死人に梔子 6
お話の一番最初に暦設定の挿絵を付けました。
時系列や、日付が分からなくなった方は参考にどうぞ。
少年、コラルが話しかける。
「お兄さん達は、先生のお友達なんですか?」
「そうですよ」
コラルの質問に肯定する。嘘は言っていない。というより、こんな子供に正しいこと言っても難しいだけだ。
単純。これが年齢性別問わず好かれる要素だ。
コラルは満面の笑みを浮かべてレナートに話しかける。
「僕もね、ラマン先生のマリィちゃんとお友達なんです」
「マリィちゃん。私知ってます。今もシャボン玉していますか?」
「うん。われないシャボン玉頑張って作ってるんだ。ラマン先生がここで教えてる間、ギルドの皆と一緒に遊んでいるんだ」
人見知りをしない性格なのか、ラマンが普段どんな風に教えているのか聞かせてくれた。ラマン曰く『胴体だ! とにかく胴体を狙え!』と、生け捕りにした弱い魔物で実践しつつ見せているらしい。攻撃としては合っているが、何となく想像しにくい光景だ。
——あんな穏やかな面で、そんな風に教えるなんて。いや、エディさんのことを考えると何となく想像できる。ちょっと悲しいけど。
「僕らの年で働けるの、冒険者くらいしかないんでラマン先生の授業はとっても人気なんです」
確かに、十歳くらいの子供が働けるものといったら朝刊夕刊などの新聞配達か、実力があればギルドを仲介とした冒険者の仕事くらいしかない。
ただ、よほどのことがない限り、この年くらいの子供がなることはない。
——やんごとなき事情もち、か。
「僕、戦争孤児だから後四、五年くらいで生活保障切れちゃうんです。その前に仕事を探そうって思って」
「なるほど。冒険者ギルドは子供達に魔術を教える学校的側面もあるからね」
ウエリが頷いてポケットにしまっていた飴をコラルに差し出す。コラルは礼を言ってすぐに舐め始める。素直だな。
「学校? 失礼ですが、ジンシェンみたいな学校があるではありませんか」
「あれはある程度の魔術知識が持った奴が入るところだ。貴族制度があった時代に建てられたものだからな。入学時に試験が必要なのも、ある程度の金持ちが通う前提で作られているからだ」
「レナート。お前これギルドに所属していたときに教えたはずだぞ。お前に魔術教えたの、私だし」
「申し訳ございません。記憶にございません」
「こいつ……」
ウエリが苛立たし気に眉を動かすが、隣にいるジョーダンに宥められた。レナートの記憶がないのは事実だから、これは仕方のない反応だ。
「ラマン先生は何かに呼ばれたみたいだが、最近ここで何か不思議なことが起きたのか?」
ベルンハルトがコラルと目を合わせて質問する。確かに、狙撃団としての彼の知見が必要ということは、よほどのことがあったと考えて然るべきだ。ベルンハルトが気になるのも当然だ。
「うん。ここからちょっと離れた所……二十ィタ先にエッスエドがあるでしょ。エッスエド川を中心に半径五ィタくらい立ち入り禁止と結界が張られている場所」
「あったねぇ」
魔族と人間の国境が曖昧で、前線で数多の死者を出した川だ。この国が火葬になった一因でもある川について、知らない者はいない。
今は川の流れを止めて湖になっているが、皆あの場所を川と呼んでいる。あそこで起きた凄惨な出来事を忘れないための、戒めとして。
「あそこがね、揺らいだんだって。三日前に」
追加で頼んだココアを飲みながら聞いていたベルンハルトの鼻から茶色いものが出たし、ウエリが間違って棒がついたままの飴玉を呑んだ。
——今日はいろんなものを吹き出すし、呑み込むことが多い日だな。
詰まった飴を口から出そうと喉奥に手を突っ込むウエリの腹を容赦なく殴るジョーダンを横目に、ティッシュを用意してベルンハルトの鼻をかませる。
驚く気持ちは分かるが、この二人の様子を見て引っ込んでしまった。コラルなんか汚い、て笑っている。このガキいい性格しているな。
屍体大量発生するほどの瘴気があるエッスエド川は、浄化することもできないため結界で封じている状況。
その結界が揺らいだとなったら、国家の危機レベルだ。だから、彼らの反応は全く大袈裟ではない。
「結界が、揺らいだって……俺全く聞いてないけど」
「私の耳にもまだ入ってないですね。情報が規制されているのでは?」
「ううん。結界は揺らいでないよ。結界の中と、外の魔素が大きく乱れたんだって。結界に異常がないか、今見てるところだと思う」
「様子見、ぇほっ。段階ってことね……ぉえっ」
えずくウエリの背中をさするジョーダンの口には先程まで喉に詰まっていた棒付き飴があった。詰まった原因でもあるそれを舐める気が無くなったらしいウエリは、そのままジョーダンにあげたみたいだ。飴を貰ったジョーダンはすぐに噛み砕いた。遠慮がないな。
「結界に揺らぎがなくても中と外両方に揺らぎがあったら相当な問題だ。何かがエッスエド川に入ったなら馬鹿の一言で済む話だが、エッスエド川から出てきたのならそれは一種の災害だ。
