四十四話:固まる決意
瑛士たちは白魔族界に移動した後、宗真や飛鳥を探すために中央街に向かっていた。中央街を包むバリアが割れてからまだほんの少しも時間は経っていない。
白魔族界に詳しく、かつ魔力量が多いレグナに転移系を使わせることになった。レグナは拒否したが、瑛士とテトが押し通した。
「じゃあ全員密着しろ。少しの隙間も作らないようにな。僕に余計な魔力を使わせるなよ」
それに対して黒魔族たちは、はいはいと生返事をする。立ち位置もバラバラだ。言うことを聞かない彼らを前に、レグナは唇を噛んで地面を蹴った。メガネはさすがに割らなかった。
中央街が、ギリギリだが目に見える場所にあるといっても、この人数を移動させるには相当な魔力が必要になる。
「ほら、さっさとやれよ」
「いいか? 僕に手間をかけさせる側だ、君たちは。それを自覚して少しくらい役に立て。その辺で死んでいる護衛団からエンゼリングを取ってこい」
テト・サラ・ベリドは完全無視。ジェムとリックとザラル、そして風華は近くにあったものを拾ってレグナに投げた。彼は満足そうに「使えるやつだね、君たちは」と微笑んだ。
「あの、ザラルさん。ずっと気になってたんですが、この、エンゼリングってなんなんですか?」
瑛士はザラルにそう尋ね、レグナの腕のそれを持とうとする。彼は「邪魔をするな」と怒鳴り、そっぽを向いた。
「エンゼリングというのは魔力を貯めておける道具で、白魔族界において重要なものでして。白魔族は魔法を使う能力があっても、それを使うための魔力がもともと少ない人が多いんです。だからこいつを使って外部から魔力を取り入れることが必要なんです」
「黒魔族でもそういう人はいるわ。魔力を貯める道具はないけどね。でもそれがあればみんな魔法が使えるんでしょ。便利そうね」
ウィズが話に入ってきた。彼女は他の黒魔族と違って積極的に白魔族との会話に入ってくる。白魔族に対する認識の違いなんだろうな、と瑛士は思った。
「魔法を使えないと貧民街行きですからねー、こっちは。魔法が使えるかどうかは非常に重要なわけですよ」
「なにそれ、酷い!」
リックが怒った。急に口調が強くなる。瑛士もザラルも彼女の豹変ぶりに言葉を失った。
「魔法が使える使えないで優劣を決める? そんなの個人の、個性じゃないの!」
「リックさん、これは白魔族の文化なんですって。文句言っても無駄ですよ」
「その通り。悲しいですが、白魔族界では当たり前なのです。黒魔族界は、羨ましいですね」
ザラルは、ははっと笑った。リックは俯いてしまった。風華が側に寄って大丈夫、と励ます。
「ところで、なぜそんな少数で? あなたたちにとっては白魔族界は敵地では? あまりにも無防備すぎるんじゃないですか?」
今度はザラルが尋ねる。
白魔族界にやってきたのは瑛士たち非魔族も含めて七人。ザラルはたった七人で何ができるというのか、と言いたげである。瑛士がそれに返答する。
「あいつがゲートを作れないとは限らないし、もしかしたら満足したら黒魔族界に戻るかもしれないからですよ。わざと戦力を残してきてるんです」
ああなるほど、と頷くザラルに対してテトが大きなため息をつく。そして瑛士の言葉に付け加えた。
「それに、人を多く持ってきても犠牲が増えるだけだからな。例えば白魔族のお前。お前のような一般人が第一位に敵うわけがない」
「な、なるほど……」
ザラルは苦笑いをした。
「君たち、準備ができた。もっと密着しろ」
レグナが声をかける。黒魔族たちはそれなりに集まる。レグナはそれでも魔力の消費を気にしているようで、密着するようにというやりとりをあと三回繰り返した。
黒魔族たちはお互いに仲が良くないということで、とりあえず誰とでも話すジェムを真ん中に置いてその周りを囲むように立った。
「ちょっと、テトさん押さないでください」
「狭いやろが。限度があるやろ、お前ら」
「きゃっ、やめてよ。潰れちゃうじゃない」
「江里さん、大丈夫?」
「私は平気だよ。三上くんこそ」
そんなやりとりがあったが、ちゃんと全員が納得するように立てた。
「……ふん。まぁいいだろう」
彼も納得したのか、それとも妥協したのか、レグナはそう言った。その一言だけでは感情は読めなかった。
「行くぞ」
気づくとそこは中央街に入る手前の場所。貧民街の中で、中央街に最も近い建物の陰だった。いきなりオズマの前に現れてしまってはすぐにやられてしまう。この場所に来たのもレグナなりの考えだろう。
「本当に一瞬だな」
ふと、中央街の建物の隙間からギラリと何かが光ったと思えば、その直後に爆音が瑛士たちを包んだ。
「きゃっ!!」
「こ、これはきっとオズマです……! こんなところまで聞こえるほどの激しい攻撃をしてるですか……!?」
瑛士は思わず風華の手を取った。彼女は驚いたように目を開いた。そして頬を赤らめた。
「み、三上くん!? なに、いきなり!?」
「江里さん、やっぱりここで待っててくれないかな。危ないからさ。もしかしたら、オズマには江里さんのバリアも効かないかもしれない。怪我して欲しくないんだよ、江里さんには」
「三上くんはどうするの?」
