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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
刑務所内自殺人事件
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刑務所内自殺人事件 12

 ユイが最初に声をかけたのは、ドジっ子受刑者ヤンである。

 担当の看守に事情を説明してヤンを食堂の一画に誘う。


「俺に何のご用ですか?」


 ヤンは軍手を外しながら、椅子に座って話を聞く。


「グォシュヌイさんについて聞きたくてね。きみはあのとき、近くにいたみたいだし」


 ユイは自分の手で用意した珈琲を差し出しながらグォシュヌイについて質問する。

 ヤンは中指でき自分の頭皮を掻く。当時の状況を思い出しているであろうことは、何となくだが察することができた。


「あー……ちょっと様子がおかしかったんで気にしていたら、急に厨房に入って包丁を盗ったんですよね。あいつ掃除以外は大人しいから余計行動に驚いて、止めようとしたら、あんな……。

 あんな死体、久しぶりに見ましたよ」

「へぇ……久しぶり、なんだね?」

「従軍経験者なんですよ、俺」


 この刑務所、戦争に行ったことのある奴が多すぎる。

 レナートの反応が顔に出でいたのか、ヤンも「そういう風に思いますよね」と言葉が返ってきた。どうやらここは『元軍人が収容されている人数が多い刑務所』みたいだ。

 ——道理で。

 看守の監視体制がやけにしっかりしていること、監視の厳しさは、彼らに対する警戒があったからか。


「戦争に行ったのに、あんなにドジっ子だったの? 軍はどれだけ人手不足だったんだ?」

「うるせぇよ。それに、そこまでひどくなかったし」


 ユイの態度が気に食わないのか、ヤンの態度はどこか硬い。あの医者に見せたような気安さはどこにも見えない。

 ヤンの返事のどこかユイのツボを刺激したのか、ユイはニンマリと唇を歪める。卓子に肘をつき、手の甲から指を顔に当てて、頬杖を突く。その仕草はやけにゆっくりなのに、彼女から目を逸らすことができない。ヤンの赤い瞳が、ユイを凝視したまま動かない。

 ——先生が用意した何かに、引っかかったな。

 ユイの黄色い唇が、開く。


「——本当に?」


 ユイが聞いたのは、それだけ。

 それだけだった。

 それだけだったのに、ヤオの目から光が消えた。

 ヤオは自分達に何も言わず、席から立ってこちらに背を向けた。その足はどこか覚束ない。酔っ払いの千鳥足の方が、まだ安心感がある。


「先生、彼に何をしたんですか?」

「ちょっとしたおまじないさ。多分もうすぐ効果が出るぞ」


 ユイが示した先には街中に設置されている公衆電話。ヤンはそこに効果を入れてどこかに電話をかけ始めた。

 その様子を見て満足したのか、ユイはもう一人の受刑者をここに呼ぶよう、厨房の職員に指示を出していた。




「数時間ぶりですね、先生」


 次に呼んだのはキェシェニだった。自分が呼ばれるとは思わなかったのか、彼の言葉には予想外の出来事に対する驚きが声に乗っていた。

 自分で用意した冷や水を飲みながら、キェシェニはユイに用件を聞く。


「俺に何を聞きたいんですか?」

「ああ、どうしてグォシュヌイさんからテオフィリンを盗んだのか、訳を聞きたくて」


 コップから口を離して咳き込むキェシェニ。ベルンハルトみたいに鼻から吹き出さなかっただけ偉い、と褒めたくなってしまう。あれは本当に汚い。

 でも気管には入ってしまっているようで、咳き込む音が強くなる。やがて気管から水が出て行って落ち着いたのか、キェシェニは生理的な涙で濡れた藤色の目をユイに向ける。


「どうして俺だと思ったんです……?」

「きみスリの受刑者だろ。だったらそれくらい器用なことができるかな、て。あのとき、レックくん以外でグォシュヌイさんに近付いたのはきみと、ジョアンナさんとヤンさんだけだ。

