刑務所内自殺人事件 7
「喘息の薬が増えている? 減っているのではなく?」
「はい。薬の管理は厳重にしています。一日の終わりには必ず数えているんですが……昨日よりも五日分増えている」
隣で薬を見ているユイに指摘せず、目の前の事態の処理で固まるパヴェウ。確かに薬が減っているならともかく、増えているのはあまりない現象だ。
減っているなら盗まれたと思うが、増えているとなるとどういったことが考えられるのかあまり浮かばない。本当になんで増えているんだ。
ヤオと顔を見合わせる。ヤオもあまり分からないらしい。
二人揃って首を傾げていたら、失礼、とパヴェウとユイの間にレナートが割り込んで行った。
「その薬は?」
「これみたいですよ」
ユイが指で示した薬を、レナートが手に取って目線の高さまで持ち上げる。
「……テオフィリンですか」
「何それ?」
「先程パヴェウ先生が言ったように、喘息の薬として処方されているものです。気管支を広げたり、炎症を抑えたりする効果があるんです」
「へぇ」
「ただ、治療適応が限定的で、一歩間違えれば劇薬になります」
——随分物知りだな。調薬が趣味というのは本当みたいだな。
「物知りだね! じゃあ飲み合わせとか気を付けなきゃいけないんじゃない?」
「ええ、先生。その通りです。特にカフェインとの併用は禁止されています」
「おっとなんか雲行きが怪しくなってきたぞ」
ユイが組手でしそうな構えを取る。本人なりの警戒姿勢なのだろう。その警戒が杞憂であることを願いたいが、小説ではこういうとき大体合っていることが多い。
——ここは現実だ。頼む、合わないでくれ。
「カフェインとテオフィリンはどちらも中枢神経を作用する仕組みです。併用すると血中濃度が上がって薬の効果が強く出てしまうんです。飲み合わせとしてとても危険なものなんです。
主な症状として……吐き気と胃痛、動機や頻脈に……不眠」
「ふーん……彼、いつも様子がおかしかった、て言っていたよね?」
「はい。周りの視線が気に食わなかったみたいで、文句を言っては掴みかかっていました」
ユイの疑問に答えたヤオが制帽の鍔を触る。何かに気付いたときにする、彼女の癖だ。
ユイとの会話で、ヤオの中に一つの考えが浮かんだようだ。
俯くヤオの表情はよく分からない。物理的に見えないわけではない。自分よりヤオの方が身長が高いから覗き込むように顔を見ることができる。分からないのは、彼女の表情ではない。
ヤオは感情が漏れたりすぐに怒ったりと分かりやすいところがあるが、こういう一人で何かに気付いたときは、表情は決まって笑顔で固定されている。そのせいで全くと言っていいほど、感情や思考が分からない。
「……レック。今から私はウロチと交代する。ウロチと一緒にユイ先生達を案内してくれ」
「え、なんで、」
「調べることができた。ウロチは馬鹿みたいにデカいが、仕事は私よりできる」
「ちょ、おい!!」
ユイ達に一礼したヤオは、後は任せたと伝えるようにこちらの肩を叩いて医務室を出て行った。今の会話のどこに、気付く要素があったのかよく分からない。とりあえず、自分はウロチに連絡して来てもらうように言うしかない。
ポケットに入れていた携帯を出して開けば通知が一件。
——おいまさか、嘘だろ?
『あと一分でそっちにつくから入れるの手伝って』
ウロチ。お前の情報収集能力どうなっているんだ。
返事する気力が起きず、レックは天を仰ぐ。扇いで溜息を吐いたところで、行き先の天井が汚れるなんてことなく、綺麗なままそこにあった。
昨日の夜と同じ方法でウロチを引っ張って中に入れたら、背中がまた汗で濡れてしまった。
扉を一人で通れないほどの体型をしているウロチの姿は、彼女達の視覚に大変な衝撃を与えたようで自分のお腹の肉を摘まんだり、最近乗った体重計の数値を思い出したりしている。危機感があるようで何よりだ。
「ふぃ~。ありがとう、レック。
——ユイ先生とレナートさん。ヤコブ警部にロッソくんですね。私はウロチと言います。ほっぺのお肉がチャームポイントですよ」
「そこをチャームポイントにするにはお腹の肉がウィークポイント過ぎるだろ。鏡餅かよ」
「いつもレックさんに手伝ってもらっているんですか?」
「節制は若さのコツだよ?」
「よければ変換しましょうか?」
ユイ、ロッソ、ヤコブ警部、レナートの順にウロチの体型を指摘する。一人だけおかしいのがいたが、気にしていたら終わらないので無視することにした。
「ご心配なく。これでも健康的には大丈夫なんですよ」
「うっそだぁ〜」
ロッソが両手を口に当ててウロチのお腹を凝視する。気持ちは分かるが、人の腹をそんな風に凝視するものではない。
ウロチはここに着いたときから持っていた紙束をユイに差し出す。何を出しているのか凄く気になる。
どうぞ、とウロチの微笑みをユイは黙ったまま受け取る。
「なんだそれ」
「ヤドに所属している者、全員の特異魔術」
は、と出かかった言葉を飲み込んだ。特異魔術なんて個人情報を、ウロチの一存で出せるものじゃない。必ず看守長の許可が必要だ。
この情報はほぼ、というより確実にウロチの独断だ。
「お前、どういうつもりで、」
「レック達こそ、どういうつもり?」
ウロチの橙色の目がこちらを睨む。その目から放たれる圧に、レックは息を呑む。
「これは自殺とも、他殺とも取れる事件だよ。ユイ先生にはこれが自殺か他殺か判断してもらって……もし他殺なら、犯人を見つけて欲しい。
それなのに必要な情報を渡さないのは職務怠慢だよ」
ウロチの指摘に何も言い返せない。ウロチの言っていることに間違いはない。自分達が考えて行動するべきところだった。
——ただ、それは……。それを、することは……。
「私達全員、容疑者なんだから」




