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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
刑務所内自殺人事件
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刑務所内自殺人事件 2

 看守長がユイ先生の依頼を決めた今日、赤の月、13。行動を決めたのは今日の午前三時頃。今の時刻は午前九時。朝一で電話をかけたことを考えるとかなり早い行動だ。

 ユイ先生の担当として指名されたレックとヤオは眠い目をこすりながら相手の到着を待っていた。

 ポケットに入れていた携帯が鳴る。相手はウロチ。見ればもうすぐユイ先生が来るよ、との文書通信で来ていた。

 お前労働している囚人の監視の仕事中だろうがどうして分かるんだ。

 自分の怒り染みた疑問の表情が気になったヤオが覗き込む。


「どうしたんだよ? ……あー、またいつものお見通しね。あいつの情報収集能力どうなってんのよマジで」

「本当にな。というより、ねみぃ……」


 口を大きく開けて欠伸を一つしていたら、待機している部屋の扉が開いた。


「こんにちは! みんな大好き推理小説家のユイ先生だうわあ凄いあくび」

「レナート=R・ワレンチンです。喉ちんこ見えてますよ」

「ヤクブ・ヴィニシエフスキ警部。マラカイト刑事は療養中だから代わりに来ました。おっきいあくびだね。昨日はよく眠れなかったのかな?」

「ロッソです。ダチュラ警部補の指示でここに来ました。欠伸にはノーコメでよろしくお願いします」


 ——皆して俺の欠伸に突っ込むんじゃねえ。あと米、てなんだよ。

 歯が鳴るほどの速さで口を閉じ、椅子から立ち上がる。ヤオも自分に続く形で立つ。でか、とユイがたじろぐ。ヤオは女性にしては身長が百七十五セメタもある。座っていると分かりづらいから余計に驚かれる。彼女が立ち上がったときの一瞬の威圧感は他の者にはまねできない。


「初めまして。私はヤオ・ビャクレン。こちらはレックです。私達二人が案内しますね」


 よろしくお願いします、とヤクブ警部が四人の代表でお辞儀をする。骨格や名前から男性だと思うが、振る舞いは女性的だ。

 ——まあ三十路のおっさんがオネエやってるようなもんか。


「あんたがユイ先生ですね。まず最初に見ておきたいものはありますか」

「おいおいおい。まずは現場に行くのが大事だろ! 私を現場に連れていけ。ゴー!」

「猟奇的事件に興奮しないでください、先生」


 すみません、事件解決するのがこんなので、と黒に近い褐色の美青年、レナートが謝罪する。お前自分の護衛対象をこんなの、て言ったか?

 ユイも聞き逃さなかったようでおいゴラァ、とメンチを切っている。作家の態度も護衛対象にすることかそれ?

 ロッソは二人のやり取りに興味がないのか、ヤオから手渡された資料を受け取った。すぐにヤコブ警部に回されたが。上司的立ち位置の彼に気を遣ったのだろう。

 ヤクブはありがとう、と微笑みながら受け取って資料に目を通す。その目が一瞬、警察組織に所属する者特有の鋭さを帯びたのを、見逃さなかった。

 ふざけた態度していても、警部なだけの実力はあると思っていいようだ。


「彼の自殺の後、この刑務所内の出入りを禁じた、と資料に書かれているけれど……」

「ええ。正規職員、非正規職員問わず、出入りを禁じました。人間に限らず、食料・日用品・廃棄物類もです。日用品や食料は、非常時に備えて用意していたので、特に問題はありませんでしたよ」

「ゴミまで禁止にしたの?」

「証拠隠滅を防ぐためね。そこの出入りまで防がれたら、犯人としては厄介極まりないでしょう」


 こちらを見上げたロッソにヤコブ警部が答える。理由がメディシン看守長と同じことを言っている。メディシン看守長の思考は間違ってはいなかったようだ。

 会話をしているうちに食堂に到着する。自殺が起きたときは流石に立ち入りが禁止されていたが、ある程度の検証ができた今は解放されている。それでも利用者の数は通常時を知っている自分からすると、凄く少ない。


「グォシュヌイが死んだのは、ここです」

「本当に食堂のど真ん中だね」

 ユイの指摘通り、約二百人の囚人が一斉に集まることを考えると、この食堂の造りは広くしてある。彼の自殺は、人の目を最も集めやすい場所で行われていた。

 レナートは左手を剣に添えたまま、周囲への警戒を続けている。ここは刑務所。犯罪者が収容される意味を考えると、彼の警戒は当然だ。

 刑務所内の問題など、腐るほど多い。

 ——ま、あいつの自殺で大人しくなったけどな。


「最近、彼の行動におかしいところは?」


 ユイが手帳を取り出し、ペンを持ってヤオに聞く。


「この刑務所では問題児でしたよ。いろんな奴に絡んでは喧嘩沙汰を起こしていました」

「つまりいつもおかしかった」

「そういうことです」


 もっとマシな言い方あっただろ。

 隣にいたヤオを半目で見る。ヤオと合った目はすぐそらされた。

 ユイの質問は続いた。被害者の身長と体重、好きなものと嫌いなもの、趣味、得意なこと。事件に関係あるのか、と疑いたくなることまで聞いてきた。奴の恋愛事情まで知らねえよ。


