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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
死人に梔子
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死人に梔子 2


「で、俺らを呼んだ理由を教えてくださいよ」


 少し湿った空気を払拭したのは、きっかけを作ったベルンハルトだった。


「ユイ先生の正体を探るためにお呼びしました」


 茶色の瞳から優しさが消えた。自分が呼ばれた理由を察したのだろう。サリバンの事件でベルンハルトはユイとロバート二人を一緒にしないで欲しい、と言っていた。二人は何らかの協力関係にあって、ベルンハルトはそれを探っているからだ。

 二人の関係性を探るなら、ユイについて探った方がはやいと思った。

 自分の考えを述べれば、ラマンが眉を寄せる。自分が呼ばれる理由がないことに気付いたようで目線だけでレナートに質問の意図を投げた。

 レナートは近くにいた店員に珈琲のお代わりを頼む。話が少し長くなりそうだ。


「ユイ先生は、旧世界文化に凄い興味を持っているんですよ。この前先生と一緒に寝たときに分かったことなんですが」

「待て待てまて。ちょっとまて」

「今ちょっとえっちな話しようとしてます?」


 何でそうなる。眉間にしわを作りつつ首を傾げれば二人共レナートから目を逸らした。


「この前の護衛で、私うっかり死んでしまったんです。そのせいで先生を不安にさせてしまい、ぬいぐるみのように抱きしめられながら寝たんですよ。期待しているようで申し訳ないんですが、そういうエロの方面ではないですよ」

「死んだってなんだよ。死んだってなんだよ……!」

「期待もしていないし色々突っ込みたいけど、続けて」


 こめかみを指で押しながら促すラマンにベルトルトがおい、と声をかけるが手で制された。


「壁二面程、本棚で埋まってたんです。背表紙程度しか見てませんが、資料集がほとんどでした」

「作家だもんな。情報は必要だろ。推理小説家なら尚更」

「三分の一が、旧世界についてだったんです。文化・政治・生物……タイトル内容は様々でしたが、同じジャンルの論文や資料などの本が三分の一もあったらおかしいと思うでしょう」

「一面ならともかく、二面だったら普通じゃないか?」

「考古学は幅も奥も広いけど、旧世界はどちらかというと狭くて浅いジャンルですね。今までの学会や研究は妖精滅亡期の時代についてのものがほとんどでした。奥深いとは言いましたが、考古学や歴史学は比較的新しい学問です。設立当時、色々と調べやすいものがそれらだったんでしょうね。

 旧世界は、ここ数十年前に注目されたんです。研究としてはまだまだ浅い旧世界の資料をそこまで集めるのは……確かにおかしいですね」

「ほらほらほらほら」

「分かった分かった。分かったよ。だから自慢げにこっちを見んなよ」


 自分の考えを肯定されたような発言が嬉しくて、思わず高揚してしまった。


「でもあの先生、ただ興味があるだけの人かもしれないから、おれがいる意味ないと思うけれど……」


 高揚した気分が一瞬で低下した。気を取り直して、ラマンに意見を言う。


「ラマンさん、貴方なら知っているでしょう。旧世界の話を出したときに感じたあの空気。あれはユイ先生が出したものです。旧世界はユイ先生の柔らかいところと繋がっている。

 私の勘ですが、旧世界について調べて損はないと思っています」


 ラマンの目が上を向く。ユイとの会話を思い出しているのだろう。事情を知らないベルンハルトはエスプレッソを口で冷ましていた。猫舌なのか。


「確かに、あの空気はおかしかったですね。それでおれの知識が欲しいと?」

「はい」


 彼の目を逸らさず、まっすぐ見詰めて頷いた。

 少しだけ静かになった空気に、エスプレッソを啜る音。

 ラマンの白い指が珈琲用の匙を摘まむ。匙を使って、生クリームの形を少しずつ崩すように珈琲と混ぜていく。生クリームの形が見えないほど混ざった珈琲を溢さないよう両手で持って、口に入れていく。

