刑務所内自殺人事件 11
「……そんな人いましたか?」
「いたぜ。こいつが最初に潰しやがったせいでアタシは戦闘に立てなかったんだから」
——思い返せば、確かに指で鉄球弾いて潰した奴がいたな。あの中じゃ異質だったから最初に対応したが……あの特異魔術を見る限り、正解だったようだ。
ジョアンナ、という名前はウロチが渡した特異魔術の一覧で見た。
三秒先も未来が視えるのなら、あの戦闘はあの短時間で決着をつけられなかった。今更だが、自分の判断力に拍手を送りたい。凄いぞ、自分。ぱちぱちぱち。
「あの映像でグォシュヌイに近付いた受刑者だな。早速だが話を聞いても?」
「急過ぎねェか? まあいいけどよ」
ユイに勧められるまま近くに置いてあった椅子にジョアンナは座る。脚を広げながら組むな。足を太腿に乗せるな。
いつでも殺せるように特異魔術発動態勢に入りながらユイとの会話を見守る。
「グォシュヌイとはどんな関係なのかな? あの取り乱しようはただの友人にしてはちょっと大袈裟だよね」
「……戦争時代のアタシを肯定してくれた人だ。あいつァ、喘息で従軍できなかったからな。国の役に立てなかった、ていう劣等感があるらしい。会話で所々見えた」
「家計圧迫するほどの重症者だもんね。そりゃ行けないわ」
確かに、軍に入るにあたってそういった健康診断をする。そこで弾かれた者は軍に入れない。グォシュヌイは、健康診断するまでもない。弾かれて当然だ。
「アタシの親父がベタの人魚だからな。魚らしく、バカスカ餓鬼こさえたせいでアタシは口減らしで軍に入った。
第三師団だったからな。正直当時のことはクソ、てこと以外ちゃんと覚えてない。
そんなクソなアタシを……ツィホは認めて、受け入れてくれた」
自分の右手を思い出して語るジョアンナの目はここを見ていない。当時のグォシュヌイとのやり取りを思い出しているのは明白だった。
右目の紫色の目が潤む。
「なんで、あんなふうにころされないといけないの……」
両手を固く握り締めて、ジョアンナは何度も自分の額を殴る。その力は弱いが、力以上の激情があるのは、ユイの目を使わなくても明白だった。
「ねぇ先生。アタシの知っていることがあったら教えるし、お金が欲しいなら全部あげる。
だから、だから……っ。ツィホのかたきをとって」
「それはできないな」
額を叩く拳が止まる。生身の右目が、ユイを凝視する。
ユイを見る目にだんだん熱がこもっていく。
「私は復讐代行者ではないし、名探偵でもない。小説参考のために事件に近付いているだけの作家だ。
この事件の犯人を暴くことは約束しよう。
ただきみが望むような復讐はしない。私は作家だからね」
「……妊婦殺しの餓鬼を拷問しようとした奴の言葉とは思えねェな」
「あれはいいんだよ。私がやりたいからやるし。
自分の心の決着を他人に任せるなってだけだ」
ルカの拷問を致し方なし、みたいな言い方をするな。
ジョアンナは何度か口を開くが、言い返せる言葉がないのだろう。空気が口から出ていくだけで終わった。
「……てめェの言うことにも一理ある。じゃあ事件の解決だけを依頼するぜ」
「それはメディシン看守長さんから聞いてるから言わなくていいよ」
「一言多いって言わねェか。おめェよ」
「初耳だな」
からっと笑うユイを半目で睨むジョアンナ。右目の瞳孔が動いているのに左目に全く動きはない。
——義眼している人が好きな奴がいたが……そいつがいたら奇声を上げながら距離を詰めるだろうな。
「グォシュヌイさんについて、死ぬまでの行動でおかしいところはなかったかい?」
「……情緒不安定気味で、眼がおかしかった。軍の仲間でラメ使っているのと似たような症状だったな」
ユイは左手を唇に当てて喫煙恰好をとる。違法薬物を意味する隠語『ラメ』で一気に場の空気が締まる。
ジョアンナはレナートと同じ、従軍経験者。しかも仲間に薬物を服用している者がいた。
「第三師団所属ですか?」
「——へェ。第二師団、て言わねェのな」
「第二師団の服用者はあの一等医生に殺されました。ラメは一度の服用で精神的依存症を作りますからね。
それが必要なのは戦地的に考えて極度の集中力が求められる場所。
ゲリラ戦地に配属されていた部隊が多かった第三師団と考えるのは自然でしょう。貴方の特異魔術も、そこから発現したのでは?
未来視、便利ですからね」
「なァ作家先生よ。こいつぶん殴っていいかい?」
なんでだ。
「レナートさんの思考力と洞察力はまじヤベーっすよ」
——ユイ先生もなんでフォローなのかどうかよく分からないことを言うんだ。
二人の顔を交互に目を向けているレナートがそんなに面白いのか、二人して呆れた視線を向けてきた。ユイは黒眼鏡をかけているため目は見えないが、そういう風に見られていることは分かる。
「ラメの使用状態にグォシュヌイさんは似ていた……おそらくずっと覚醒状態にあった。
テオフィリンとの飲み合わせ注意のそれと一緒だけど……なんかしっくりこないね」
ユイの考えに意見をするつもりはない。グォシュヌイはテオフィリンを服用していたにも関わらず、濃度の高い珈琲を常飲したことによる覚醒状態。その副作用による睡眠不足の症状で錯乱し、今回の事件が起こった。入手方法に疑問が残るが、テオフィリンの服用やそうした理由が喘息の再発なら自然だ。
何かそこに納得いかないのだろうか。
「なーんか……綺麗すぎるんだよね」
「綺麗すぎる?」
「自殺だとしたら状況がすごく納得しやすい。自殺として片付けてもおかしくないレベルだ。自殺・殺人両方で片付けようとしても、やっぱり薬を戻す理由がない。
なんで薬を戻したのかが分からないと、この事件は進まない。
——というわけで、行こうか」
ユイが軽やかにジャンプするように立ち上がる。
脈絡が一歳見えないレナートはただ首を傾げるしかない。
「どちらに?」
「決まってるだろ。今回の事件でグォシュヌイさんの近くにいた、受刑者達のところだよ」




