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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
刑務所内自殺人事件
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刑務所内自殺人事件 15

また投稿が遅くなりました。本当にすみません。

 急に黙り込んだメディシンが、いきなり暴れ出した。意匠で置いているであろう置物をなぎ倒し、割れた衝撃でメディシンの腕が赤く染まる。

 本人はその怪我に気付いていないようで、床を抜くのか、と聞きたくなるくらい踏みしめる。何度も何度も踏んでいる靴底が歪み、剥がれていく。あれでは足の骨にもひびが入ってしまう。

 止めようと隠れていたロッソが腕を掴むが、逆に指を噛み千切られてしまった。ばぎ、と硬いものが折れるような音がしたが、恐らく自分の歯も折っている。

 メディシンのあまりの変貌ぶりに、ユイは何も言わない。いや、言えなかった、というべきか。

 ——先生は感情を色で視認できる。メディシンのあの感情を真正面から見てしまっては、呑まれてもおかしくない。

 ユイを避難させるように動いているレナートも、最初の数秒は動けなかったのだ。これ以上暴れさせるわけにはいかない。ユイの避難が完了でき次第、動くつもりだ。彼の特異魔術を考えると、最悪周囲に自害命令を下しかねない。

 ロッソが肉弾戦に持ち込んでメディシンと殴り合うが、状況は不利に近い。


「レナートさん。

 私なら、大丈夫だ」


 意識がようやく追いついたようで、ユイが耳を防ぎながら後ろに下がる。彼女の隣の景色が動く。P-1が擬態を解いた。

 ——彼の魔力の感知能力は信用できる。


「メディシンの特異魔術の発動条件は『メディシンの声を聞くこと』。P-1さん、ユイ先生を頼みます」

「承知いたしました」


 P-1は淡々と返事すると魔力を耳へ集中させる。それができるなら、心配は無用だろう。

 抜剣してロッソの加勢に入る。

 あれだけ情緒不安定です、と言わんばかりに暴れているくせに、思考だけは軍人らしく冷静だ。ヤオとヤンを支配下に置いてロッソを攻撃している。

 三対一。数だけ見れば圧倒的不利だ。

 ロッソの肌が青くなりつつある。あれはもう限界だな。

 剣を金属製の鞭に変換する。手首を捻ってヤオのふくらはぎに当てて骨折させる。流石に太腿は危険すぎる。うずくまったヤオの服に触れ、縄状にしてぐるぐるに拘束する。命令があってもこれでは動けまい。部屋の隅に蹴り飛ばし、ヤンとメディシンと対峙する。

 レナートの参戦で余裕が出てきたのか、ロッソの赤い目がこちらを睨む。敵ではないのに、殺気が凄い。


「おせーんだよ。クソでもしてたのかよ。肌の色だけにしとけよ」

「そのジョーク、色々な意味で物凄くヤバいですから、二度と言っちゃ駄目ですよ」


 るっせ、と返すロッソの顔に余裕はない。肉体面ではロッソの方が余裕で上だというのに、疲労を隠していない。愚痴りたくなってしまうのも、仕方ない、と思うべきか。

 ——いやでもあのもの言いはダメでしょう。今は色々とうるさいですし、注意できるところは注意しないと。

 ロッソの額の一部分が盛り上がる。冗談抜きで本当に限界らしい。ここで()の正体を暴かせるわけにはいかない。レナートは鞭を振るってメディシン達と距離をとる。

 一歩下がるメディシンの足を、変換していた床に棘を発生させて貫通させる。メディシンを守ろうと動くヤンの顔に唾を吐く。

 唾は粘性のある泥になって鼻や口を覆うように変換させる。死なない程度に窒息させて、対処する。

 ヤンとヤオの対処は難しくない。一番危険なのはメディシンだ。

 ——殺しはダメだろうが、四肢を切り落すくらいなら問題ないだろう。

 鞭を剣に戻して、メディシンへ距離を詰める。まず腹ごと壁を刺して動きを固定。話せないように口を刺して拘束。

 この実行に二秒もいらない。すぐにつく決着だ。

 レナートが構えた剣が、メディシンの腹に触れた瞬間。

 後ろにいたはずのロッソと、目が合った。




 ——最悪! 最悪最悪最悪!!

