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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
死人に梔子
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死人に梔子 8

 人形みたいに、人として無駄がない顔が九十度に曲がる。


「あれ? ウーサー君だけじゃなくて、ウーサー君の一番弟子もいるの?」


 サリバンが口を開く。ここで出会うとは思っていなかったような、呑気な発言だ。


「ウーサー、て誰のことを言っているんだ?」


 リヒトが拳を固めながら一番に声をあげた。

 サリバンは青緑色の目をリヒトに向ける。リヒトの喉仏が大きく動く。他の皆は様子を窺う。今割り込んでサリバンを刺激してはいけないことに気付いているからだ。


「きみは……ああ、あのときの死に損ない、て……それは二百、いや、百十三くらい前の世界だったっけ? ごめんごめん。間違えたよ。

 腕をもいだのに、まだ生きていたんだ。もっかいもいであげるよ」


 言葉を確実なものにするかのように、サリバンはリヒトの頭上と自身の手元に扉を作る。

 ——どこの世界のリヒトと混ぜてるんだこいつ……!

 扉が開かれ、リヒトの肩を掴もうと手が伸びる。その手はサリバンの扉と繋がっているのは、見なくとも分かった。

 手を金属製にし、扉から出ているサリバンの手を狙って伸ばす。レナートの手は彼の手を斬り落とした。切断面から青い液体が噴き出す。

 ——血の色が、青い……!


「ジョーダン!」

「わぁってるよ!!」


 ジョーダンが地面に触れる。黒い魔術式がこの場にいる七人を囲うように出現する。周囲に被害が出ないように何かをするつもりなのだろう。

 目の前が、真っ暗になった。

 視界の変化と、浮遊感。突然の事態に目を瞬かせた瞬間。体が落ちる。

 明暗の差に目がまともに機能しない。舌打ちをしながら背中の肉体情報を二対の翼に変換する。

 翼をはためかせ、地面らしきものに着地する。らしきもの、と表現したのはあまりにも柔らかいからだ。

 かなり粘性の高いものが、靴にまとわりつく。姉達からの贈り物が汚れてしまう。

 足元に目を落とした瞬間、視界が歪む。

 ——頭が、割れるように、痛い……!

 体が重く、熱い。頬を触るも、熱さを感じない。体温が上がっているのだ。同じ温度なら、感じ取れないのはおかしくない。体中の血がかつてないほど速さで駆け巡っている。心拍数は恐らく百五十は確実に超えている。

 視界不良。頭痛。倦怠感。発熱。頻脈。

 これらの症状に心当たりがある。

 これは、瘴気を取り込んでしまったときの症状そのものだ。

 そして、この粘性の高い地面。魔素が触覚で分かるほど実体化した証拠。実体化できるのは、何かと混ざり合ったときだけ。魔術などがその最もな例だ。ただ、これは瘴気と魔素が混じり合ったもの。

 間違いない。自分はこの場所を知らないが、この瘴気の濃さを持つ土地を知っている。

 ——ここは、エッスエド川か!

 何かがせり上がる感覚に逆らえず、口を開けば黒く濁った血が私服を汚す。瘴気に汚染された影響で臓器が機能しなくなっている。

 ジョーダンがここに送ったとは考えられない。ジョーダンの魔術が完成する前にサリバンがここに転移(とば)したと考えた方が妥当だ。

 ——クソッ。目が、あつ、ぃ——……

 レナートの意識は、そこで止まった。




「レナート! おいレナート!! 起きろ馬鹿!」


 瘴気の泥に足をとられながらもレナートに駆け寄って肩を揺する。反対側からラマンが歩いて来ている。


「無駄ですよベルンハルト。彼は死んでいます。指先の体温が人間のそれじゃない」


 傷一つない白い手が、レナートの胸を触る。


「流石に心臓はまだ温かいか……。でも、動いていない。この瘴気に耐えられなかったようですね」


 胸を触っていた手が上に行き、溶けてただの穴となった眼窩の瞼を閉ざした。

 ——こいつ、見ただけで温度を感知していた。狙撃団の入団条件として五感、特に視覚と聴覚の鋭さがあるって噂があったが……本当のことみたいだな。


「そういうあんたは堪えられているんだな」

「エッスエド川がエッスエド川になったとき、ここにいたので瘴気には耐性があるんです。あと一週間くらいなら平気ですよ」

「それはもう人間逸脱組だろ……第四師団の怪力軍曹と同類じゃないか」

「いや~」


 頭を掻いて笑っているが、褒めてなどいない。

 笑って閉じられていた目が開く。ベルンハルトを見るラマンの目は、笑っていなかった。理由は分かっている。この瘴気が平気な人間はいない。レナートのようにすぐに死ぬか、瘴気のなか長時間いたことで耐性がついた者の二択に分かれる。それくらい、エッスエド川は危険区域となっているのだ。

