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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
刑務所内自殺人事件
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刑務所内自殺人事件 3

 珈琲に口をつけ一気に煽る。嚥下する音が一回、少し離れた自分の耳に入る。

 一口飲んだ珈琲を口から離したユイは一言。


「まっず!!」


 舌を犬のように大きく出してユイは感想を述べるが、皆「まあ、そうだろうな」と思うような感想だった。


「映画で見たどろどろ珈琲を今三次元的に体験した気分だよ。ブラック珈琲って酸味より辛さを強く感じたから苦手だったんだけど、今回苦手に思ってた辛さを正しく痛感したね。辛さを言っても信じてくれなかった人がほとんどだけど、これを飲めば皆すぐ信じるよ。

 珈琲の匂いって嗅覚リセット効果があるって聞くけどリセットどころか上書き保存する気満々。

 個人を否定する趣味はないが、グォシュヌイさんはこの珈琲飲んで大丈夫だったの?」

「普通でしたねぇ」


 ユイと男が会話する横でレナートが横から洋盃に手を伸ばす。ユイも疑問に思うことなくレナートに渡す。レナートは受け取ると珈琲を一口飲む。おいそれユイ先生が口付けたやつだぞ。

 飲み物を平然と共有する二人に、ヤオと一緒に引いてしまう。

 珈琲を飲んだレナートの渋面がさらにひどくなった。


「さっき私が言ったじゃない。何聞いていたんだ」

「すみません。好奇心が……」


 会話しながらレナートは珈琲に指を突っ込む。何をしているのかと疑問に思ったがすぐに解決した。

 どす黒い珈琲が滑らかな茶色になる。特異魔術で飲んでも問題ないカフェラテに変えたのだろう。戦争で敵に猛威を振るった特異魔術の一端を見ることになるとは思わなかった。

 ヤオの薄い目が開く。彼女はこれを見るのは初めてだ。驚くのも無理はない。レナートのしていることは『理不尽』と『強制』。しかもそれに逆らう術はない。


「おいおいおい。推理材料を変えるなよ」

「こんなの飲めるわけがないでしょう」

「お前の特異魔術で変えんなって話をユイはしたいんじゃないのか?」


 ロッソがユイとレナートの会話に割り込む。まるで親しい友人に話しかけるような態度。以前事件で組んでいたのだろうか。

 ヤコブ警部に聞いてみたが、三人とは初対面みたいで詳しい情報は知らないようだった。


「本当なら私ではなく、マラカイトに行かせたかったんだけど……今動けないんだ。ミハウも特異魔術の酷使で入院中。だから私が代わりに来たんだ」

「あのお手々刑事、まだ入院しているのか?」


 ユイ達二人は会ったことがあるようで、ヤコブ警部の話に反応した。


「特異魔術の限界酷使の反動で脳にすごい負荷がかかってね。頭を開けるほどの大手術。今も入院中だよ」

「エッ!?」


 空気を重くしないための気遣いなのか、ヤコブ警部から軽く告げられた内容はユイを驚かせるのには十分な内容だった。

 ユイが両手に手を当てて悲鳴を上げる。自分があげた声の大きさに気付いたユイは、すぐに声を抑えて周囲を確認する。幸い、自分達以外に彼女の声に驚いた者はいないようだ。

 話を聞いたレック達も驚いたが、もしその警官が妊婦連続殺人犯の確保に貢献した人だったら驚かない。

 自分の処理能力を超えた魔術行使なんて自殺以外の何者でもないが、魔力量が並外れて多い彼を捕まえるためなら必要な代償だったのだろう。脳味噌を切除するようにならないことを祈るしかない。


「そんなことあるの……?」

「処理が限界超えたらあり得ますね」

「ずいぶん機械的に言うんだな」

「そう言う他ないので」


 レナートは構成情報を変換した飲み物に口をつける。ヤオが一歩引いてレナートから距離を取る。

 汎用型——料理系統の魔術以外のものがかけられている料理を口にする彼に心底吃驚したのだろう。


「現場は流石に掃除されているか」

「当時の現場ならヤコブ警部の手元にありますよ」

「私は見たけど、ロッソ君は?」

「後でいいですよ。遅かったら催促すればいいんで」

「きみ本当に遠慮がないよな。……ヤコブさん、ありがとうございます」


 ヤコブから捜査資料を受け取ったユイはページの端を持ち、弾くように高速でめくる。頁全体が見えるようにめくって入るが、それで内容が読めているのか。


「刑務所というだけあって、受刑者の魔力管理は徹底されているんですね。魔力封じを刺青という形で入れるなんて」

「刺青と表記していますが、刑期が明けたら剥がせる仕組みになってますよ」


 本当に読んでいるみたいだ。速読過ぎる。どんな目をしているんだ。おかしすぎるだろ。

 ヤオが隣で健康上の観点から数日に一度、三人の看守の立ち合いで受刑者の魔力を抜いているとユイに説明した。

 話を聞いていたロッソは立ち合う看守の多さに疑問の声を向けた。


「どうして三人も看守が必要なんですか?」

「魔力封じの一時的な解除に二人必要なんです。個人の判断で勝手に行われることのないように」

「もう一人は……ああ、監視と制圧ですか」

「ご明察です。ロッソさん」


 魔力を抜くために封印魔術を解除した瞬間、脱獄目的で暴れる可能性をなくすために看守を一人置いている。

 そこまで言わずともロッソは察したようで、ユイから資料を受け取って読み始めた。こっちも速いな。


「魔力の動きはあったけど、凄惨な現場を見たことによる防御反応による可能性が高いこと。警察が来るまでの結界によるものの可能性が高い……」


 読めてるんかい。


「救命処置はしなかったの?」

「応急処置の治癒魔術は看守全員使えるが、腹部大動脈まで損傷した人間には焼け石に水だ。それでも、まぁしたけどな。ここに所属している医師が来る頃にはもう手遅れだったよ」


