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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
死人に梔子
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死人に梔子 10

 遠くから望遠の魔術を目にかけていたラマンは、自分の目に映っている光景が信じ難かった。

 ありえないことだ。全ての命あるものは、死んだらそこで終わる。あのとき無残に殺された妻みたいに。

 何故。何故。何で!

 ——死んだレナートさんがベルンハルトさんを庇っているんだ!

 ラマンの驚きはサリバンも同じのようで、目の前のレナートとレナートが死んでいた場所を首をカクカク動かしながら見ていた。多分五往復していた。自分も三往復くらいしたから気持ちは分かる。

 先程までのサリバン達の行動を思い返す。

 サリバンは自分の両掌それぞれに扉を用意。それはベルンハルトの両足に繋ぐ。扉を開いてサリバンは彼の足を掴んで引っ張って扉が作られていない間の地面とベルンハルトの股間を激突させて金的。うずくまったベルンハルトの隙を狙ってサリバンは攻撃。ラマンの防御もあっけなく破れ、ベルンハルトの死を覚悟していたが、絶対いないはずのレナートが守ったことで、ベルンハルトの無事は保障された。

 ——いや、レナートさんの両腕もさっきの防御で吹っ飛んでる。形勢逆転とは言えない。

 溶けてなくなったはずのレナートの両目は、無感情になくなった両腕を見下ろす。傷口から骨、筋肉、神経が生成されて最後に皮膚がむき出しの腕を覆う。

 なくなった両腕は、すぐに再生された。

 ——周囲の何かを自分の腕に変換したのか。でも蘇った理由が分からない。

 耳に集音の魔術をかける。レナート達の会話を聞くしかない。


「は!? え、は!?」

「一気に小物くさくなったな。お前」

「いやいやいや! 君ここについた途端、死んだでしょ!? 何で生きているのさ! 厄介モンがいなーいラッキー! って思っていた俺の喜び返してよ!!」


 サリバンにとって、今の状況はこの世界に来て初めてのようだ。隙だらけで撃ち放題だが、そんなことをしたらレナートの秘密を知れなくなる。もう少し様子を見るか。


「なにって……設定通りに動いただけですよ。私の体が死にかけたり、死んだ場合、私の体の一部からレナート=R・ワレンチンが変換されるように特異魔術で設定されているんです。死んでも私の体の一部がどこかにある場合、私はそこから復活します。血一滴だけでもね。

 私の不死身システムについて、ご理解いただけました?」


 持っていた銃が手から滑り落ちた。幸い太腿が受けとめていたが、ラマンの思考はそれどころではなかった。

 ——滅茶苦茶だ。

 レナートの話を聞いたサリバンは後ろによろめいて、左手で顔の半分を覆う。隠されていない青い目が、爛々と輝きを放ちながらレナートを見る。


「そんな……そんなの。魔法使いと変わらないよ。でも、魔法使いじゃないんだね」

「魔法使いだと、一目で分かるものなんですか?」

「分かるよ。魔法使いの目は青いんだ。青緑とか、青紫とかの色の程度の違いはあるけど……皆、青く輝くんだよ。宝石みたいにね」


 レナートの目は黒曜石のような黒。サリバンの言う魔法使いの条件にあてはまらない。


「もっとも、俺のデータと違う可能性があるけど……ここまで来てデータひっくり返すとかマジ勘弁なんだけど。チョベリバ飛び越えて超ぴえんなんだけど」

「ちょべ……?」

「チョーベリーバッド。マジ最悪って意味」

「ああ。ぴえん超えてぱおん、てやつですか? ユイ先生が言っていました」


 サリバンの動きが止まる。瞬き。呼吸。肺の動き。全ての動きが停止した。動きが止まったとか、固まったなどで済ませられるものではない停止。まるでサリバンの時間だけが停止したような姿。ラマンは照準を合わせたままサリバンを見る。

 サリバンの薄く白い唇が動く。


「……なんで、ユイ様の言葉を知っているんだ?」


 青くて丸い目が、レナートを捕らえたまま動かない。唇以外の動きが全くないその姿を見ると人間ではないものを見ている気持ちになる。ベルンハルトが魔物と同じように語ったが、魔物とも違うように見える。