 ゆっくり倒れていくレナートを見ながらロッソは舌打ちをする。何が起きたのか全く理解できない。いや、何が起きているかは分かっている。だが、そこに至るまでの過程が分からない。分からないが、自分達にとって最悪が起きていることは、よく分かった。

 メディシンがレナートの首が捻じって殺した。

 あんな一瞬でどうしてそこまでできるのか疑問だが、恐らくメディシンの特異魔術の関係だろう。

 ——いや、からくりは後だ。はやくメディシンを何とかしないと……クッソ! 何でコイツ死んでんだよ! 黒い悪魔なんじゃねぇのかよ!

 何度目かの最悪、て愚痴を心にこぼす。

 ——こんな奴、あの姿になれば一発で終わるのに……何で止めんだよダチュラ(クソ女)~!

 額から出そうになる角を必死に押さえながらメディシンと睨み合う。

 メディシンに攻撃したら恐らく自動的に反撃される。そういう風にメディシンは自分の行動手順として組み入れている。だからレナートは自動的に殺されたのだ。まるで自分で引き金を引いて発砲する銃みたいに行動するメディシンに対して、どう対処すればいいのか。

 ——ヤコブ警部は『荒事は年寄りには辛いのよ』なんて言ってさっさとどっか行ってしまうし。……多分あのクソガキの監視だろうけど。これ、逆の方が良かったんじゃねぇか?

 そんな弱気な思考が頭によぎる。

 なんせ自分には魔力がない。純粋な身体能力だけでこの男を捕まえないといけないのだから。


「——何ちんたらやってんだ?」


 呑気な声が看守長室に入ってきた瞬間。

 メディシンの姿が消えた。

 ——やばっ。思考をよそにやりすぎた!

 足に力を込めて、駆け出そうとした。したはず、だった。

 看守長室に入ってきた声、レックは襲い掛かるメディシンに何らかの魔術をかける。何の魔術なのかは分からない。ただ、五感に直接作用するものだったようで、メディシンの体がふらついた。

 その隙を逃さず、レックはいつの間にか拾っていた置物の破片でメディシンの口を大きく裂き、肩の関節を片手だけで外す。トドメと言わんばかりにレックはメディシンの股間を容赦なく蹴り上げた。

 見ている自分の股も痛くなってしまった。

 あまりにも、あまりにもあっけない決着。はやすぎる決着に自分の悩みは一体何だったのか、と聞きたくなってしまう。


「ほい、終わり、と」


 まるでゴミ掃除の終了を告げるかのように両手をはたきながら倒れたメディゾンを見下ろすレック。


「あんた、特異魔術に警戒し過ぎだよ。看守長は特異魔術からして、自分の五感が絶対な能力なんだから、それを揺さぶる魔術かければ一瞬で終わるぞ」


 ——魔力がねーから使えねーんだよ。

 なんて文句は口が裂けても言えない。自分が警察として動く代わりに、正体を明かしてはいけない。

 そう、ダチュラと契約したのだ。

 自分を捨てたあいつらの面をぶん殴るまでは、自分の正体を悟られるわけにはいかないのだ。

 ——ユイ先生とレナートには一発で看破されたけど、あれはしょうがないよな。しょうがない、よな……?

 倒れているメディシンに魔力封じの手錠をかけて、頬の止血をする。魔術を使わない応急処置に、そこまでの魔力はない、とレックは勘違いしたらしい。悪かった、と謝罪された。魔力がないからしないんだけどな、なんて思いながら適当に返事をする。訂正したら厄介なので、それ以上は何も言わず、応急処置に専念した。


「手伝いますよ、ロッソさん」


 聞こえた声にロッソの動きが止まる。ぴた、と擬音語がつくほどの停止だった。

 後ろから聞こえた声が、信じられない。聞き間違いだろう。


「小指、噛み千切られてますね。私の変換でよければ、くっつけられますよ。ホムンクルスや義指よりはずっといいと思いますよ」


 聞き間違いじゃなかった。

 ゆっくり、恐る恐る振り向けば、首が捻じれて死んだはずのレナートが心配そうに眉を下げてこちらを見ていた。

 何も言わないロッソを見て余計に心配になったのか、しゃがんで目の高さを合わせてきた。

 そういえば聞いたことがある。黒い悪魔は旧世界の悪魔みたいに不死身なのだと。話を聞いたときは冗談だろ、と思って真面目に聞いていなかったが、どうやらあれは本当だったらしい。

 ——お、お、お前〰〰!


「復活するならさっさとしろ〰〰〰〰!!」


 ロッソの叫びにレナートはすみません、と頭を下げた。

次回で刑務所内自殺人事件は終わりの予定です。

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