 レックの話を聞いて納得したのか、ヤコブ警部はそれ以上追求せず、グォシュヌイが死んだ場所を見つめていた。

 グォシュヌイの血で真っ赤に染まっていたとは思えないほど元の色に戻っている床。しかし鑑識が調べれば、当時の惨劇をはっきりと思い出せるほどの痕跡が出てくるだろう。


「ねぇきみ」

「キェシェニです」

「キェシェニくん。グォシュヌイの人となりを聞いてもいいかい?」

「いいですよ。と言っても警察に行ったことと変わんないです。最近目がイッちゃってて、かなりやべー奴だったってことくらいしか言えないんですけど」


 スリの受刑者、キェシェニの言葉にユイは左手を口元に当てて思考する。


「ちなみにですが、彼の罪状は?」

「ふつーに殺人です」


 殺人をふつーって言うな。

 ヤオの眉間にしわが寄るが、たぶん自分も同じ顔をしている。『ふつーの殺人』と評することができないほど、酷いものなのだ。

 ルームメイトとの問題で衝動的に刺殺。絶命を確認した瞬間、警察に通報して自首。通常なら減刑などの措置が考えられるが、グォシュヌイには適用されなかった。

 彼は被害者を八十九回刺した。

 そこまで刺せば腹部は人としての原型はない。彼は重犯罪者としてこの刑務所で禁固二十年の刑を受けることになった。


「彼の独房を見たいな」

「案内しますよ。こちらである程度調べてますが、荒らされないように結界は貼ってあります」


 ユイの希望に応えながらレックは先頭を歩く。独房はこの食堂から離れている。着くまでに数分はかかると見積もっていいだろう。


「殺人の動機は?」

「彼が独房に移ったのと同じ、掃除関連の問題です」

「学習してねぇな……」

「それだけ、彼の中では大事なことだったのでしょう」


 鼻にしわを作って雑に切り捨てるユイに、レナートがフォローを入れる。


「あいつ、昔かなり体が弱かったみたいで。咳が止まらなくて苦しかった、て言ってました」


 キェシェニもレナートに続けて話す。お前は刑務に戻れ。


「ふーん。小児喘息持ちか」

「あ、そんな感じのこと言ってました。そのせいで戦争に行けなかった、て」

「軍は冒険者以外は志願制ですからね。入りたい、て思ってても体が弱ければ採用されない」

「世知辛いね」


 ヤコブ警部が頬に手を当てて眉を下げる。仕草だけ見てると悲しんでいるように見えるが、彼の口調はどこか軽い。そういう言い方が彼にとっての普通なのだろうか。

 小児喘息。呼吸困難や咳を繰り返すなどの症状の病気で、子供が発症することが多いから小児喘息と言われている。

 確かに、調書でそういった記述があった。同居人は、掃除にはあまり気を遣わなかったようで、よく喧嘩していたと近所の証言もあった。幼い頃は何度も病院に運ばれていたようで、病院にも記録が残っているほど症状が重かった彼からすれば、絶対に許せない境界線だったのだろう。だから、どうにもならず殺した。

 八十九回も刺していなければ、彼の動機面はある一定の同情の余地はあったのに、自分から台無しにした。ある意味勿体ない男だ。殺された同居人の家族からすればたまったものではないが、グォシュヌイの過去を考えれば納得できる点もあることは事実。

 ここに収容されている囚人は、ほとんどが戦争帰り。皆殺人に対する抵抗が驚くほど軽い。グォシュヌイがこの刑務所でよくある罪状という立場として見られていたのは、この戦争帰り独特の殺人の軽さが原因でもあるのだろう。八十九回の数字に目を瞑れば動機も納得できるものだし、その数字を軽く見る奴らが多かった。

 ——俺も軽いからな、そこらへんの境界。ヤオはそこを見逃さずダメだってはっきり言うけど。


「着きましたよ。グォシュヌイがいた独房です」


 足を止め、結界の解除を行う。ヤオと一緒に扉に手を合わせ、魔力を通す。二人以上の魔力を感知しないと解除されない仕組みになっている。

 今回の案内で二人なのは、これが主な理由だ。

 魔力を通すこと数秒。結界が解除する音がした。石で造られた冷たい灰色の廊下に、軽やかなベルの音が響く。何で結界解除の音、てこんなに軽いのだろう。


「——どうぞ」


 疑問は胸にしまって、独房の扉を手で示す。

 独房に招待するような一礼にユイは何も言わず、扉を開けた。

体調不良で先週はあまり書けませんでした。

話は決まっているのに全く書けなかったぐらいしんどかったです。一話が短くなるかもしれませんが、毎日投稿ができるように頑張ります。


グォシュヌイについての評価の文章一部改訂しました。

2026年5月19日

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