 どんな目的で盗んだのかは分からないが、テオフィリンの危険性を知ったきみは、自分が犯人だと思われたくないからパヴェウ先生の鍵から型を取って鍵を作って戻したんだ。

 事件から六日経ってから薬があそこに戻されたのは、鍵の生成に時間がかかったからだ。恐らく刑務での鉄屑から作ったんだろうね。あの鍵は魔術や魔力には警戒されているけど、物理的防御は弱そうだし。

 ——私の推理に間違いはあるかい?」


 キェシェニは無言で唇を内側に入れるように噛んで肩を竦める。何も言いたくないのだろう。


「……俺が犯人だと思わねぇの?」

「犯人だったらテオフィリンを盗まない。テオフィリンを置けば、喘息の再発を恐れたグォシュヌイさんが薬を盗み、服用した結果、副作用が強く出てしまった、て昔話みたいな綺麗なお話が出来上がるからね。

 むしろ、キェシェニさん。きみの行動は犯人にとって全くの予想外だったんだ。

 だから私は、きみを殺人犯とは思わない。薬を戻しただろう、てことしかね」


 頬に当てていた黒い爪が一本、伸びる。本人を示さない代わりの指差しの表現のつもりだろう。

 ユイの説明を聞いて話をするつもりになったのか、キェシェニはポケットに手を入れて卓子に置く。

 硬い金属音。

 まだら模様の、銀の鍵がそこにあった。


「俺は、テオフィリンを盗もうと思って盗んだわけじゃない。あの怪我じゃ助からないのはもう分かっていた。

 だから、あいつのお守りを盗っただけだ。看守は見ても捨てちまう可能性があるからな」

「捨てる?」

「メモにしか見えねーんだよ。でも、本人にとっちゃ、お守りみたいなもんだったんだ。

 あいつが重度の小児喘息持ちなの、知ってるだろ?」

「パヴェウ先生から聞いたよ」

「じゃ、話ははえーな」


 一旦置いていた冷や水を手にして、口に入れる。これは話が長くなりそうだ。


「あいつは、家族に迷惑をかけただけじゃなく、従軍という形で国に尽くすこともできなかった。

 文字通り、自分の病気に対する劣等感が強かった。その分、戦争に出てた奴を全員英雄視していた。

 俺やジョアンナ、ヤンやレックさんに看守長……無条件で従軍者を英雄みたいに思っていたし、そう接していた。

 特にあんた」


 藤の瞳がこちらを見る。

 黒と藤が交差する。彼の藤がどんな感情でこちらを見ているのか全く見えない。ユイ先生なら分かるのだろうか。


「ツィホは、あんたを尊敬していた。戦争を終わらせた、大英雄として。

 ここから出所したら、あんたに会いたい、て言っていたよ。刑務所に入ったことの利点の一つとして、第四師団に所属していた軍人とのコネができたことだ、て喜んでたくらいだしな。……あ、もちろん、刺し過ぎた点については本当に反省していたぜ。殺人については動機面から全く後悔していないみたいだけどな。

 先に出所する予定のそいつに、あんたがツィホに面会に来るよう頼み込んでいたくらいだし」


 そこまで聞けば、キェシェニがグォシュヌイから何を盗んだのか、大体想像がついた。

 ——黒い悪魔()への言葉か。


「俺達はあんたを悪魔としか思ってないし、そうとしか思えない。

 でもな。ツィホは本当にあんたを尊敬していたんだ。

 それを、あんな形で亡くしたくなかった。だから俺は盗んだんだ。あの薬は、本当に事故だよ。

 でも、そのおかげで俺はこれを殺人と断定できたんだけどな」


 手に持っていたキェシェニのグラスに罅が入る。


「ツィホは、喘息持ちだ。だから薬を飲むとき、何がいけないのかをちゃんと調べてから飲む。あんなヘマは、絶対にしないんだ」



「これは、立派な殺人だぜ」



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