調査隊なんて悠長なことをしている場合じゃねーぞ」
「中から出てきたのなら、この町はすぐに終わっているさ。あの瘴気を纏っているということだからね。
私もジョーダンもこの町に昨日来たばかりだが、不浄の気配はこれっぽっちもない。だから調査隊で様子見しているんじゃないのか」
ベルンハルトの意見も間違っていないが、この見解はウエリが正しいと思う。即死級の瘴気が外に出ていたらこの町は一日で終わっている。ただ、この町の人間自体、不浄にかなり耐性がある者が多い。町の機能は一日で終わるだろうが、ここの人間はしぶとく生き残るとレナートは考えている。この町の人間は、ここでしか生きられない人間が多いから。
「サリバンと何か関係あるんでしょうか」
「うーん。サリバンの特異魔術を考えれば扉を使って出て行った、て言えるけど……」
「中から現れた説明がつかねぇ。ジョーダンの案は却下だな」
「そんなあっさり否定するなよリヒト。悲しくなるぜ」
「勝手になってろ」
両手で顔を覆うジョーダンを無視してリヒトは残っていたコーヒーを飲み干した。
——ジョーダンのあの態度は白々しい。無視したくなる。というか、していいと思う。
「ユイ先生に報告しておくか」
携帯画面を開く。椅子から降りたコラルが隣でレナートが文字を打つ様子を見ている。画面を覗き込まない礼儀の良さに内心拍手を送る。礼儀がしっかりしている。昔のレナートならバレないように覗いて情報を集めていた。
「ケータイだ! かっこいいなぁ」
「操作してみます?」
「いいの!? ……ですか?」
「ええ。先生に情報は送ったので、この画面から動かさなければいいですよ」
「わーい! ありがとうございます!」
コラルが頭を下げて感謝し、レナートの足の間に座る。自分が携帯を見れるようにという配慮だろうが、いきなりのことで面食らった。
メモ機能の画面が全く動かない。見たことはあっても、触るのは初めてなのだろう。ボタンを触るだけで何もしない。後ろから一通りの操作方法を教えれば、子供特有の呑み込みの速さであっという間に文章を打てるようになった。
赤くて丸い目がレナートを見上げる。
「電話とか、してもいいですか?」
「いいですよ。ビビちゃんでいいですか?」
「びび?」
「俺だよ。いや俺じゃねえよ」
ベルンハルトの綺麗な突っ込みが入った。すっかりビビちゃんがあだ名として定着したみたいだ。はやいな。
「このボタンを押して……今から言う数字を打ってくださいね」
レナートの指示通りの操作をしたコラルはそのまま耳に当てる。ベルンハルトの携帯が鳴ったのはすぐだった。
ベルンハルトはコラルと向き合う形に姿勢を直して、携帯画面を開く。
「もしもし!」
「もしもし」
「コラルです!」
「ベルンハルトです」
「よろしくお願いします!」
「よろしくお願いします」
お互いに目を合わせたまま電話の挨拶をする二人。死人が甦っているかもしれないという状況なのに、少し和んでしまった。
「ねぇ見てジョーダン。あの光景、ユイ先生の小説でよくヒロインが胸を押さえて言っている『尊い』、てやつじゃない……? な、なんか胸が苦しくなってきたんだけど」
「ほぉーん。長生きはするもんだな」
「お前らどういう目線で言ってんだよ……」
胸を押さえてうずくまるウエリと顔を挟むように右手を顎に当てるジョーダン。二人を見るリヒトの目は外の空気のように冷えている。ちょっとだけ二人から距離をとっていたように見えるのは気のせいではないだろう。
会話する二人を聞き流しながら、集められた情報からサリバンの正体を探る。
——蘇生術や屍体の可能性はほぼほぼない。ただ、魔力や魔素の揺らぎからエッスエド川で何かが起きたのは確実。これは推測だが……ラマンさんはエッスエド川が前線だった頃に狙撃団で活躍していたんだ。でなければあの言葉は出てこない。
あそこが封鎖されるまでエッスエド川にいたとしたら、彼はかなり生きにくくなってしまってるはずだ。
黒に染まった白は、二度と白に戻ることはないのだから。
「戻りました……て、コラル。人の膝に乗るのは駄目でしょう」
「私が許可したんです。コラル君、電話そろそろよろしいですか?」
「分かりました。携帯を貸してくれて、ありがとうございます」
コラルは素直に言うことを聞いて、携帯を折り畳んでレナートに返す。本当にいい子だな。
「ユイ先生から何か反応はありましたか?」
「いや。先程コラル君から聞いたエッスエド川について情報を送りましたが……」
携帯が震えた。もう返事が来たようだ。速すぎる。
送られた文章を読めば、事故現場を見たいとの内容。お前が来い、と言いたいところだが、今日のユイは安楽何たら探偵だ。ならば自分はそれに相応しい行動をするしかない。
レナートは携帯をしまって席を立つ。




