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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
刑務所内自殺人事件
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刑務所内自殺人事件 6

 ユイの視線に気付いていないヤコブ警部はグォシュヌイについてパヴェウに質問する。


「彼から小児喘息が再発したかも、という話は?」

「聞いていないので、再発はなかったみたいですよ。運がいいことに」

「……グォシュヌイは貴方のこと、知ってたの?」


 パヴェウはヤコブ警部から目を逸らさず、質問に答える。


「知っていましたよ。というより。それを知ったときに看守長に言いました。もし彼との間に問題が起きた場合、私が真っ先に疑われるので。

 従弟ですが、名字が違うので、気付かない人は気付かないですよ。グォシュヌイにも、看守長と同じことを言いました」


 話を一旦止め、飲み物を一口飲む。当時のことを思い出しているのか、彼の視線はどこか遠い。

 看守間の中で有名な話だ。三年前に刑務所が合併したときに彼は包み隠さず自分の素性を言い、グォシュヌイとの面会を望んだ。

 メディシン看守長と自分の立会いのもとで行われた面会は、拍子抜けするほど順調に終わった。

 グォシュヌイは八十九回刺したことを申し訳なく思っていたが、殺したことに悔いはない。

 パヴェウは従弟を殺したグォシュヌイを許さないが、殺しに至ってしまった理由を知っている。

 あれは話し合いというより、意見交換だった。

 互いに譲れぬものがあり、互いに分かってしまうものがあった。あの面会は、それを確かめるための物だった。

 加害者と被害者遺族という関係ながら、信じられないほど関係は良好だった。それでも何か問題が起きないよう、グォシュヌイが医務室を使うときは必ずヤオの特異魔術で監視していた。


「……きみの言葉に嘘はないようだな。そもそも、きみみたいな合理性の高い人間は、殺人なんてデメリットだらけの選択肢はとらないか」

「へぇ。随分決めてかかるんですね。正直、私が第一容疑者として選ばれても文句は言いませんよ」

「だってきみ、そんな馬鹿じゃないだろう。それが理由だよ」


 パヴェウの焦げ茶の目と、ユイの黒い丸眼鏡の奥にある目が交差する。実際に目が合っているかどうかわからないが、恐らく、彼らの目はお互いの目を見ている。

 二人の睨み合いを、自分達は黙って見守ることしかできない。

 秒針の音が、窓の向こうで吹いている風の音が、大きくなっていく。


「あでっ!」


 そんな静寂を破いたのは、一人の受刑者の悲鳴だった。足がもつれて扉にぶつかり、近くにあった椅子を巻き込んで床に倒れた。どうしてそんな倒れ方になったのか、聞きたいくらいにひどい倒れ方だった。

 ——こんなドジは一人しかいない。

 レックの確信を裏付けるようにパヴェウが声をかける。


「ヤンさん、どうしたんですか?」


 声をかけられた男、ヤンは打った鼻をさすりながら薬が欲しい、と言ってきた。

 またぁ、と呆れた声をあげるパヴェウの語尾が上がる。呆れが強すぎて怒りの感情もわかないが、何か言いたい気持ちがあるような、そんな声だ。


「頭痛薬はあげられない、て言いましたよね。無くしてなければ三週間分は余っている計算なんですよ。

 もう一度探してください、としか言えないですよ」

「ちがいます。目がかゆいんです。花粉の時期なんです!」


 泣きじゃくっているような声をあげてヤンは椅子を戻しながら立ち上がる。そしたら頭上の棚の角に気付かず後頭部がぶつかる。かなり痛いことが分かる音だった。


「いだい!」


 悲鳴のせいで痛みが何となく分かってしまう。


「ドジっ子囚人……」

「先生なら一本書けそうですなキャラですね」

「いや~読者受けがよくなさそうだし書かないかな」


 何の会話をしているんだ。


「花粉……あぁ、そういえばそんな時期でしたね。いつものお薬でいいですか?」

「お願いします」

「じゃあ強めの薬出しますね。眠気が出ちゃう薬なので、魔術道具を扱う刑務のときは服用に気を付けてくださいね。

 点鼻薬はいります?」

「錠剤飲めないときに欲しいです」

「分かりました。いつもの錠剤と、点眼と点鼻薬もつけますね。……あちこち転んでで失くしちゃ駄目ですよ」

「分かってますよ。ウロチさんの手を煩わせちゃったから、俺も反省しているんです」


 取り出したカルテに症状と処方を書きながらパヴェウは首に提げている鍵を取り出して薬が入っている棚の錠前を開ける。


「管理が徹底していますね……」

「薬だからね。犯罪にも使えちゃうもの。管理はきちんとするでしょう」


 呟くロッソにヤコブ警部が答える。それもそうですね、と彼女は小声で返事してヤコブ警部にお礼を言う。

 慣れた手つきで鍵を開けて薬を取り出すパヴェウの手が、一瞬止まる。手は恐らくヤンの薬の方へ。だが顔が反対方向を見ていた。


「パヴェウせんせい?」


 泣きすぎて舌足らずなヤンの声がパヴェウの名を呼ぶ。その声で現実に引き戻されたのか、彼の体が静電気に触れたように震えた。


「あ、ああ。悪いね。すぐに用意するよ」


 彼は素早く薬を用意すると包んでヤンに渡す。


「お薬の管理はしっかりしてね。皆に迷惑かけちゃ駄目ですからね」

「はい。ありがとうございます」


 ヤンは深くお辞儀をすると医務室を出て行った。ドン、と扉に体をぶつけながら。

 ヤンがいないことを確認したパヴェウは再び薬品棚を開けて先程見つめていた場所の棚を漁る。外からでも中身が分かるように透明な棚に薬は入れられている。外から見て何かおかしいものがあったのだろう。


「パヴェウ先生、どうしました?」


 ヤオが代表して質問する。だがパヴェウからの返事はない。数を数える声だけだ。

 一定の数字まで数えたら、また一から数える。それを繰り返すこと、三回。

 パヴェウの手が、棚の扉を強く殴る。


「パヴェウ先生、何があったんですか」


 ヤオの代わりに自分が聞く。答えてもらうよう、語気は強めにした。


「……ぅ」

「なんです?」


 返ってきた言葉が小さくて聞き取れない。耳を近付けて聞き返す。

 パヴェウの青白い顔がこちらを見て、口を開く。今度は皆の耳に聞こえるほど、はっきりと。


「喘息の薬が増えている」




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