刑務所内自殺人事件 10
レナートの回答が嬉しいのか、ユイはフォークでいちごのケーキを切り分け、投げるように口に放り込む。
二、三回噛んで飲み込む。ケーキだとしても嚥下まではやすぎる。
「そこまで見抜いているきみだ。もちろん、補足説明もできるよね?」
フォークで人を指すな。
ユイの望み通り、補足説明を始める。
「薬の入手はあの医務室ではありません。外部で処方してもらったか、恐らく発注の数字を誤魔化して入手したのでしょう。テオフィリンは薬師店では取り扱われていませんから」
「医師の指示が必要ってことね。地球と同じく、そこはしっかりしてるんだね?」
ユイの眉が片方上がる。まるで挑発のような表情。ヤオに話しかけたときに見せた、期待はそこにはない。
——東武民族の文化の違いが余程ショックだったみたいだ。
下手に返しても刺激するだけ。
学習能力の高いレナートは補足を続けた。
「受刑者が薬を——ましてやテオフィリンを入手するのは非常に困難です。
入手の点から考えて看守・もしくはこの刑務所に所属する者なのは確定。テオフィリンは恐らく殺人トリックであると同時に、彼の自殺の裏付け材料でしょう。
テオフィリンは喘息の薬ですが、珈琲と一緒に飲んではいけないものとして有名です。効果が似ているから強まってしまうんです。確か……成分の血中濃度が高くなるんだったか。
それ故に睡眠不足に陥り、幻覚症状を起こしてあのような行動を起こしてしまった」
「うん。それもう補足じゃなくて推理だね」
開いた口を閉じる。空気が弾けるような、軽い音が唇から出た。
ユイが両手を合わせる。感謝と謝罪の格好だ。この場合は謝罪か。
「ごめん。いつものやり取りの癖でつっこんじゃった。続けていいよ。ここまで聞いたら最後まで聞きたい。——そこまで言うってことは、監視はなさそうだし」
「ありがとうございます。
……だから犯人は、あのとき近くにテオフィリンを置いたはずです。後から警察が調べても、テオフィリンと珈琲中毒を知れば、同時接種による副作用だと推理するでしょう。
でも、テオフィリンがなかったため、犯人の目論見は外れてしまった。誰かが置いたテオフィリンを手に取って、盗んでしまったから。
テオフィリンの効果を知っているかどうか分かりませんが……その人は焦って薬品棚に薬を戻した。どうにか鍵を調達して。
それが昨日の夜中過ぎからお昼頃。そこでテオフィリンの在庫にパヴェウ先生が気付いた」
「まあ魔術を使わない鍵じゃパクられて当然か」
ケーキを一口また入れる。ユイの返事は軽いが、あの薬品棚の構造を理解しているのか怪しい。
「ユイ先生。解錠の魔術は知っていますか?」
「うん。倫理観ガン無視でドン引き吃驚したけど、まあ魔術ありの世界だもんね。
そのために鍵の魔力と錠前の魔力で一致させるんでしょ?」
——やっぱり分かってない。
どう説明したらいいものか、手に持っているフォークのケツをこめかみに当てる。
「む。なんだその感情。納得してないな?」
「ええ。先生が国民的人気推理作家だって今痛感しました」
「え、今更? ごめん間違いじゃなければだけど、コンビ組んでからもうすぐ一年経つよね? そんなことある?」
ユイが椅子から立ち上がって、うろうろ歩き回る。ユイみたいに、感情を視覚化して認識することが動揺していることができないレナートでも、動揺してることがよく分かった。
それほどまでに動揺しているのに、フォークは皿の上に置くのだから妙に行儀がいい。
ユイの足が止まり、こちらを向く。
「そこまで言うからには、根拠はあるんだろうね?」
「ドスを聞かせないでください。どこぞの破落戸にしか見えませんよ」
レナートはフォークを置いて、右手の親指、人差し指と中指を擦り合わせる。
「たけーんですよ。コレが」
「……ああ! コレか!」
レナートのジェスチャーが本当に分からなかったのか、きょとんとした表情で首を傾げた。すぐに分かったのか、親指と人差し指で丸を作って、残りの三本の指を伸ばした。ゼロを示すな、ゼロを。お前はそのゼロをいっぱい持ってるだろ。
「なくしたときの再発行も面倒なんですよそれ。だから一般的には鍵と錠前。どちらにも魔術・魔力封じをかけて鍵は普通のパターンが多いです。あの薬品棚は基本的な作りでした」
「じゃあそれ踏まえると受刑者が戻してるね」
即答した。根拠は聞かなくても分かる。事件から六日後に薬が戻されたからだ。もし拾ったのが犯人以外の看守なら、もっとはやくに薬は戻されている。
数を数えることを手伝う、などの名目で調べれば薬の入手が薬品棚でないことに気付く可能性があることも踏まえると、看守の線はほぼゼロと言っていいだろう。
「受刑者となると……怪しいのはキェシェニでしょうか」
「スリと殺人で捕まったみたいだし、鍵の型を取ることを考えたら自然だよね。
——じゃあ、聞いてみようか」
言い終えると同時に立ち上がるユイ。机の上には空の皿。食べ終わるのはやすぎる。
慌てて濃厚チョコのケーキをフォークで切って口に入れる。やっぱり濃い。
レナートがまだ残っていることに気付いたユイが椅子に座り直した。こちらの状況に気付いてくれたようで何よりだ。
——きゅ
床が何かと擦れる音が、聞こえた。
この音は、靴底と擦れ合っている音。
レナートが残りのケーキを一口で頬張り、体を扉に向ける。レナートの視線の先には、閉められた無機質な扉。
きゅ きゅ きゅ きゅ きゅ
扉の向こうから聞こえる靴音の間隔が短くなる。
自分の掌から剣を変換して創り出し、構える。一切音の出ないこれは隠密や暗殺に最適だ。
ユイは鞄をお腹に当てて防御の姿勢に入ってうずくまる。
靴音が、扉の前で止まった。
靴音の主はそのまま動かない。自分が警戒していることに気付いているのだろう。だが、護衛という立場上、先制攻撃はできない。
扉を睨むレナートは、軍靴を自分の肉体に変換させて床に干渉を始める。向こうの様子を探る。例え攻められたとしても、不利にはさせない。そうなる前に殺す。
干渉が扉を超える、瞬間。
「ムカつく声。ムカつく台詞。ムカつく面が視えたから来てみりゃ……クソムカつくコンビがいるじゃねェか」
恫喝的な声が、扉越しにこちらの空気を震わせた。
取っ手が回って、開いていく。
そこから感じ取れる空気には、怒りはあれど敵意や殺意を感じない。開いていく扉から、人が入って来た。
日に当たって傷んだ髪を無造作に伸ばした女性が、こちらを睨む。その左目は青く光っていた。
自分達の目が左目に集中していることに気付いた女性が、爪で突く。
「こいつァ義眼だぜ。あの襲撃でてめェに潰されたからな。犯罪者としてこの色にさせられたんだよ。恨むぜ、まったく」
黄色の作業着の上を腰に巻いた女性の言っていることが分からず、無言で返す。ユイも何も言っていないことから、自分達はこの女性のことを覚えていないらしい。
二人の態度は予想済みなのか、女性は再び口を開く。口から、鮫のような鋭く尖った歯が覗く。
「アタシの名はジョアンナ。ジョアンナ・ジョルダーニ。
シミエル家御令嬢毒殺未遂事件の汽車で、てめェらを襲おうとして最初に倒された、雑魚アマだよ」