「珈琲が好きで、極度の綺麗好きだったんですね」

「ああ。奴が独房にいるのは、共同使用の受刑者と何度も喧嘩沙汰を起こしているからだ。埃一つ許さないくらいの勢いで、あのままじゃ殺人に発展していたな」

「……グォシュヌイが珈琲好きだったのは本当みたいですね」


 警戒を続けていたレナートがある一角を指差す。そこには洋盃(紙コップ)が積まれた飲食場がある。紅茶や珈琲、水などを注ぐ魔術道具が置かれていて、各自好きに注げるようになっている。

 レナートが言いたいのは、他の飲み物と比べて洋盃が一番高く積まれていた珈琲の注ぎ場のことだろう。


「あれが一番高いということは、使用されていないということ。恐らく、グォシュヌイを連想するからでは?」

「ある意味正解だな。グォシュヌイといったら珈琲と連想し、同一的存在だと思ってもおかしくねーよ」


 この場にはいないはずの男の声。ヤオの顔が渋面になる。


「リカール!」

「なんだよ、ヤオ。ちょっとくらい観察に来たっていいだろ。俺今ここの巡回時間だし」


 長い髪を制帽に詰めてすっきりした首を晒してリカールが近付く。外部の人間がここまではいるのは珍しい。リカールの興味も当然だ。

 リカールの紫の目が吟味すようにこの刑務所に招いた四人を見つめる。

 ヤコブ。ロッソ。レナート。

 紫の目がユイに留まったとき、リカールは微笑んだ。リカールと知り合って数年。彼はよく笑う男だったが、その笑みは初めて見た。


「お久しぶりです」


 もちろん。こんなふうに優しく語るような口調も、初めて聞いた。

 隣にいるヤオの顔が少しずつ怖くなっていく。やめろやめろ。私情を職場に持ち込むな。自分の胃に穴が開く。この前の健康診断でちょっと引っかかったから気になっているんだぞ。

 ストレス性胃腸炎を罹患した過去があるレックにとってストレスは全く他人事ではないのだ。あんなお調子者のどこがいいんだ。

 対するユイは信じられないもの見たような、グォシュヌイの死に様を見た囚人達みたいな顔をしていた。黒眼鏡で目元が隠れていても、驚いていることが十分に分かる表情だった。


「ぁ、うそ……」

「ユイ先生、お知り合いなのですか?」


 レナートの質問にユイの方が震える。たった今レナートの存在に気付いたような反応。訝しげにリカールを見る。

 そんな視線に全く動じた様子を見せず、リカールは自己紹介をする。


「リカール・ストヴァと言います。この方とは、昔知り合ったんですよ」

「知り合い……先生がワンジャに住んでいたときのお知り合いだったのですか?」

「そんなとこ。今は看守なんだね。驚いたよ」


 ユイが首筋を指で掻きながらリカールを見上げる。彼女の顔には、先程の驚愕はない。


「職務体制が俺とぴったりだったんで。……流石にこれは予想外でしたけど」

「それは俺も同感だな。こんなこと、看守を勤めて初めてだ。殺人はそれなりにあったけど」

「演出がめちゃやばなんだね?」

「めゃ……?」

「凄く吃驚した、てことです」


 言葉が理解できず首を傾げていたらレナートが教えてくれた。この人もヤオみたいに東武民族生まれなのだろうか。顔立ちも東武民族に似た、彫りの浅い顔であることもレックの考えを強くさせた。

 ——東武民族は訛りが強いからな。ヤオも最初は苦労してたし。

 ウロチと一緒にヤオの言葉の抑揚練習に付き合ったことを思い出す。おかげで大分綺麗に話せるようにはなっているが、動揺したときとかは訛りが出る。昨日の会話とかがまさに彼女の動揺を表している。

