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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
死人に梔子
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死人に梔子 9


起きろ(ジャァーゴ)


 その呪文を唱えた瞬間、周囲の瘴気が動く。

 瘴気は人の形になってベルンハルトの周りに群れを成す。

 背後に瘴気人間を従えたベルンハルトは目の前の敵を見据えたまま、告げる。


命よ、燃えろ(ジンバビ・ジャヴァナ)


 攻撃の命令を。

 命令を受諾した瘴気人間は黒い火となって燃え上がり、一斉にサリバンに襲い掛かる。

 サリバンは扉を出現して潜り抜ける。扉を周囲に作って、攻撃を自分に転移させなかったのは敵ながら英断と評する他ない。

 命を犠牲にしたことで成立した、防御不可能な高火力攻撃。

 仲間の命を犠牲にすることで成立する禁術を、疑似生命体を造ることで無理矢理成立させた禁忌魔術。悪魔の骨が持つ命への干渉力があって成り立つもの。サリバンの扉で攻撃をベルンハルトに転移させるようなことしたら、その瞬間にサリバンは死んでいただろう。

 サリバンは扉をいくつも作って逃げ続ける。攻撃が耐えられるようにするための時間稼ぎなのは分かっている。どうやら並行世界で自分と何度も闘ったことがあるのは、本当のようだ。

 ——ならば、あいつが予測しているこちらの行動を予測し、違う行動をとればいいだけだ。


水よ(ジャル)


 エッスエド川の水中に爆発魔術を仕掛け、次々と水柱を作り上げる。転移にとって常に変化し続ける状況は好ましくない。

 転移先にしか作っていなかった扉が、二つ三つと同時に形成されていく。転移先を悟られないようにするためだろう。そんなの、作っても意味はないと思うが。

 サリバンは転移元の扉の取っ手に手を伸ばす。五本あった指が、一本になった。

 狙撃だ。

 サリバンが狙撃方向に顔を向けるが、すぐに扉を蹴破って移動する。気にしていたらまた撃たれるからだろう。

 状況が常に変化し続けているなか、遠距離狙撃でサリバンの手を撃ち抜く。ご丁寧に距離を悟られないよう静音の魔術を付与済み。サリバンを撃った狙撃位置を探そうと悪魔の骨で探知しても恐らく結果には十数秒かかる。

 潜伏しているラマンの狙撃手としての実力に感嘆する。

 ——あれができるなら、もっと暴れるか。

 月のない夜のように暗い中でもはっきり分かる黒煙が視界の端に映る。どうやら攻撃が命中したようだ。

 悪魔の骨の力で飛行移動し、黒煙の発生源を見つめる。

 負傷した脇腹を抑えてこちらを睨むサリバンがいた。防ぎきれなかった攻撃が脇腹をかすめたのだろう。


「——ベルンハルト君。魔法使いと戦ったことあるの?」

「ないが、魔法使いを知っている奴を知っている。それを参考にしたまでだ」

「通りで。……槍はどうしたの?」


 ——並行世界の自分で見てきたんだろうな。


「悪いが、俺は剣や槍といったものは不得手でな。せいぜいこの悪魔の骨でお前を攻撃することしかできないよ」

「うっそーん……例外一つ目だけど、随分大きい例外だ」

「お前の照らし合わせに付き合う義理はない。蛇よ(ナーガ)


 瘴気と悪魔の骨の魔力を混ぜ合わせ、空まで届きそうなほど巨大な蛇を創り出す。ただの強大な魔力を持った蛇だ。

 サリバンは大きさを測るように見上げる。蛇を見る表情はいたって普通。ただただ大きいものを見上げているだけだ。

 ——その余裕、崩してやる。

 蛇が大きく口を開けて、黒い光を集める。収束していく光に初めてサリバンの表情に焦りが出た。


「お前ッ!」

「予想通りで嬉しいよ。撃てッ!!」


 蛇が放ったのは瘴気の塊。理の範囲内になる魔術に高い耐性を持っていても彼らも生物で、命がある。

 あの量の瘴気、しかもエッスエド川の瘴気の大砲をくらえば無事では済まない。

 サリバンは扉を開いて瘴気砲を呑み込ませる。離れた所に破壊音。適当な位置に転移させて砲撃を防いだのは明白だ。

 だが、そんなのは予測済みだ。

 サリバンの胸に穴が開いたのは、ベルンハルトが予測したタイミングぴったりだった。しかも体の位置からして心臓。流石元狙撃団、という称賛しか出てこない。今まで出会ってきた軍人で、そこまで正確な狙撃をできたものはいない。

 サリバンも目の前の攻撃をさばくのに精いっぱいで一瞬気がそれたのも、命中した理由だろう。

 ただ、これで死ぬとは微塵も思っていない。

 ——俺が聞いた魔法使いの特徴は三つ。

 一つ目は理の耐性の高さ。聞いた当時は理の意味が分からなかったが、恐らく物事や魔術の道理のことだろう。魔法使いは死者蘇生などの人類社会の道理から外れた禁術をいとも簡単に行うと聞いた。一般的な汎用魔術では攻撃は通らないと見ていいだろう。魔族のように頑丈、というより、存在する空間自体が違う感じに近い。

 二つ目は再生能力の高さ。先程から何度も目にしているように、レナートに切断された手やラマンに撃たれた指や心臓がなんてことないように再生されている。あの再生の高さはレナートの変換の回復力と同等だ。

 三つ目。これが魔法使いの最大の特徴。『魔法使いは人間にしかなれない』。魔族や獣人、人魚・鳥人が魔法使いになることは絶対にない。

 ベルンハルトを助けてくれた者は、魔法使いと言うものをこの世界で一番見てきた、と言っていた。そいつが断言した。

 あいつの言葉が、嘘だとは思えない。

 ——あ、『人類社会では決して実現できない奇跡を行使する』を入れると四つか。サリバンは『並行世界の移動』。過去あいつが見てきた魔法使いは『事象の改変』。『万物の創造手』。『ふてきマッチ』。あと他にもいたと思うけど忘れた。あいつどんだけ出会ってんだよよく無事でいられたな。

 ベロを出して汚く笑うあいつを思い出しながら次の攻撃を構える。


「————ッ!?」


 下腹部に激痛。一瞬だが、意識がとんだ。戻ってこれたのは痛みが強すぎたからだろう。

 状況を一刻も早く把握したいが、下腹部から全身に広がっている悲鳴も上げられない激痛と揺れる視界で思考がまとまらない。しかも胃の中身をぶちまけたいほどの気持ち悪さ。背中が脂汗でべったりなのも気持ち悪い。本当に何が起きたんだ。

 バラバラになりそうな意識の中、こちらに向かってくる光が見えた。

 ——せめて、防御だけでも……。

 盾の魔術を展開しようとするが、魔力が上手く固まらない。


「クソがよ……」


 自分の死を覚悟したとき。

 黒い影が、目の前に現れた。

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