 人間や魔物とも違う。まるで、一種の力の概念を見ているみたいだ。

 レナートは彼の異常に全く気付いていないのか、ラマン達との会話みたいに返事した。


「護衛対象なので、会話くらいしますよ」


 そう言われたサリバンの顔を、ラマンは一生忘れない。忘れられないに等しい。

 真っ黒な目。感情を示すために必要な顔をの筋肉の仕事を放棄したような表情。

 無表情という言葉以外相応しいものがないくらい表情が消えたサリバン。

 さっきまでの停止が肉体的な動きなら、今の停止は彼の精神的なものが止まったもの。そしてその表情には覚えがあった。

 妻の訃報を聞いたときに、窓に映っていた自分そのものだ。

 再び銃を構えていた指が引き金から離れていく。今の彼を撃つことは、あのときの自分を撃つことと同じ。

 ラマンは、サリバン(あのときの自分を)を撃てない。

 ——いや。

 離れていた人差し指を引き金に再び当てる。狙うはサリバンの頭。

 風速。風向き。天候。魔力の流れ。全てを計算。


「撃てる」


 引き金を、引いた。

 撃てなくても、撃つ。

 それが、狙撃団入団にあたって最も必要なことだ。例え精神的に撃つことができない状態でも、撃つべき対象がいて、肉体が撃つことが可能な状態なら、撃つ。

 狙撃団に所属していた者は全員出来る。

 そういう風に、訓練されている。

 魔力の塊である弾はサリバンのこめかみへ吸い込まれるように向かっていく。音より速い速度で放たれた弾にサリバンは気付かず、撃たれた。一拍遅れて銃声。

 人間なら即死の箇所に命中した。だけど相手は魔法使い。即座に再生する可能性がある。

 返り討ちに遭わないように移動しながらサリバンの様子を横目で窺う。


「……くそったれ」


 あんなに無防備だったのに弾はサリバンの手で受け止められていた。肉が吹っ飛んで骨が見えているから、無傷ではない。むしろ、怪我の具合から考えて脳にもそれなりの衝撃と損傷を与えたのは確実。脳震盪は起きてもおかしくない。

 ——ライフル弾を片手で止めるなよ。

 人間離れし過ぎている行動にラマンはその場にうずくまりたくなる。物理攻撃は通るようだが、ライフル程度ではろくな攻撃を与えることもできない。近接もできるが、狙撃よりもっと弱い。

 ——レナートが今攻撃を仕掛けている。それに乗じて援護するか。いや、入団時に聞いた戦い方だと、むしろおれの狙撃は思考を混乱させる。

 ラマンが他の狙撃仲間から聞いた『黒い悪魔』の戦い方。

 自分の足跡、怪我による出血で汚れた地面、斬られた髪などを媒介にして地面に干渉し、自由自在に変換する。いわば空間支配型。

 レナートが動かなければそこを中心に変換範囲は広がっている。

 レナートが動き回れば、変換済みの靴が地面を踏んだ瞬間に特異魔術の対象内に治め、一種の地雷に変換させる。

 どのように戦っても自分にとって最適な状態に変換させる。

 状況把握能力。瞬間的判断力。何より、敵の攻撃にすぐに対応する学習能力。

 それらの能力の高さがレナートを『黒い悪魔』にさせたのだ。

 下手に味方がいると巻き込まれる恐れがあったから、名がつけられた後は単独での戦いが多かったと聞いている。

 ——サリバンはレナートに任せて、おれはビビちゃんの救助だな。あの金的で意識を失ってもおかしくない。

 扉の転移で逃げ続けるサリバンを追いかけるレナート。脚の動きが速すぎて魔術仕掛けを施した目でも追うことができない。何だその脚は。どうなってるんだ。

 気配を殺したまま、ベルンハルトの目の前まで走る。装備を降ろして、ベルンハルトの容体を確認する。

 やはり見た通り、急所攻撃で気絶しているだけだ。幸い、まだ扉は開いている。すぐに引き上げる。

 並行世界のサリバンの性別は不明だが、同じ男なら何でこんなことをした、と詰め寄りたい。

 青白い顔色のままのベルンハルトを横にして、応急処置をする。後ろで二人の戦闘音が小さく聞こえる。レナートはこの瘴気で一度死んでいるのに、なんであんなに自由に動ける。

 湧いた疑問を振り落して処置を続ける。今気にすべきことはベルンハルトの容体であって彼らの戦闘ではない。

 患部を冷やしてベルンハルトの治療に本格的にとりかかったときだった。

 目の前が真っ黒に染まった。

 瘴気による暗さではない。文字通り、真っ黒になった。

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