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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
死人に梔子
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死人に梔子 7


「どうしたレナート」

「先生に事故現場を見たいと頼まれたので、今から行くんですよ」


 椅子の背もたれにかけていた上着を羽織りながら、ベルンハルトの質問に答える。外にはまだ雪の気配がある。ここである程度の防寒はしたい。

 レナートの答えを聞いたベルンハルトも立ち上がって、レナートと同じ行動をとり始めた。


「俺も行くよ」

「おれもおれも」

「目撃者がいないと話にならないだろう? 私も行こう。ほらニニ。たったたった」

「ウエリが行くなら俺も行くよ。ここにいてもつまんないし」

「おい俺まで行かないといけない流れじゃねえか」


 ベルンハルトに続くように立ち上がる者。理由をつけて立ち上がる者。流れるままに立ち上がる者。

 何でか皆立ち上がってレナートに続いて歩き出す。蟻の行列か。女王蟻(ユイ先生)(推理材料)を届ける働き蟻じゃないんだぞ。

 突っ込むと凄い量で返事が来るのが予想できるから、レナートは言葉を喉奥に押し込んで食事を用意してくれたギルドメンバーに会釈をする。

 ギルドを出れば肌を刺すような寒風。寒いを通り越して痛い。感覚は突き詰めれば痛覚になることを死ぬ度に理解しているが、今改めて理解した。


「びょゎ〰〰〰!」

「ちぶぃ〰〰〰!」

「ぶりっこみたいなことしてんじゃねぇよ」


 ウエリとジョーダンが成人男性の口から幼児みたいな声を出している。リヒトの言葉通り、ぶりっこ組と呼んでやろうか。

 太陽を隠すほどの分厚い灰色の雲から雪が落ちている。地面に目を向ければ、積もっているの雪がさっきよりも明らかに積もっていることがよく分かる。どうりで痛いほど寒いわけだ。

 身を縮めながら現場に向かう。警官がいたから場所はすぐに分かった。結界で現場に入れないが、中の様子は窺えた。横転している馬車とひしゃげた車輪から考えるに、馬は相当暴れたのだろう。

 馬は一体、何に対してあそこまで怯えたのか。

 ——サリバンが人間以外の存在だった、とかか? だけど、そうだとしたらサリバンは何になったんだ?


「写真を撮ってユイ先生に見せても?」

「いいぜ」


 ベルンハルトの許可を得たレナートは、携帯カメラで写真を撮ってユイに送る。携帯の前で連絡を待機していたのか、と疑うような速さで返事が来た。返事といっても、電話という形でだが。


「レナートです」

『しもしもぉ~。悪いけど、リヒトくんに代わってくれないかい?』


 携帯をリヒトに差し出す。いきなり渡された携帯にリヒトは恐る恐る受け取って耳に当てる。直接携帯に触れないように当てているのは、他人の携帯を汚さないようにするための気遣いか。モテるな、これは。


「……代わりました。リヒトです」

『遥か遠い遠い所からここに来たユイ先生だ。早速で悪いが質問だ。馬はどんな風に暴れていたんだい?』


 ユイの質問を聞いたリヒトは頬を掻きながら顔を揺らす。リヒトは何かを思い出すとき体動かす癖でもあるのだろうか。


「……何かから逃げているようでした」

『どの方向へ逃げようとしたか分かるかい?』

「……いや、決まっていませんでした。俺が必死に制御しようとしたせいかな、と思ったんですけど。手綱が引き千切れたんで。

 ……でも今思い返せば、この馬車からはやく離れたくて行動した感じでしたね」

『馬はどこに?』

「手綱から放れた時点で殺しました」

『判断がはやぁい!』


 電話の向こうから物音。椅子にもたれすぎて後ろに倒れたのか。痛がる声が小さく聞こえた。どうやらレナートの予想は当たっているようだ。


『……馬が暴れたのはジョーダンさんが御者窓から半身を出したときと聞きました。それに間違いはありませんか?』

「はい。ジョーダン、それで合ってるよな?」


 自分の答えを確実なものにするためにリヒトはジョーダンに確認する。問われたジョーダンは眉根を寄せながら頷いた。不愉快なことを聞かれたかのような態度に、リヒトの目が鋭くなる。

