刑務所内自殺人事件 8
ユイが高速で頁をめくる音が静かな医務室に響く。
「受刑者や看守を含めると結構いるんだね。ヤオさん、ウロチさん、看守長にキェシェニさんにフェルさん、ジョアンナさんに……あと十七人もいる。この規模では多い方なの?」
「少ないくらいですね」
「人口減少が原因で合併しましたからね。母数自体も少ないんですよ」
ユイの隣で特異魔術所有者の一覧を見ていたレナートの眉が、ピクリと上へ動く。何か気になるものがあったみたいだ。
「だとしても、効果が強すぎるものが多い。ウロチさんの生物を無機物にする、て私の特異魔術の派生に近いですよ」
「どっちかっていうと派生形はきみじゃない?」
ユイの言葉にレックは心の中で頷いた。レナートの特異魔術は自由過ぎる。
ユイが読み上げた看守・受刑者の特異魔術を思い出す。
ヤオ・ビャクレン。掌から生物を生み出す。
メディシン・エタノレア。行動の手順強制。
ウロチ・チェシチ。生物を無機物にする。
キェシェニ。三秒以上触れたものを不可視にする。
フェル・ドゥヴァン。五感の鋭敏化。
ジョアンナ。三秒先の未来を見る。
——こうして見ると反則技が多いな。特に未来視と不可視と透明のやつ。
「レックさんやリカールは持っていないんですね。リカールはともかく、レックさんは持っているかと思っていました」
「まぁ捨てましたからね。持ってなくて当然です」
ユイの動きが止まる。レナートやヤコブ警部、ロッソも自分を一斉に見る。パヴェウも初耳だったのか、四人と一緒に首の向きが動いていた。
レックが特異魔術を放棄した、という話は結構有名だと思っていたが、どうやら知らない者がいたらしい。
「特異魔術、て一種の才能……ステータスなんでしょう? 誇らしく思うことはあっても、捨てようと思うことなんて……。レナートさん。そんなことってありえるんですか?」
レナートが、左手で両方の頬骨をつまむように触りながら黙る。レナートの記憶の中に該当する者がいるのかどうか、探しているのだろう。
「……いませんね。自分から才能を捨てるなんて、言い方悪く表現しますと……馬鹿のすることです。やる理由が無さすぎる」
「だろうな。上官からすごい怒られたし、親からは勘定されたよ」
「……理由を、聞いてもいいですか?」
レックを見るロッソの赤い目には、一切の嘘や隠し事を許さない目をしていた。こいつ、目力が強すぎる。
あまり言いたくなかったが、どうやら逃げられないようだ。
「特異魔術、て才能でもあるが、そいつの精神面の具現化でもある。よくいるんだよ。特異魔術だけ見てそいつの全部を知った気になっている奴。
そういう連中に俺のことを思われたくなかった。理由なんてそれくらいだよ」
「随分と単純な理由なんだな。もっと複雑な理由があるのかと思ったぞ」
「あと、特異魔術の利便性だけを見て評価されたくなかった。そういう連中を、散々見てきたからな。あまりそういった力に、良い印象がないというのも、理由の一つなのかもしれないな」
「特異魔術の放棄。滅多にないけれど、全くないわけじゃない」
レナートとユイがヤコブ警部を見る。ユイは黒眼鏡で見えないが、レナートがヤコブ警部を見るその目は疑惑に満ちていた。レナートは特異魔術を捨てた奴を見ていないのかもしれない。
——ヤコブ警部は見たことありそうな感じから察するに……こいつ結構おっさんか?
