死人に梔子 5
誰かが自分の耳を引っ張って声を投げる。投げる、というより殴るに近い。怒鳴るような声の振動が鼓膜を通して脳を揺らす。
耳鳴りを抑えるために、レナートは自分の耳に手を当てる。
ベルンハルトが心配そうにこちらに水を差し出している隣でラマンとウエリ、ジョーダンの三人はレナートが書いていた紙を見ていた。
「……凄いね。会話からして、レナートは蘇生術について詳しく知っていたとは思えない。なのに、あれだけの情報で蘇生術の矛盾点に気付きかけている」
「レナート、昔っからこういうの得意だったよな。薬の調合とか、人体の構造とかめちゃくちゃ勉強してたもんな」
「レナート君。アーディティーア大学とか興味ない?」
三人が何を言っているのか全く分からない。
恐らく、ユイがいつも言っている『今ある情報から物事を見抜くのは上手い』というやつか。ジョーダンの発言からして、自分は昔から得意だったそうだ。あと、大学にはいかない。
「蘇生術の複雑さと膨大な魔力消費を考えたらすぐにバレる。私の場合は戦時中でしょっちゅう大規模魔術の展開が起きていたから気付かれにくかっただけで、今ならバレで捕まっていただろうね」
「なら蘇生術の線はナシですね」
レナートは別の紙に書いた蘇生術にバツ印を重ねる。
——見間違いや、別人の可能性は無し。……詰み、というものでは?
ユイに情報を送りながら他の可能性を考えるが、魂が一緒だと考えると他の線は考えにくい。
「ラマン先生」
一人の少年が話しかけてきた。知り合いなのか、ラマンは慣れたように返事をして用件を聞く。
「……リヒトさんが来たようです。コラル君ありがとう。ここに案内して」
「分かりました。——おっさん来ていいって!」
「そういう意味で言ったのではないのだけれどね」
随分と豪快な少年だ。よく通る声で場所が分かったのか、リヒトはすぐに来た。紫の耳当てを首にかけ、両手に息を吐いている。黒髪から覗く耳が赤い。外はかなり寒くなっているようだ。赤紫の瞳が五人を順番に一人ずつ捉える。
「は? レナートいるなんて聞いてねーんだけど」
最後の一人、レナートを視認した瞬間、彼は眉をひそめた。彼もサリバンのギルドに所属していたなら、時期によってはレナートを知っていてもおかしくないだろう。レナートは全く覚えていないが。
「私、彼に何かしたんですか?」
「さあ? でもお前、入った最初は花街の常識で過ごしてたせいで結構揉め事起こしていたからな。それ関連か」
「パーティーメンバーがお前に惚れて面倒だった、てだけだよ。お前、顔と面と字と学習能力はよかったからな」
「同じこと二回言いました?」
「隣、座るぜ」
レナートの質問は無視された。
ジョーダンの隣に座ったリヒトは懐からパイプを取り出す。だが、ここが喫煙していい場所ではないことを悟ったのか、すぐに戻した。一つ挟んだ隣のウエリの視線が怖かったのかもしれない。
「……で、俺は何を語ればいいんだ?」
「馬の様子。リヒト、きみは馬が暴れたことでサリバンの存在に気付いたんだろう?」
ウエリが代表して答える。状況を知っているからこそだろう。自分達が質問するよりも有益な情報を多く得られるだろう、効率的な質問だった。
「少し違う」
赤紫の瞳が天井へ向く。左右に揺れること三回。何と答えていいものか、思案しているのか。サリバンを見た当時の状況を知らないレナート達はただ待つしかない。
このギルドに所属しているであろう女性が珈琲をリヒトの前に置くが、反応せず言葉を探すリヒト。温かい珈琲の湯気がリヒトの顔まで昇る。
「……馬は、何かに怯えて逃げようとした。それに気付いて俺は必死に制御した。
建物の壁にぶつかってさらに暴れる馬を宥めていたら、視線を感じたんだ。
——いや、あれは殺気だな。魔族が俺達に向けたものよりも鋭く、重く、熱く——歪んでいた」
「御者から詩人に転職したのかい?」
「事故ったからって凹むなよ。あれはあいつが悪いから」
「人の話に野次飛ばすんじゃねぇよ。お前らじゃなかったら斬り殺しているぞ」
警察の前で殺人の話をするな。