「俺は、行くよ。ソーマや田口さんを見つけなきゃいけないし、オズマも倒さなきゃいけない」
「だったら私も行く!」
「でも──」
「アスカちゃんや佐田くんを助けなきゃって気持ちは私も一緒なんだよ!? だから私も白魔族界に来たの! それに、三上くんが私に怪我させたくないのと同じように、私も三上くんに怪我して欲しくない! 今まではずっと三上くんに守られてきたけど、もうそんなことない! お荷物にならないように、頑張る!」
風華は大声でそう言った。周りから注目を浴びてしまい、さらに真っ赤になって小さくなる。
「うん。分かった。一緒に行こう。そして一緒に、二人を見つけ出そう」
瑛士は微笑みかけた。風華はそれに頷く。
「ふっ。ここまでされたら黙っていないだろうね、奴らも」
「奴ら……? ああ、メガやセルのことか」
「いいや、違うよ」
「どういうことや」
そう言ったベリドをはじめとする黒魔族たちだけでなく、同じ白魔族のザラルですらもきょとんとした顔をしている。
「この世界を統べる者たち──大天使の会だ」
「大ッ……なんですかそれ!?」
「入るぞ、中央街に!」
謎の単語を言われ、聞き返すジェム。レグナはいつも通り何も返さない。
彼らはついに貧民街と中央街の境界を超えた。空気が一瞬で切り替わる。どこかきな臭かった貧民街とは打って変わって、上品な香りがする。
「うっ」
瑛士が鼻を押さえる。いい香りの中に、貧民街と同じ鉄の匂いを感じたのだ。オズマが暴れだしてから時間がそれほど経っていないはずだが、かなりの数の犠牲者が出ていると考えられる。
「護衛団が全滅か。予想通りと言えば予想通りだが、短時間でここまでやられると流石にこたえるな」
「中央街を守る護衛団は貧民街にくる奴らよりも数段強いはず。それでも歯が立たないなんて……」
レグナとザラルは呆然としている。
「そういえば君もなぜ君まで来たんだ。あのまま貧民街の荒れた場所から移動して、新たな住処を見つけて過ごしていればよかったものを」
「だからこそだ。だからこそ貧民街をめちゃくちゃにした奴が許せない。だから来たんだ」
「ふうん」
レグナは自分の持っていた予備のエンゼリングをザラルに投げた。
「ならば困るだろう、これがないと?」
「……! ありがとう、レグナくん!」
ザラルは輪っかを頭上に掲げた。
「おい、あれ見ろ」
ふとベリドが瑛士に声をかけた。ベリドが指差した方向にはすでにいくつもの死体が出来上がっていた。建物や地面には飛び散った血が気色悪い斑点模様を作っている。また吐き気がした。
「うっ……。なんてもの見せんだこの野郎!」
「ちゃうやろ! あっちに死体が多いっちゅうことは、あっちに行きゃあオズマがおるってことやろうが。俺はそれを言いたかったんや」
「口で言えよ。あれ見ろ、じゃなくてさぁ!」
「ええ加減、慣れろ!」
「無茶言うな!」
「喧嘩しないで、二人とも。こんなところで……」
風華が仲裁に入る。彼女の言う通り、今はこんなことをしている場合ではない。
微かに声がした気がした。ふと仲間たちを見ても、誰も瑛士に話しかけた様子はない。風華に聞いても、なにも言っていないとのこと。
「君たち……逃げろ……」
「!?」
また苦しそうな声が聞こえる。今度ははっきりと聞こえた。目の前の風華やベリドも聴こえている様子からすると、どうやら幻聴ではないらしい。
「あっこのやつやないか? 微かに魔力が残っとる」
彼が指差した先に死体の山の下じきになった一人の護衛団がいた。どうやら彼だけは偶然にも死ななかったらしい。
「早く逃げないと、殺されてしまう……!」
「喋らないで。今すぐ治してあげる」
リックは素早く彼に近づき、手を添えた。負傷兵も傷が癒えていくのを感じたのか、それ以上なにも言わず、大人しくしていた。
「そいつも助けるのか」
「当たり前です」
レグナが言うと、リックは即座にそう返した。
「す、すまない……。逃げ遅れた民間人に助けてもらうなんて」
彼のか細く消え入りそうな声は、だんだんと元に戻ってきた。そして視界がはっきりしたのか、目の前で治療を行うリックに違和感を抱いた。
「君、エンゼリングはどうした? 無くしたのか?」
「もともとないわ。私たちには不用だもの」
リックから目線を逸らすと、その後ろに立つ瑛士たちの姿が目に入る。二人の白魔族を除き、そこにいる彼らは皆エンゼリングをつけていない。
「何者だ? 君たちは」
「魔族よ。あなたと一緒」
「しかし──」
「ごめんなさい」
次の瞬間、兵は気を失った。
「な、なにした? リックさん!?」
「ちょっと眠ってもらったのよ。騒がれても面倒だからね」
「おい、なにしてる」
遠くからテトの声がする。
「第一位は向こうだ。早く着いてこい」
場所は分かっているが、一人で行こうとはしない。瑛士はテトのそういう部分を感じ、やれやれと首を振った。
「また彼か。いい加減にしてほしいな」
「やられへんかな、あいつ」
珍しくレグナとベリドの意見が合致した。
「リックさん、行きますよ」
「ええ」
彼らは、遠くで待つテトとサラのもとへ走っていった。




