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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
刑務所内自殺人事件
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刑務所内自殺人事件 1

 レフセブㇲ王国の北地方は、二年前の列車事故の一件で人口が減少傾向にある。故に、公共施設や町や村を合併して統一化が進んでいる。合併の中にはもちろん、刑務所も含まれている。

 三年前に施設の統一がされた刑務所『ヤド』。囚人数百三十八人。うち男囚九十三人、女囚四十五人。

 魔力封じがかけられた分厚くて高い石壁に囲まれていて、飛行型監視鏡が二十四時間体制で常に稼働している。

 刑務所の背後には崖。その下には海があり、常に吹き荒れる風によって海面が荒れている。波浪によって打たれた崖は抉れていてそり立っている。

 魔力封じの石壁に、落ちたら即死確実な崖。人工と天然による檻によって、脱獄困難な刑務所になっていた。

 春が近付きつつあるがまだ冬の寒さが強い、白の月、八十九日。午後三時二十八分。

 その刑務所内で、殺人事件が発生した。

 名前はツィホ・グォシュヌイ。年齢四十八歳。男性。死因は腹部への刃物刺創で、腹部大動脈まで到達したことによる失血性ショック。

 刑務所内の殺人は滅多にないが、暴行は度々ある。この事件も、その暴行が行き過ぎたものだと思われていた。


 監視鏡映像を見るまでは。


 時刻は午前二時十三分。三人の看守と看守長が、水晶に映る映像を見つめる。

 映像に映っているのは、昼食時の食堂で刃物を自らの腹部に深く突き刺すグォシュヌイの姿。周りの受刑者は彼の自殺行動に驚いて行動できず、見守っているだけ。

 十数秒後に異常を察知した看守が取り押さえるが、出血量から見てすでに死んでいるのは明らかだった。

 半狂乱になって何度も自分の腹を刺すグォシュヌイの姿は怖いという言葉では言い表せないほどの迫力がある。深夜ということもあって音声を切っているが、視覚的情報だけで網膜を殴るような力を感じる。

 ——映像だけでこれだ。その場にいた受刑者達が寝込むわけだ。

 看守の一人であるレックは右の頬骨を親指の腹で三度、強く押した。こんなものが外部に流出したらダンタリオンが飴に群がる蟻のようにやってくる。


「どすっぺ、コレ」


 長い黒髪を頭頂部で団子を作った女性が訛り混じりの声をあげながらこちらを見る。小首を傾げたため、真ん中で分けた前髪が首の動きと一緒に傾く。

 彼女の体質的な赤ら顔でもはっきり分かるほど青く、紫顔になっている。普段抑えている方言が出てしまうくらいには疲弊しているのが読めてしまった。


「ヤオ、紫顔になっているぞ」


 突っ込まなくていいことを何で突っ込んだ。


「でもリカール。これめっちゃおっかねぇんだわ。おめはこわくねーんか?」


 ヤオが細い目を開けてリカールを睨む。目つきの悪さが出ているぞ、とは突っ込まない方がいいのだろうか。

 リカールは雑に一つにまとめた髪を指で遊びながら鮮やかな紫の瞳をヤオに向ける。


「当たり前だ」

「すげぇ~」

「怖すぎてトイレ行けなくなったわ」

「普通におっかないんじゃんか」


 ヤオはリカールに自分の肩をぶつける。牛のような突進力はなかったが、リカールは大袈裟に壁まで後退した。リカール、お前それ凄い失礼なんじゃないか。

 案の定、ヤオは失礼だと怒っている。

 二人のやり取りを横目にレックは看守長に視線を向ける。

 年々広がっていく額を人差し指の背で押しながら映像から目を逸らさない看守長。健康的だった肌に凹凸が目立ち、眼の下の皮膚は黒いものが浮き出ている。言わずもがなこの事件の対処で追われていることは確実だ。