 彼の質問におかしいところはない。質問に対するジョーダンの態度がおかしいのだ。


『……うん。大体分かったよ。レナートさん、この通話をスピーカーにして』

「すぴ……?」

『拡声状態にして、てこと』


 ユイの指示通り、拡声操作を行う。これはスピーカー、というのか。異世界語録がまた一つ増えた。


『確認しますね。今その場にいるのはレナートさん。ベルンハルトさん。ラマンさん。ウエリさん。リヒトさん。ジョーダンで間違いないですね?』

「呼び捨てなの?」

「ニニもいるよ」


 畜生はどうでもいいだろうが。


『おっと失礼。ニニくんもいるんだね。はじめまして。ユイ、て言います。

 ……挨拶はここまでにして、本題に入らせていただきますね。

 こうして電話したのは、ジョーダンの依頼に対する推理ができたからです。といっても、ある程度の骨組はできていたので、今までの質問はその確認作業だったんですが』


 彼女の言うある程度は、ほぼほぼ確定事項だ。そんな最初から決まっていたなら何故言わなかったんだ。

 電話の向こうから何かを擦る音。少し置いて、深呼吸のような音が聞こえる。煙草を吸い始めたな。

 確信を得た推理。吸い始めた煙草。次の行動が読めてきた。


『——さて』


 ユイの推理が、始まった。


『今回の事故の原因であるサリバンさんですが、彼は屍体でも、蘇ったわけでも、誰かが変身したわけでもありません。

 その根拠を順に話します。

 最初の屍体。これはこの国が火葬であることからほぼないと見ていいでしょう。

 次に蘇生術。可能性としてはありそうですが、消費魔力量を考えると国が気付く。エッスエド川の結界内で行った、という可能性も考えましたが……あそこは不浄が一定に保たれるように常時監視されています。すぐに知られるでしょう。

 次に変身。これは法律で禁止されていますね。名誉棄損・犯罪成立・スパイ疑惑などがありますからね』

「酸味の話なんかしてどうしたんだい?」

『文脈読もうよウエリさん。どう聞いてもそういう流れじゃなかったよね?』

「なんかこのやりとりどっかで見たな」


 ベルンハルトのつっこみもどこかで聞いたことがある。


『とにかく、変身はジョーダンさんの能力上、ありえないことが証明された。

 つまり、この三つ以外の方法で彼はきみ達の前に現れたということになる』

「第四の選択肢、というわけですか」

『その通りだけど声からしてラマンさんかい? なんか雰囲気違くない? イメチェン?』


 数時間前の自分と同じことを言ってる。いめ何たらはよく分からないが。


「め、ち……マチェットですか? 刃物がどうしたんですか?」

『どうしてそこで山刀が出てくるんだい。誰がマタギだ誰が!

