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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
死人に梔子
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死人に梔子 11

 ベルンハルトを庇う位置に立ち、拳銃を構えて警戒する。二人のどちらかが仕掛けたものではないようで、攻撃を止めてラマンと同じく周囲を見回す。

 真っ黒の空間のなか、四人の存在だけが浮いている。


『——まったく』


 声が聞こえた。鼓膜ではなく脳に響かせるような声。


『あまり暴れないで欲しいな。世界渡航者よ。それ以上この世界に何かするなら、私はきみへの対応を考えなければならない』


 聞き覚えのある声が、サリバンに話しかける。


「その声は……悪魔だね? 俺が何で悪魔ごときの言うことを聞かないといけないんだ」


 サリバンが何も見えない虚空に叫ぶ。自分の行動を制限するような存在にかなり腹が立っているらしい。彼の右手に青白い電気が走る。何かをしようとしているのは明らか。邪魔されて作れない扉を必死に作ろうとしているのか。


『無駄だよ。君の行動は全て徒労に終わらせたくなければ、これを見てからでも問題ないんじゃないかな』


 黒から、一点の光が生まれる。眩しいくらいの光の正体は、携帯の画面だった。


「あ、私の携帯!」


 携帯の持ち主であるレナートが全部のポケットを叩いたり、手を突っ込んだりと中を探っているが、今目の前にあるこの状況が答えだ。

 レナートの携帯から音が鳴る。携帯を持つ者なら誰でも知っている。電話の着信だ。

 着信の相手を示す文字が小さくて読めないが、サリバンは読めたらしい。

 相手を認識したサリバンの手から電流が消える。その名前は、サリバンにとって、とてつもない衝撃を与えるものなのか。

 レナートが特異魔術で腕をチーズみたいに伸ばして携帯を掴み、電話の通話開始の操作をする。


「もしも、」

『遅いッ! 何度かけたと思っているんだ!!』


 受話口から怒鳴り声。

 ——知っている声だ。

 この声は、妻が殺されたときに話を聞いてくれたユイだ。恫喝的な声は身を竦ませるほどの圧をこちらにかけてきた。間近で聞いていたレナートは直立不動の姿勢になって申し訳ございません、と謝罪している。


『今どこにいる!?』

「エッスエド川からよく分からない真っ黒空間にいます!!」


 沈黙。

 その数秒で、相手が戸惑っているのがよく分かった。


『おまえ今どこにいるんだ?』


 ユイの二度目の質問は、至極当然の問いだった。自分も彼女の立場なら、同じことを聞いていたから、同意することしかできない。


「エッスエド川からよく分からない真っ黒な空間にいます!!」

『聞き取れなかった訳じゃない。あのエッスエド川にいて何で無事なんだ、と聞いているんだ』

「……あぁ、それですか」


 ユイに指摘されて、レナートは自分の体を見下ろすように視線を向けた。自分の体の状態に、ようやく興味を持ったかのような目だった。

 ——自分の体だぞ? 何でそんな無関心でいられるんだ?

 レナートと手を組んでいなければ、その歪みから身を守るために、銃を向けていたかもしれない。彼の在り方は、人間の防衛本能から遠く離れている。変換のし過ぎで頭がいかれたのか。


「エッスエド川の瘴気への耐性を学習して自分の体に変換させたので、気にしていませんでした。そこまでの過程に三回死にましたけど」

『私の知らないところで死んでる〰〰! やめてよぉ〰〰〰〰』


 ユイの前で一回は確実に死んでいるらしい。声に涙が滲んでいる。何で余計なことを言ったんだ。

 ——て、この二人に注目している場合じゃない。今はサリバンの警戒を続けないと。

 銃をサリバンに定める。どんな攻撃を仕掛けて来ても、すぐに対応するつもりだ。

 ——扉が展開できない以上、こちらが圧倒的に有利だ。奴が妙な動きを見せた瞬間、攻撃をし、か……。

 ラマンの戦闘思考は、途切れた。切れてしまった。

 自分の位置からではサリバンは横顔しか見えない。半分しか見えないのに、彼が見せる感情が分かってしまった。

 体の芯から冷え切ってしまったようなあの表情は、今までの努力を踏み躙られた生き物の反応とよく似ている。

 とても、見覚えのある顔だ。

 狙撃団で敵陣を突破する魔族の頭を吹っ飛ばしたとき、近くにいた魔族が同じ顔をしていた。飽きるほど見た、絶望だった。

 ——サリバン。貴方は、何に絶望しているんだ。


『……もしかしなくても、戦闘中だったか?』

「ええ。悪魔の存在で中断されましたけど。戦闘自体は続行可能です。サリバンは私を三度死なせた原因です。今ここで殺しても問題ないかと」

『……悪魔の見解を聞きたい。それからの判断でも遅くはないだろう』

「ですって」


 虚空にレナートは声をかける。

 声をかけられた悪魔はサリバンの名を呼ぶ。この空間はサリバンとの会話のために用意した空間だと改めて理解した。自分達は、悪魔とサリバンの会話の証人として、巻き込まれた。