 後ろの扉が開く音がした。正体は分かっていたが、敢えてレックは後ろを向いた。職業柄、相手を視認する癖がついているのだ。

 両手でお腹を押しながら部屋に入ろうとしている男がいた。

 レックの口から、男の名前が低くなった声と一緒に出てくる。


「れ、レックぅ……」

「看守ともあろう男がなっさけねぇ声出してんじゃねーぞ、ウロチ!」


 両手の指で輪を作って胸の前に置く。


縛れ(ヴィオンザッチ)!」


 ウロチの自己愛が詰まった贅肉を白く光る縄が拘束する。縛られたことでウロチの体が細くなった。肉の反発もあって僅かだが、それでもさっきよりはましだ。

 レックは跳び上がって自分の右腕をウロチの首に通す。巻き付いた右手首を左手でつかんで腕の位置を固定。

 宙に浮いた足はウロチを跨ぐように両隣の壁に置いた。片足を壁について強く引く行動を、両足にして更に力を強くした。

 これで遠慮なく引っ張れる。引っ張れるが。


「少しは痩せろデブ!!」

「ごめぇ〰〰ん」


 遠慮なくウロチを引っ張ること二十秒。ようやくウロチが扉を通り抜けることができた。これだけで背中が凄い汗をかいている。もう春は来ているとはいえ、この北地方ではまだ寒さが健在だというのに。


「ふぃー。……話は進んだの?」

「ヤオが牛だってところから進んでいない」

「うん、どうしてその経緯になったの?」


 ヤオが凄い目でリカールを睨んでいる。今度は牛じゃすまなくなるぞ。

 看守長の眉間のしわが深くなる。そろそろ話を本格的に進めないとまずい。ウロチに全く話が進んでいないこと、何か案はあるか聞く。

 ウロチは肉で一体化した顎を揉む。目を補足して鼻の付け根にしわを作るのは彼の癖だ。ウロチが考えている間、リカールはヤオに締め上げられていた。またいらないことを言ったのか。懲りろ少しは。


「あ!」


 肉を挟んでいた指が天井を指す。細くなった目がぱっちりしたいつも通りの橙色の目になった。何かひらめいたのは、聞かなくても分かった。


「ユイ先生に依頼する、ていうはどう?」

「は? 誰だそいつ」

「嘘でしょ知らないの、ででで! 痛いってやめろ!」


 リカールが痛がりながら驚く、という器用なことをしているが、看守長やウロチ、ヤオさえもリカールと同じ驚いた表情をしていた。この場合、ズレているのは自分だ。


「お前よく探偵ジェームズシリーズ読んでるだろ。あの作者だよ」


 リカールに説明されて理解した。あの本の作者はユイ、というのか。納得の格好(ポーズ)をすれば、皆の視線が一気に呆れたものになってレックの体を刺した。容赦がない。


「少し前、看守長仰っていたじゃないですか。ユイ先生から取材のお話が来ている、て」

「ああ、そういえば言っていたな。確か、今はいくつかの事件を解決している、と聞いたな……」

「レック。この地下に収容されている危険度数七の囚人、ルカ。彼が起こした妊婦連続殺人事件は彼女が突き止めたんだ」


 看守長の説明にえ、と思わず声をあげた。刑務なしの地下三階の一室で常時魔力抜きをされているあの子供が起こした凄惨な事件を、その作家が突き止めた事実に純粋に驚いたのだ。

 魔力抜きは一歩間違えれば死んでしまうほど危険なもの。あれを常時展開しても問題ない魔力量。あれと対峙したなんて、命がいくつあっても足りないのに。


「犯人を取り逃がしたみたいだが、モンドルシュツ図書館の死体の絡繰りも、話を聞いただけで真相にたどり着いたと聞いている」


 続く説明に言葉を失う。町一つを覆うほどの魔力量の犯人の特定と殺害方法を話だけで見抜いたその目は、慧眼以外に言い表せる言葉がない。


「あれ本当ヤバすぎるよ。本人の時間を遅くすることで死亡時間をずらすなんて、常人の仕業じゃねえ。しかも気付かれないように仕掛け済。

 ララさん、何人自分の目の前を通る人を見たんだろう」

「極刑もんじゃ極刑もん!」


 リカールとヤオが事件を知った当時とほぼほぼ同じ反応をしている。気持ちは分かる。事件を知った同僚達も絶句していた。被害者視点で考えると、妊婦連続殺人事件と同じくらい酷いものだから。