 ……んん゛っ。気を取り直して、四つ目の可能性を話します。

 それは、サリバンはあなた達の知っているサリバンじゃないということです』

「どういうことか、質問しても?」


 詳しい説明を求めるベルンハルトの声は硬い。ジョーダンによって定義されているサリバンを否定するものが出たら、そう聞きたくなるのは当然だ。


『言葉通りの意味ですよ。サリバンさんはサリバンさんだけど、この世界で生きてきたサリバンじゃないということです。

 正直、レナートさんはこの思考に至ると思っていましたよ。きみ、ちょっと脳味噌怠けてるぞ』


 これでも真剣に考えているし、脳味噌が怠けているとはなんだ。怠けてなんかない。

 言い返したいが、今言うべきことではない。


「……その可能性とは?」

『彼は、ここではない世界から来た——異世界人だ』


 怠けてた。

 ユイという異世界人の護衛をしておいて、全くその可能性を考えていなかった。ユイ以外の異世界人をもう一人、レナートは知っているのに。

 これはユイに言われても仕方がない。レナートは甘んじてユイの言葉を受けとめた。

 異世界人のユイなら浮かぶだろう考え。むしろ、他三つよりも最初に考えたとしてもおかしくない。


『並行世界……パラレルワールドというべきかな? リヒトくんが馬を殺したこの世界があれば、リヒトくんが馬を気絶させて殺さなかった世界もある。

 分岐点でそれぞれの選択の世界が並行して存在している。これを私達は並行世界と呼んでいる。選択肢の数だけ世界は存在している、て思っていただければ大丈夫です』

「サリバンはその並行世界から来た存在だと」

『ええ。恐らく着いた場所はエッスエド川の結界内。瘴気で死なないうちに結界の外に扉を作って出て行った。彼の特異魔術がこの世界のサリバンさんと同じなら、ですけど』

「魔素と魔力の揺らぎから見ておかしいところはない。結界内にいることに疑問が湧くけど、転移先を選べないという制約付きならおかしいことじゃない」


 実際に魔力の揺らぎを知っているラマンがユイの推理に肯定する。


「サリバンは名持ちの才能を持つ人間を見抜く目が凄すぎるから、なんか神と取引したんじゃないかって噂があったが……その神とやらの契約で世界を渡れるようになったサリバンがここに来た、という認識でいいのか?」


 ——サリバンの悪魔取引は噂になっていたようだな。

 リヒトの言葉に肯定できないが、それで間違いないとレナートは考える。皆口にしていないが、サリバンとの契約を知っている者はリヒトの推理に賛成しているのは表情で分かった。


『どうだろうな』


 悪魔との取引を知っているユイは、リヒトの考えを否定した。


「ユイ先生?」

『もし人外と取引したのならサリバンは対価を払わないといけない。世界を渡ったらその対価を払えない。サリバンだけしか渡れないかもしれないからね。前払いとかの選択も考えられるが……あいつらは感情の発祥源である魂を貰うから先に願いを叶え、死ぬときに魂を貰う契約が多い。

 だから、サリバンからあいつらに対価を渡したとは考えにくい。つまり、こう考えた方が自然なんだ』


 雲が切れたのか、頭上から光が差し込まれた。ユイの名前が表記された携帯画面が光を反射して白くなる。


『彼の特異魔術がここのサリバンさんと同じ扉を作るものだった場合、進化したんだ。

 並行世界へ繋げることができる扉へと。この国、いや世界は並行世界や異世界への観測・干渉する技術はない』


 頭上から固い音。まるで、取っ手を回すような、金属の音。


『特異魔術は他人が扱えない奇跡だとしたら、これは人類の知恵では成しえない奇跡……文字通り、本当の魔法だ』


 音を聞いたもの全員が見上げる。日の光だと思っていたものは、白く輝く扉だった。空中に浮かぶように存在する扉。

 誰も声をあげなかった。あげずとも分かった。

 縦に捻られた取っ手が前に押し出される扉を黙っている皆の耳に、濁ったユイの言葉が触れる。


『サリバンは、世界渡航の魔法使いになったんだ』


 扉が、開いていく。向こうの景色が見えてくる。

 最初に見えたのは蛇のように細く、しなやかな長い体。頭上にあるとはいえ、頭がよく見えないからレナートと同じくらい身長が高いと見ていいだろう。雪のような白い髪がはためいて顔を隠していることもあるかもしれない。

 赤い革靴が扉を超えてこちらを踏む。そのまま落ちていくのかと思ったが、羽根が落ちていくような速度で、ゆっくりと降下していった。

 下りていくにつれ、男の顔が見えていく。

 扉の位置からでも見えていた銀髪が風で舞い上がる。鬱陶しいのか、男は指を一振りして髪を一つにくくる。男の顔が露わになる。

 青と見紛うような緑色の瞳がこちらを見下ろしていた。

 ——サリバンだ。

 目の色が違うが、顔立ち・髪色・体型は写真で見たサリバンが、そこにいた。

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