?」
「はい。非魔族界に現れた、レグナという白魔族ですよ。僕もベリドもてこずりました」
ベリドは余計なことを言うな、と言いたげに瑛士をにらんだ。
「もうすぐ終わるだろう、白魔族界も。あの黒魔族が全てを破壊してくれるさ」
「あの! あなた達は一体……?」
レグナとともに透明化していたもう一人の魔族が口を開いた。レグナのように大怪我をしているわけではなく、問題なく動けるようだ。エンゼリングを持っていることから、彼も白魔族であることは明らかだ。
「俺たちは黒魔族。お前たちの敵──」
「あなたたちも黒魔族!? お願いです。この世界を助けてください」
「……あぁ?」
白魔族は頭を深々と下げた。これにはテトも面食らったようで、ぽかんとしている。
「今、白魔族界は凶暴な黒魔族のせいで危機に瀕しているんです。どうか助けてください。同じ魔族ではないですか!」
一同は突然のことに驚く。レグナは倒れたまま、ため息をつく。
「君も白魔族界崩壊を望んでいたんじゃないのか? ……君が貧民街に飛ばされた理由が分かった気がするよ。彼はこう言っているが、僕はもう未練がない。そこのお前、僕を殺すかい?」
「そ、そうさせてもらうぞ」
始末しようとするテトを押しのけ、リックは治癒を開始した。レグナは驚き目を見開いたが、それを抵抗する理由はなかった。
「何をしているんだ、第十位」
テトは静かに怒る。その声は震えており、次の瞬間爆発した。
「何をしているかと聞いている! お前ごと殺すぞ!」
「今は! オズマを止めなくてはいけません! 暴れ続けるあの人を止めるには、彼らの力も借りるしかないんです!」
「白魔族に助けを求めるなどあり得ない!」
「アスカちゃんとソウマくんもいます! それに皆さん間違ってます! 白魔族は悪い人たちではありません……! ほら、この人だってそうです! 私、カッゾの階級を得た日、驚きました。今まで空想の世界のものだと思っていた白魔族が本当にいて、それが私たちを脅かそうとしてるって聞かされて」
「あっ、僕もそうです。こっちでは黒魔族がそういう感じで」
「君は少し黙れ」
レグナはもう一人の白魔族を黙らせた。リックは治療を続けながら話す。
「でもそんな証拠はどこにもなかった! 私はずっと、疑問に思ってた! 私たちは同じ魔族ですよ! それを白だ黒だなんて分けて! 黒魔族界にだって魔法を使えない人や魔力量が少ない人がいる! それを、どうして……!」
感情が高ぶりすぎたのか、泣き出すリック。それを見た風華はテトの前に出ようとした。瑛士は彼女の手を取る。
「江里さん、レグナは非魔族界でたくさんの被害を出した。……俺も殺されそうになった」
ニュースで見た多くの人の不審死。レグナと顔を合わせてから起きはじめたそれは、間違いなく彼の仕業だと思っていた。
「……」
彼女は知っている。瑛士がいない時、衛兵や街の人たちと話した。黒魔族は白魔族を憎んでなんかいない。むしろその逆だと。
瑛士も感じていた。白魔族界の助けを求める彼はもちろん、今のレグナにも敵意が感じられないと。
「まぁいい。勝手にしろ。何か余計なそぶりを見せたらすぐに殺してやる。第八位が手こずる程度なら、俺からしてみれば楽な仕事のはずだからな」
「ふん。言ってくれるね」
二人の魔族は見つめ合う。
太陽は沈みはじめ、空にはすでに月が出ていた。