 ヤオなら何か知っているだろうと思って彼女を見る。


「めち……?」


 眉間にしわを作って顎に手を当てるヤオ。あれはヤオの分からない、という意思表示。

 ——お前も知らないのかよ。


「彼が死ぬ瞬間の映像があったら見たいんだけどな~」

「後で監視鏡の映像を見せてもらえないか交渉してみましょう。事件解決に必要なものだと言えば通るでしょう」

「自殺の瞬間を小説の描写の参考にしたい」

「今ので通る可能性がガクッて下がりましたよ」


 こんな感じに、と目の高さまで上げていた手を勢いよく腰まで下ろす。確率が下がったことを視覚的に表現したのだろう。


『黒い悪魔』。


 極限にまで追い込まれた飢餓状態を脱するために、敵の魔族を食い殺した軍人。その後も各地の戦場で魔族を食べ、死と恐怖をまき散らした戦場の災厄。

 ——そんなことをすれば、普通は人間としての感情とか壊れているはずなのに……やはり、貴方は変わっていない。

 かつて戦争で見た荒々しさと、任務遂行後の穏やかな様子。

 同一人物かと疑いたくなるようなその二面性は、九番隊以外の者達からは恐れられていた。

 ——俺は通信兵だったから覚えられていないのも当然か。


「ヘイそこの嬢ちゃん! 彼がどんな感じで珈琲淹れていたか覚えてるかい?」


 ユイの元気な声が回想に割って入って来た。声が大きいな。

 声をかけられた女受刑者は後退りしながら隣の男を指差す。確かにその男はグォシュヌイと交友関係にあった。彼に聞いた方がはやい。


「やぁきみ! ちょっと聞きたいんだけど」


 声をかけられた相手はユイの圧力にビビって男は跳び上がる。返事する声は聞いているもの全員が分かるほど震えていた。


「グォシュヌイは、どんなふうに珈琲を入れていたんだい? これ、ファミレスとかで見る形式じゃない。粉状の珈琲に砂糖とミルク。それにボタン式で任意に量を出せるお湯。彼は珈琲好きだと聞いたからね。どのくらい入れていたんだい?」


 男はユイを何度も見ながら、グォシュヌイの行動を再現する。まず、給湯器の脇に備えられている洋盃を左手でサ、と取る。流石スリの常習犯。手つきが滑らかだ。右手の指でスプーンを弾くように手に乗せる。まるで一種の曲芸だ。ユイが感心するように右手を口に当てている。

 レナートは男の動きをひたすら観察していた。指を動かしているが、真似しているつもりなのだろうか。

 男はそのスプーンで粉末珈琲の瓶を開け、山盛りにして洋盃に入れる。

 それを、十回。


「待て待てまてまて!」

「多い多い多いおおい」


 見ていたユイが男の手をつかんで止める。レナートも両手を口に当てて静かに驚いている。繰り返されている言葉が彼らの驚きを如実に表していた。

 男は冷静にユイの手を離し、お湯を洋盃に入れる。入れ終わったお湯と粉末珈琲を混ぜているが、それは普段見るような珈琲とは遠くかけ離れていた。雨の日、踏み荒らされた土の地面を思い出させるような混ざり具合をしていた。

 もちろん、お湯が雨水、粉末珈琲が土だ。

 男が洋盃の中身を混ぜること、十数回。


「どうぞ」

「えっ?」


 差し出された珈琲と、差し出してきた男を何度も見る。頷いているだけのような光景だが、ユイの顔からして困惑しかないことは分かる。


「聞きたい、てことは飲みたい、てことかな、と」

「あ、ああ……ありがとう」


 ユイは手帳を鞄にしまい、珈琲を両手でこぼさないように受け取った。


「本当にありがとう……」


 ユイはもう一度お礼を言って、手の中にある珈琲を見つめた。


「……きみ、冗談抜きでグォシュヌイはこれ飲んでたんだよな?」

「俺も引きましたけど、マジでそれですよ」

「珈琲スライムじゃん……」


 視覚からだけでも分かる粘性に洋盃を持つ手が震えている。レナートが側によって珈琲の香りを手で扇いで嗅ぐ。その仕草は危険物の臭いを嗅ぐそれにしか見えない。

 レナートの鼻が吸う音が二回鳴る。珈琲の香りが嗅覚を刺激した途端、レナートの顔が渋面になる。

 ——美形ってあそこまで崩れるんだな。


「ユイ先生、グォシュヌイって男、ロクな奴じゃないです」

「梅干しみてぇな面で言わないでくれる? いやもう匂いが臭いレベルなんだけど……」


 ユイが珈琲を自分の顔に近付けたり遠ざけたりを数回繰り返す。飲もうとしても視覚・嗅覚を刺激するそれを珈琲とは認めたくないのだろう。気持ちは分かる。好奇心で作って飲んでみたが、胃が痛くなるだけで終わった。舌は珈琲だと認識せず、ただ酸味を超えた辛さを訴えただけだった。

 その珈琲は薄めて看守全員で分け合った。

 ユイの喉仏が大きく動く。


「……いただきます!」


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