 銃をしまって、サリバンの言葉を待つ。今の彼に戦闘意欲はない。下手な警戒は無用な刺激を生みかねない。

 サリバンの雨のような銀糸が垂れる。俯いてしまったことでサリバンの表情が見えなくなる。

 呼吸の音を呑み込むような沈黙。

 どのくらい続いたのか分からない。数分か十数分か。時計がないから長く感じるが、もしかしたら一分程度かもしれない。

 時間への感覚が曖昧になるほどの間、サリバンは黙っていた。


「——…………」


 白髪が揺れる。サリバンがようやく見せた、動きだった。

 溜息を深く、長く吐いてサリバンは顔を上げた。この空間に空があったら天を仰ぐ、という表現ができるくらい、顔を上に向けていた。


「……悪かったよ。どうやらここは、俺が今まで渡ってきた世界とは全く——本当に全く、違う世界らしい

 レナート、ラマン、ベルンハルト」


 サリバンの青い目が、こちらを見る。

 全てを呑み込むかのような青い目が、自分達を見つめる。


「すまなかった。経験上という先入観で、私はお前達を傷つけた。これは詫びだ」


 頭を下げて謝罪したサリバンは左手を一回、内から外へ大きく振る。体に圧し掛かるような重さが消えた。

 ——エッスエド川の瘴気が消えた。

 四週間の浄化治療を覚悟していたが、これならすぐに日常生活を送れそうだ。

 お礼を言おうと顔を上げれば、サリバンはもう作っていた扉から出て行こうとしていた。抵抗の意思がないと見て、悪魔は扉の作成を許可したのか。


「じゃあな。また会おう」


 それだけ言い残して、サリバンは出て行った。


「……私達も連れてってくださいよ」


 同感だ。


『大丈夫。私が責任をもって元居た場所に戻すよ。

 はい。三、二、一!』


 ぽんっ


 シャンパンのコルクを抜いたような音を合図に目の前が眩しくなる。

 咄嗟に手で目元に影を作る。

 少し離れた所から「クソッ」とレナートが悪態をつく声が聞こえた。口が悪いな。

 光が目に慣れて閉じていた目をゆっくりと開ける。目を開けて最初に見たものは、短剣で切り込みを入れるように自分の目を刺すレナート。


「お前何やってんだ!?」

「うるさ。これが一番手っ取り早いんですよ。いてて」


 絶対にいてて、では済まされない怪我が治っていく。特異魔術で治ったことは推測できたが、どうしてそんなことをするのか、全く理解できない。


「レナート!? おま、えっ。あわわわわ……!」


 こっちに駆け寄って来たジョーダンも両手で顔を挟んで悲惨な顔をしている。何か言っているが、自分の手で口を潰しているせいで何を言っているのか全く分からない。今の状況に対する嘆きなのは想像つくが。


「いででででででで!!」


 今度はなんだ。

 しまっていた銃を再び構えて悲鳴の正体を探る。


「いで、いだいいだいいだい!!」

「よしよし。このまま締め上げるぞ」

「身体強化魔術付与しとくなー」

「嘘でしょ俺死んじゃ、ででででで!!」


 締め技をかけるウエリ。

 ウエリに強化魔術を付与するリヒト。

 ウエリに技をかけられて悲鳴をあげるサリバン。

 正直な気持ち、見なかったことにしたい。だが、ウエリの声に気になることができたせいで、目を逸らすことができない。

 ——ウエリさんの声、あの暗闇で聞いた声と同じだった。サリバンの言葉が正しければ彼が悪魔だということになるけど……今聞くべきことではないか。

 ウエリへ構えていた銃をショルダーホルスターにしまう。

 ——てか、あんな格好よく去って行ったサリバンとすぐに再会するとは思わなかった。一分も経っていないのに。

 ウエリはサリバンの悲鳴を聞くだけ聞いて満足したのか、顔を真っ赤にして咳き込む魔法使いを地面に転がして新しく用意した飴を舐め始めた。

 体を大きく膨らませたり縮ませたりするような呼吸をするサリバンに、眼を修復したレナートが近づいてしゃがむ。


「ジュリア、という女性を知っていますか?」

「……は? じゅり? ——あぁ、三位(さんみ)の。そいつがどうかしたの?

 ……もしかして、この世界のサリバンは彼女に何か酷いことしたの?」


 ジュリア、という名前を知らないラマンは二人の会話を見守るくらいしかできない。

 レナートはこちらに背を向けているため、分かるのはサリバンの表情だけ。横になって呼吸を整えていたサリバンはまだ痛むだろう体を起こしてレナートと目を合わせる。レナートとほぼ同じ高さにある青い目が、笑う。

 見ている者の神経を逆撫でるような、嫌な笑い方だ。


「もしこの世界のジュリアに対して何かして欲しいなら、やめときな。

 俺の世界渡航の条件の一つは『この世界のサリバンが死んでいること』だからな。

 だから、俺はこの世界のサリバンじゃない。そいつに何かするつもりはないし、何かを与えるつもりも、運ぶつもりもない」


 リヒトが会話する二人に背を向け、目を伏せる。ウエリは感情や生物特有の温度を感じさせない表情でサリバンを見ていている。ジョーダンは居心地悪そうに頬を掻いてサリバンから顔をそむけた。

 ジュリアという女性は、この三人の繊細なところに存在するようだ。

 ——繊細なところにいるかどうか分からないのが一名、いるけれど。

 黙ったままのレナートに昔から言うだろ、とサリバン片眉を上げ、せせら笑いながら告げる。

 恐らく、四人にとって残酷な真実を。


「死人に口なし、てな」


死人に梔子 完

次章 刑務所内自殺人事件

私情によりGW中執筆が全くできませんでしたので、次章の投稿は来週土曜投稿の予定です。

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