 ベルンハルトは、その二択に該当していない。警戒されるのは当然だ。

 ——はやめにネタバレしとくか。


「俺はガキんとき、魔族に攫われた。そこまで聞けば分かるだろ? 体を色々いじくられてな。魔力を体全体に覆って不可視の鎧を作るのは難しくない、てわけ」

「保護した瞬間を殺す、爆弾として……よく無事でいられたね。軍はそれを警戒してすぐ殺すのに」

「運が良かったんだよ。色々とな」


「へぇー。やっぱベースは変わんないんだね。でも、そいつが死んだのは意外だったなぁ」


 ——この声、さっき聞いた……!

 右手の薬指に嵌めていた指輪を外す。声が聞こえた方向を見れば、斜めに顕現させた扉にサリバンは腰かけていた。独特な座り方だなオイ。


「あんたの言葉を聞く限りだと、俺達のことを知っている、て前提でいいんだよな?」

「細かいところは違っていたけど、大まかなところはね。でも、それを言いふらす趣味はない。

 そこまで倫理と道徳を無くしてはいないよ」


 ——こいつの中じゃ、今まで出会ったレナートはこの瘴気に平気な体だった、と考えてよさそうだな。

 レナートに対するサリバンの言葉は細かい所の違いを表している。

 そもそも、どうして自分達だけをエッスエド(ここ)に落とした。


「君ら三人はさぁ……私が守りたい人の敵側にいたんだよね。今まで、全部。そりゃ利害の一致で協力したことはあったけど、最終的には敵だった。これから敵になる君らを今ここで殺すのは、おかしくないでしょ?」

「おかしいことだらけだわ。クソすぎんだろ」

「ここで殺したらおれ犯罪者になりますか?」


 ラマンが魔術で銃を手元に召喚する。確かに異世界人とはいえサリバンは人だ。血液の色とか魔法使いとか、そういったことは一旦無視する。

 ——だとしても。俺達をここに飛ばしたのは立派な犯罪だ。


「魔法使いは元人間。人間から見たらこいつを殺すことは……魔物を殺すのと同じだ」

「問題ないってことだね。よかったー。殺しの方が百倍以上、楽なので」


 とてもいい笑顔で返しながら一発、サリバンに撃つ。予期していたのか、サリバンはいつの間にか再生していた手をかざして防御の魔術を小さく展開。ラマンの攻撃を防ぐ。

 防いだ、はずだった。

 サリバンの手から青い血が噴き出す。彼の右手には向こうの景色が見えるほどの穴。穴の向こうではこめかみに青い線が走っているのが見えた。

 防御魔術は問題なく展開していたはずだ。弾一発くらい難なく防げるものであったのは素人目からでもはっきり分かるものだった。いったいどうやって彼の手に穴を開けた。


「うーん。攻撃は通じるけど、弾代がもったいないな」


 ラマンか懐から弾丸を取り出して弾倉に弾を込める。三発。

 ——一発に聞こえるくらいの速さで三発分撃ったのか! それなら同じ個所を三発撃たれ続けた防御魔術は崩れる。サリバンの手にも穴は開くが……それは人間ができる範疇を超えてる……しかも目視確認もせずに。狙撃団、てこんなのがいっぱいいるわけ?


「……やっぱり、君達は今ここで死ぬべきだ」

「うっそ今のこれだけでそこまで決めるの? じゃあ遠慮する必要なくなったね」

「だな。——俺も、本気を出すか」


 指環に魔術をかける。封印を解除する魔術を。

 指輪がある動物の骨に変化する。いや、この場合は戻るに近い。

 ベルンハルトは、自身の魔力を使えない。使えば自爆式魔術が発動し、周囲の人間を巻き込む形で死ぬからだ。魔族に攫われたとき、そういう風に改造されてしまった。

 変質してしまった魔力は元に戻らない。

 故に、ベルンハルトを助けてくれた彼らは代用品を用意した。自分の魔力を使わずとも魔術を行使できる魔力の塊を。

 三重螺旋に伸びた角。鋭い歯を持つ頭蓋骨。本来あるはずのない眼窩には目玉くらいの大きさの宝石がついている。

 考古学を専攻していたラマンなら、分かるかもしれない。


悪魔の骨(バックリー)……」

「悪魔が憑依した動物の、しかも頭蓋骨か~。宝石化した目玉セットなんて、レア中のレアじゃん。よくそんなの残ってたね。対魔族殲滅兵器の魔力源として使われるのがほとんどなのに。

 それを持っている君は218振りかな?」

「やっぱ知ってるか……だったら出し惜しみなしだ」


「全力で、殺しに行くぞ」


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