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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
刑務所内自殺人事件
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刑務所内自殺人事件 13

 扉を叩く音が、三回。入出許可を求める合図だ。魔術で扉を開ければ、予想通りだが、予想外の顔が見えた。

 彼は一歩、部屋に足を踏み入れる。床を踏む靴音が重い。

 彼は本来、ここに来ていい人間ではないのだが。どうやって来たのか考えることが怖い。後で色々考えなければいけないことが増えてしまった。眉間のしわを揉みたいが、その行動は相手に隙を与えるだけだ。我慢するしかない。

 靴音が一つ、一つ、こちらへ距離を詰めていく。

 自分の前まで来て、音は止まった。

 靴音——ヤンは、血のような赤い目で自分を睨む。自分の背後にある窓から入ってくる光に反射して、刃物のような印象をこちらに与える。見慣れたものだ。特に恐れる理由がない。


「ツィホ・グォシュヌイを殺したのは、あんただな」


 単刀直入にもほどがある。手術の執刀やウェディングケーキでも、切り込むまでの間がある。それだけ、彼の中では衝撃だった、ということだったと受け取れる。


「ユイさんと会話したとき、俺に『本当に?』て聞いてきた。俺があちこちものをぶつけたり紛失する奴が、軍人として行動できるのか、怪しかったんだろうな。

 ユイさんに聞かれるまでは、俺も自分のことを疑わなかったよ。

 でも、あの人との会話で疑問に思った。思ってしまった俺は、そのまま戦友に電話をかけた。

 俺の今までの行動と、戦時中の俺の行動を比較して欲しくてな。

 結果は……言わなくてもあんたなら聞いただろ」


 彼の言葉に何も返さない。ヤンの予想通り、聞いているが自分の口から言うほどのものでもない。

 答える気がないことが分かったらしい。ヤンは話を続けた。


「答えは……今の俺を心配する言葉だった。

 お前はそんなドジしか踏まない奴じゃない。むしろあの班の中ではしっかりしていて、皆を先導していた、と……。

 家族にも電話して、今の俺の話をしたら、病院に行け、て言われたよ。そんなにものにぶつかるのは、視覚的な病気があるんじゃないか、てな。

 だから分かった。分かってしまったんだ。

 俺のドジは、仕組まれたものだって。どうしてそんなことをする必要があるのか、最初は分からなかった」


 真実を知った当初の彼の困惑が手に取るように分かる。利点があるからそうしたのだが、彼には本当に分からなかったのだ。

 前髪を掻き毟り、困惑を必死に押さえこむヤン。そんな思考がまとまっていない状態でここに来ていいとは思えないが、黙って置く。

 指の隙間からこちらを覗く赤い目と、目が合った。

 どうやら心配は杞憂だったらしい。


「利点は一つだけ。俺の薬の紛失に疑問を持たせないためだ。俺の頭痛薬にはカフェイン剤が入っている。

 グォシュヌイの馬鹿みたいに濃い珈琲と、俺のカフェイン剤入り頭痛薬。二つ合わせれば、カフェイン中毒に陥る。

 あいつは元々慢性的な中毒者だったが、俺の薬と混ぜたことで中毒が進み、重度症状の一つである精神錯乱と幻覚を引き起こした。

 キェシェニとユイさん達の会話が聞こえたから考えることができた推理だ」


 ヤンが大きく息を吸う。どうやらこちらが思っている以上に彼は緊張しているらしい。

 自分にとって、予想できた展開だ。黙って手をヤンに示し、続きを促す。


「随分余裕だな。

 テオ……喘息薬でいいや。喘息薬は珈琲と合わせると似たような副作用が起きるみたいだが、カフェイン中毒みたいに確実なものじゃなかったんだろうな。

 だから俺から薬を盗んだ。計算が正しければ三週間……二十七日分だ。最低でも二十七錠はある。そこまであれば、中毒症状を起こすのは難しくない。

 喘息薬を置いたのは、喘息の再発を恐れたグォシュヌイが飲んだ、と説得力を持たせるためだろ。

 あんたの立場なら喘息薬の入手は難しくない。発注段階でちょろまかせばいいからな。俺の薬のときだけそうしなかったのは、常用手段にしたことでバレることを防ぐためだろ。

 薬をグォシュヌイの珈琲にどうやって盛ったのかは聞かない。あんたなら、それくらいできる。

 グォシュヌイの死亡を確認したあんたは喘息薬を仕込んで、あんたの立場らしい行動をとった。

 あの喘息薬があれば、自殺と判断されてもおかしくない。

 でも、あいつから喘息薬が見つからなかった。あんたは混乱しただろうな。仕込んだはずの喘息薬がない。

 おかげで自殺か殺人か判断がつきにくくなってしまった。

 あんたにとって、ユイさんを呼ぶのは博打に等しかったはずだ。

 自分が犯人かもしれない、てバレるからな」


 あれは本当に参った。おそらく、キェシェニのスリだろう。だが、あの後彼の共同部屋を探しても見つからなかった。医務室に戻すまで、隠し持っていたのだろう。何かをこっそり盗る者は、何かを隠すことも上手いらしい。あの一件で、いらないことを学んでしまった。できれば学びたくなかったものだ。


「でも呼んだ。呼ぶしかなかった」


 そうだ。呼ぶしかなかった。自分の立場上、それが最適解だったから。


 ()()()()()()()()()()()


「なんで……なんでグォシュヌイを殺したんだよ! ()()()()()()()()()!!」



「————静かに」



 ヤンの唇が縫い合わせられたかのように閉じる。

 看守長室の椅子に座っているメディシンは、ゆっくりと立ち上がる。


「君に発言権はない。思考の必要もない。必要なのは、私の命令を実行できる肉体だけ。怖がらないで、受け入れなさい。あなたの生存に必要なのだから——私に従いなさい(コハム)


 特異魔術の呪文を唱えれば、ヤンの体の動きが止まった。おそらく彼の意識はうたた寝しているようなふんわりとした感覚でいるはずだ。


「……君で二人目だよ」


 聞いていないことは分かっているが、自分の足元を見ながらヤンに話しかける。ここまで真相に気付いた者への敬意として、自然と口から出ていた。

 ——さっさと片付けるに限るな。

 椅子を引いて立ち上がる。途中足が引っかかった。このままにしておくのも邪魔だし、そろそろ出しておこう。上手くいけば自分への疑いが無くなるかもしれない。

 メディシンは机の下に押し込められたそれ——ヤオを引き上げる。そのまま引きずってヤンの前に置く。

 ——さて、どんな指示を出そうか。やはりここはヤオに……。


「ヤオ。ヤンを特異魔術でこ、」



「そこまでだ」



 メディシンの命令は一人の人間の声に遮られてしまい、不発に終わった。

 ここにいるはずのない声。看守長室の出入り口の扉を見れば、一番見たくない顔達がそこにあった。

 たくさんある顔の中心にいる顔、ユイは自分を指差し、告げた。


「現行犯、げっちゅだぜ」


犯人判明の話でした。

ここまで書けたので、後2~3話ほどで終わる予定です。

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