 嚥下する音と一緒に喉仏が動く。

 三回、喉仏が動いた。


「……いいでしょう。おれも入れてください」


 珈琲から口を離してラマンは協力を受け入れた。正直、自分の直感だけが根拠だったから受け入れてくれるか不安だったのだ。


「ありがとうございます。正直、ちょっと不安だったんですよ」

「いや、おれも気になることがあったので、レナートさんの提案はある意味渡りに船だったんです」

「俺には聞かないの?」

「貴方は断らないでしょう?」

「そうだけどさぁ」


 ずず、とまたエスプレッソを啜った。話に入れなくて疎外感を感じしてしまったのだろうか。


「ビビちゃんケーキ食べます?」

「餓鬼扱いすんな」


 慰めのケーキはすげなく断られてしまった。

 協力体制は整った。ならばこれからの自分達はどう行動するか話し合うべきだ。

 ベルンハルトにロバートとユイの関係性について疑問を持ったきっかけを聞こうと見遣るが、ポケットに入れていた携帯が震える。取り出して広げれば『ユイ先生』の文字。失礼、と断りを入れて席を立ち、人気のないお手洗いまで向かう。


「……もしもし」

『きみ、今どこにいるんだい?』

「喫茶店『バラテア』です」

『最寄り駅はどこに当たる?』

「最寄り、ですか……北のピエンチと南のシェシチの中間地点にあるドロヴェアという町にあります。——事件ですか?」


 ああ、と肯定する声がどこか緩い。深呼吸のような呼吸音が受話口から聞こえる。煙草でも吸っているのだろうか。


『そこにいるのなら、丁度いい。そこで交通事故が起きているだろう?』

「はい。交通規制があったようです。……まさか人為的なものだと?」

『いや、それは本当運転過失による事故みたいだが……起きたきっかけが信じがたいんだ』


 経緯から話そうか、とユイは深く息を吐いた。長くなりそうな気配を察したレナートは壁によりかかる。


『とあるギルドが解散して、この町の辻馬車の御者に転職した元冒険者がいるんだ。御者は今日偶然。——本当に偶然、かつて同じギルドに所属していた仲間を乗せた。冒険者ではなかったみたいだが、積もる話もあったのだろう。御者台の窓を開けて会話していたそうだ。

 そのときに事故は起こったんだ。幸い、御者が冒険者時代の反射神経で馬を見事に操り、怪我人は出なかったみたいだけどね』

「それはよかったですね」

『飽きないで最後まで聞いてね。ここからが重要なんだから。

 御者と乗客。三人とも口を揃えて言ったんだ。いないはずの人がいたから驚いた、て。御者はそれに驚いて手元が狂ったみたいだね。本当かどうか怪しいけどね』

「他人の空似では?」

『三人も目撃証言があるのにか?』


 ——横切った一瞬でそう判断するのは無理よりの無理だろう。

 言わなくても、自分の考えを読み取れたのだろう。ユイはレナートの返事を待たず話を続けた。


『いるはずがないのは、生きているはずがないからだ。その人はすでに死んで火葬処理が行われているし、三人とも葬式に出ている。

 葬儀に参列し、馬車に乗っていた目撃者の一人の名前は、ジョーダン・ウエスト』


 携帯を持つ手に、力が入った。

 目を閉じて聞いていた目を見開かせ、受話口に当てていた耳を強く押し付ける。

 レナートは、その名前を知っている。故に、ユイが言いたい内容を理解した。理解してしまった。


『殺された『ヨースター』のギルドマスター、サリバン・シャウエルが生きている姿を見たんだ。

 あの姿を間違えない、と三人共言っている。ちなみにもう一人の乗客はウエリ・プラデュムナだ』


 情報に信憑性が新しく追加された。その二人はサリバンと距離が近しい者達だ。その二人が見間違えるとは考えにくい。うち一人は設立当時から一緒にいる。

 ——断言するわけだ。


『ジョーダンから正式に依頼が来ている。報酬も破格の金貨二十枚の四十万J(ジュリー)