ベルンハルトが卓子に突っ伏した。気持ちは分からないが、思考は何となく察せる。警察の前で犯罪の話をされたら聞き逃せないが、これが彼らのいつも通りの会話なのだろう。
ベルンハルトの様子を無視したリヒトは話を続けた。
「俺はそこでサリバンの存在に気付いた。死んだはず人間が何で、て驚いた。でも同時に浮かんだ疑問は『誰?』だった。俺はサリバンの顔を知っているのに、サリバンではないと思ったんだ。
最初、その矛盾に戸惑って避難や救助活動に遅れた。ウエリ、あんたはサリバンに気付いてもすぐにそっちに思考ができたけどな。
警察に事情を聞かれて事故当時を思い返したとき、俺は気付いたんだ。
サリバンなのに、サリバンじゃない、て思った理由」
リヒトは一旦言葉を切って、湯気が消えた珈琲を口に入れる。含んだ珈琲を口内で転がして、五回に分けて嚥下した。
随分こちらを焦らすような飲み方だが、彼の目が左右に動いていることを見るに、自分達に対してどう伝えればいいのか考えていることは分かった。だから五人は静かにリヒトの話を待った。
リヒトは口の中にあった珈琲を飲み切って、一つ、大きく息を吸う。
「……殺そうとしたんだ。ウエリ。あんたを殺そうと掌くらいの扉から何かを出そうとしていたんだ。あの殺気は、あんたに向けたものだった。
俺が知る限り、サリバンはウエリに感謝みたいな……尊敬とかの良い感情しか持ってない印象だったから、あんな……あんなサリバンはサリバンじゃない、て思ったんだと、思う」
リヒトの話を聞いたウエリは琥珀の瞳を窓に向ける。その目は、窓の外、雪よりも遠い何かを見ていた。
「……私を殺そう、だなんて。いい度胸をしているね」
「お前殺すくらいなら、魔族連続百人殺しの方がウン十倍楽だな」
ジョーダンが首筋を掻きながら飲み物のお代わりを要求する。すぐに新しいのが魔術で運ばれた。
魔族は人間の上位種的存在。一人殺すのに最低三人の軍人の連携が必要だ。そんな存在を殺した方が楽と言い切った。しかも百人。
——そこまで強そうには……いやあの魔術展開を考えると妥当なものか?
「あんな訓練を考案するお前と戦うのは俺もごめんだね。レナート、お前が記憶をなくす選択をするほどのヤバい訓練。全部こいつの案だぜ」
「効率的な殺害訓練を提案しただけだよ」
前言撤回。ジョーダンの言葉は妥当どころではない。的確な表現だった。
自分みたいにギルド所属時代の記憶をなくした者。ジュリアみたいに別人格を作って逃避した者。モモちゃんみたいに戦いというものから一切手を引いた者。
そんな人達を多く出した訓練を考えたのがウエリなら、納得の評価だ。
——しかも戦闘訓練ではなく、殺害訓練。なるほど。戦争を早く終わらせるために戦争で活躍する人物を探していたサリバンにとって、ウエリはこれ以上ないほどの存在だ。感謝の念を持っていたのも頷ける。
ウエリという人物、自分達が思っていた以上にここにいていい人物ではないような気がする。
同じことをベルンハルトも思ったのか、ウエリを見る表情は凄く嫌なものを見るようなそれだった。
「やだな。そんな目で見ないでよ。時代と顧客に最適なサービスを提供するのは、娯楽施設でよくあることでしょ?」
「あれを娯楽の一興品として例えるのは最悪すぎるだろ。娯楽施設の経営者に謝れよ。
……話を戻すと、ウエリを殺そうとしたサリバンは集まってきた野次馬に警戒して、すぐに消えた。
俺が言えるのは、これくらいだ」
「ありがとうございます。今のお話を、ユイ先生に送っても?」
「構わねーぜ。俺もサリバンの正体が気になるしな」
リヒトの話についてまとめた文書を送信する。文字を打っている間に、先程の少年がラマンに声をかける。
「ラマン先生、調査隊が帰還しました。ラマンさんにお話ししたいことがあるって」
「それはいいけど……なんで私に?」
「先生の力がぁ~みたいなこと言ってましたよ」
「狙撃団関連だな……。ありがとう、コラル。すみません、ちょっと席外します」
ラマンと入れ替わる形でコラルと呼ばれた少年が椅子に座る。幼い子供特有の丸い目がレナート達を見上げた。