「レックさんみたいな理由ではないけれど、特異魔術が発現しそう、てときに使用権を永久に放棄した人を何度か見た。
彼らに共通しているものは一つ。自分自身の否定。
レックさん。あなた……自分の何を否定したの?」
「それは今回の事件に関係あることか?」
反射的に出た声は、聞いた自分でも驚くほど冷え切っていた。
今のは聞いた奴を全員の印象を悪くさせる言い方だ。
——自分は思っていた以上に、あの一件を引きずっていたらしい。
最悪。今の気持ちはこれしか言い表せない。気を付けなければ。
「——いや。今のところ関係ないよ。でも、必要になったらまた聞くね」
ヤコブ警部の対応が今はとてもありがたい。
レックは礼を言って頭を下げた。
「よし! じゃあ実際にグォシュヌイさんの自殺現場見ましょうか。
監視カメラの準備、お願いします」
切り替えが早い。
ユイの言葉で張っていた空気が緩み、次の行動の準備をし始める。
ウロチの情けない声を聞きながら、贅肉で詰まったウロチの背中を蹴り飛ばした。
監視鏡室で、グォシュヌイが死んだ当時の監視鏡の映像を音声ありでユイ達四人は見ていた。
「流石にちょっとグロいね……」
空腹を埋めるために食堂で用意してもらったサンドイッチをつまみながら、ユイは映像を食い入るように見ていた。
よく食べ物を食べながら見ようと思えるな。
食堂で食事をしていたグォシュヌイは、厨房に入って包丁を盗んだ。捕まえようとする職員から逃げるように食堂の中央まで走る。
——来る。
グォシュヌイが自分の腹を勢いよく刺した。躊躇うことなく腹に刃を入れ、そのまま体を開くように刃を動かす。だが、骨が当たって上手くいかないのだろう。彼は何度も自分の腹に包丁を刺しては縦や横に動かした。
——ここで俺達が出てくるんだ。恐らくグォシュヌイが包丁を持った時点で誰かか看守に連絡したんだろうな。
レックが魔術でグォシュヌイを拘束し、止血の治療魔術を唱える。
看守長の指示でウロチが周囲の人間に動かないように指示を出し、周囲の魔力に変動がないか確認している。
メディシン看守長の目から見て、グォシュヌイは助からないと判断したのだろう。職員の出入りや通信、廃棄物などが刑務所から一切出ないように指示を出していた。
——止血しながら聞いた時はなんでそんなことをするんだ、て思いながら聞いていたけど……ヤオの言う通りだとするなら、先生を招いているこれが正しいで判断であることを願うしかないな。
「グォシュヌイさんの近くにいたのはレックさん、ウロチさん、看守長さん。受刑者で言えばキェシェニさんと……友人なのかな? 他に二人ほどグォシュヌイさんに近付いているね」
映像を見ながら、ユイがグォシュヌイに近付いている人物を指差す。黒く塗られた爪が画面にぶつかり、硬い音を立てた。
「すぐにメディシン看守長に止められていますけどね」
「懸命な判断だね。いや、というより、当然か。そのすぐ後にヤオさんとパヴェウさんが来てるね」
「ヤオは確か、パヴェウ先生と一緒にいたんだよな。なぁウロチ」
「私も、そう聞いているよ」
確認の意を込めてウロチを見上げれば、頷いて肯定した。
「きみら三人は?」
「近くで珈琲飲んでいたんだよ」
「この食堂じゃなくて、少し離れたところにある休憩所なんだけどね」
「ふーん……」
背もたれに深くもたれかかって、ユイは画面を見つめる。そのままポケットから煙草の箱を取り出して一本口に咥える。
慣れた手つきで片手でマッチを擦り、煙草に火をつけるその姿は様になっていた。
「ユイ先生」
「ここ吸って良いだろ。壁に染みつくほど煙草くせーんだぞ」
「では私も一本」
レナートも懐から煙草を取り出して火をつける。こっちはライターだ。
二人分の煙が燻って壁の換気扇に吸い込まれる。
——こいつら二人とも喫煙者かよ。
「ユイ先生、何か解決に繋がりそうな手がかりは掴めましたか?」
ウロチが椅子に腰掛けながら質問する。標準的な大きさのはずなのに、ウロチが座ると小さく見える。
ユイは灰色の息を吐き出しながら、映像を見る。
時間超えそうだったため、一旦ここまで。
切り時が見つからない。
投稿時間を11時10分ではなく、20時か21時にすべきか今すごく悩んでいます。
5月24日追記
次の話がまとまっていないこととこれまでの話を整理したいので一旦更新止めます。今週末には投稿できるように頑張ります。
ギリギリのご連絡となってしまってすみません。