「死人の謎より、それが目当てなんじゃないですか?」

『そんなことないよ。私がそこに向かってもいいんだけどね。きみ、今協力関係を結んでいるんだろう』


 ベルンハルトとラマンとの密会について言っているのはすぐに分かった。別に驚くことではない。ユイの挑戦状に答えるために誰かと協力してもいいか確認をとったのは自分だから。

 だからすぐに肯定の返事をした。


『普通さ、そういうのは私にバレないようにするものじゃないのかい?』

「黙ったままは卑怯だと思いまして。別に貴女と殺し合っているわけではありませんからね」

『殺し合いなら普通にやってた、てこと? おっかないと頼もしさが半々に混ざりあっているんだけど……。まぁ、そういうきみだから私も許したのだけれど』


 呆れたような声。自分の思考におかしいところがあっただろうか。発言を思い返しても、特に何もないと思う。

 これ以上考えても彼女の呆れの原因はつかめそうにないので、話の続きを促すことにした。


『ちょうど彼らと会っているのだろう? なら、協力して私に情報を提供してくれないか?

 今回の私は、安楽椅子に座っていることにするよ』

「貴女の家安楽椅子ないじゃありませんか」

『今の私は安楽椅子探偵なの〰〰!』


 何を言っているんだ。

 思わず携帯を耳から離して画面を見下ろした。パンを地面に落として嘆く人間を見るような目で見ているのがバレてしまったのか、おいコラと威嚇する声が聞こえた。

 これから情報を集めることを告げて雑に携帯を切った。やるべきことはもう決まっている。長々と話をする気はない。

 携帯をしまって席に戻れば卓子が甘いもので埋まっていた。


「おかえりなさい」

「おふぁえり」


 これはなんだ、と聞く言葉が出なかった。いちごのケーキ。チョコケーキ。タルトタタン。モンブラン。メニューに載っているであろう甘いもの全部が卓子にあった。誰が食べるんだこんなに。


「ビビちゃん、かなりの甘党みたいで待ちきれなくて頼んだんです。あ、このタルトタタンはおれですよ」

「……私が食べる分の場所はあるんでしょうね?」

「今食い終わったこれ下げたらあるだろ」

「そういうのは皿を下げる前提でやらないんですよ」

「おれは止めましたよ」


 もっと強く止めてくれ。

 ——落ち着け。これで時間を使うわけにはいかない。

 椅子に座って残った珈琲を飲み干す。


「先程、先生から電話が入りました。あそこで起きた交通事故について調べて欲しいそうです」

「は?」

「すでに警察は動いていますよ?」


 お盆に空の皿や珈琲碗を乗せる店員に礼を言い、ついでにチーズケーキを注文する。これくらいは頼んでもいいだろう。文句は言わせない。


「そのきっかけがユイ先生の依頼に該当するものだったんです。御者と乗客全員が、サリバンを見た、と」

「サリバンを!?」


 ラマンはきょとんとした顔で驚愕するベルンハルトと黙っているレナートを交互に見る。ラマンに死んだ人間が町を闊歩していた、と簡潔に説明する。

 ベルンハルトが数分前の自分と同じことを言わないように、ジョーダンとウエリの名前を出す。ベルンハルトは天を仰いだ。


「……で、ユイ先生はなんだって?」

「私達で事件を調べて、情報を渡すようにとのことです。安楽死探偵……? みたいなこと言っていましたよ」

「絶対違うだろ」

「死んじゃダメでしょ」


 レナートもユイもそういうことは絶対に言っていないという確信はあるのだが、いかんせん内容を忘れてしまった。

 チョコケーキを一口大に切って口に入れる休日中の警察を見る。ケーキを口の中で味わっているベルンハルトはフォークを持っていない手を口に持って行く。


「ふぉいあえぶ。えーきふっへかあいひよーべ」


 話すなら呑み込んでからにしてくれ。

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