「読めたぜウロチ。交換条件としてユイ先生にこの事件の解決を頼む気だな?」

「そういうこと。あの人知的好奇心旺盛みたいだし、きっと協力してくれるよ」


 丸いほっぺに手を当てながら意見を述べるウロチの話は、看守長の説明を聞いた後だと説得力がある。


「確かに、この事件はいずれ公になる可能性があるが……あの作家がいたらいい緩衝材になるかもしれない」

「馬鹿なこと言わないで。私は反対します」


 ヤオが行動しようとする全員を制するように掌を天井に向けた。ヤオの白く、女性にしては大きい手は、拍手の行動に見える。

 何も知らない者が見れば。

 ヤオのことを知っているレック達の緊張感が一気に増した。

 ユイをヤドに呼ぶことを、特異魔術を使ってでも反対している、ヤオの心を知ったから。


「メディシン看守長。グォシュヌイの死を確認した瞬間、貴方はこの刑務所の出入りを看守や職員例外なく封じた。人だけじゃない。通話などの連絡手段も看守長の許可がないとできないようにした。

 犯人が逃げるのを阻止するため? 証拠が隠滅されることを防ぐため? 刑務所内の自殺を報道されないため?

 恐らく、どれも正解だと思います。でも、貴方が刑務所内の出入りを一切禁じたのはそれが理由じゃない。

 あの連続殺人鬼の協力者がこの刑務所内に入ることを防ぐためでしょう?」


『妊婦連続殺人事件の犯人に協力した組織がある』


 とある警察の報告書に、そういったことが書かれていた。だからあの囚人は看守全員が常に状態を把握できるように監視型魔術を取り付け、厳重な管理下に置いている。

 グォシュヌイの自殺は、組織を招くための餌かもしれない。

 三十三という若さにして看守長を任されたのは、彼のこういった状況に対する分析力や推理力・判断力を買われたからだろう。

 ——十五歳から第三師団に所属していたと話していた。単純計算するなら十年は従軍している。あの戦争を十年、生き抜いた。

 自分の記憶が正しければ、第三師団の作戦地帯は地雷や落とし穴などのゲリラ戦法が死体から孵化した蛆みたいに多かった山岳地帯だったはずだ。

 彼の能力の高さの理由の一端をここで改めて見ると、従軍時代の話も重さを感じる力に変わっていく。

 メディシン看守長はヤオの質問に何も言わない。それがもう、答えだった。


「グォシュヌイの死から今日で五日。そろそろ情報制限も難しくなってきた。職員達も家に帰れずにいることに対する不満も見えている。ここで二の足を踏んでいても状況は変わるどころか悪化する。ならば、いっそのこと誘って迎え撃つ」

「ユイ先生は組織の回しモンなんすか?」

「……確かに、職員の中には非正規雇用の方もいます。これ以上の拘束は面倒な事態を引き起こしかねない」

「私の案もなかなか納得できるものでしょ」

「オレの話を聞いて?」


 リカールのボケに付き合う余裕はない。

 ——怖くてトイレ行けない、て言えるくらい元気そうでイラッと来る。

 レックやウロチの話を聞いてヤオは自分の中で上手く落としどころを見つけられたようで、看守長の指示に従います、と一礼した。


「この判断はデカい博打だが、やる価値はある」


 腰のベルトに引っかけていた扇子を引き抜いたメディシン看守長は、扇子を頭上に掲げる。

 天井に吊り下げられている照明の明かりを、黒い線が差す。


「門を開けろ」


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