交差と発覚 3
「ロフ・トカ。殺人及び証拠隠滅罪として、お前を現行犯逮捕する」
「四年前からお前は会話するようになった。特異魔術の強制力を下げてまで他人との会話をとった。
俺のこと、何一つ縛れてねーんだよマヌケ!」
ロフの顔が急に大きくなった。距離を詰められたのだ。
——かかったふりをしていた。いや、逆らったのか。
右肩を刺そうと強化魔術がかかったロフの手を防御の魔術で防ぐ。
だが、紙でも破るかのように突破された。右肩を貫く左手の感覚が気持ち悪い。握っていた銃を落とさないように手に力を込める。左手に火の魔術を展開するが、すぐに後ろに下がってしまった。
他の警察が何回か発砲するがあっさりと避ける。
「地面よ、足を刺す棘になれ」
命じられた地面から無数の棘が生え、ロフを襲う。空中に跳んで回避しようとするロフを狙う銃声が三つ。
確実に隙をついた攻撃だったはずなのに、体を捻っただけで全て躱した。
従軍者として多くの魔族を殺した軍人の戦闘能力の高さを、こんな形でまざまざと見せつけられるとは思わなかった。
自分達も犯人との戦闘を想定した訓練を行っているし、今までも多くの殺人犯と何度も闘っている。だけど、これは今までの自分達の戦闘がお遊戯であると否定するものであった。
肩からの出血で体が冷えていく。思っていた以上に重傷だ。
この怪我の状態とこの人数で、ロフと連続殺人犯の両方を相手しなければならない。
よくて相打ち。悪くて全滅のこの状況。どう覆す。
頬に、冷たい汗が流れる。
——思考しろ。今自分にできる一手を。
燃えているレナートの遺体。背後の作家と青年。攻撃を続ける警察。強固な馬車。気絶している殺人犯。
——気絶?
「全く。お前ら本当に警察官か? 欠伸が出るほど弱すぎるんだが」
違和感に触れた自分の目の前に、怪我を負った警察三名。致命傷は避けたようだが、動ける状態ではないのは誰が見ても明らかであった。
ロフは欠伸を噛み殺しながら石を拾う。あれで撲殺するつもりか。
「お、これなんかいい感じの石。親父とのキャッチボールを思い出すなぁ」
感触を確かめるように握り締めるロフ。
彼の背後の景色が、揺れた。
目が霞んだのか、なんて自分の疑問に答えるように、揺れは大きくなっていく。ロフのすぐ後ろにいるというのに、彼が気付いている様子は全くない。
大きくなった揺れは、段々と輪郭を作っていく。人の形をとっていく。人の形がはっきりして、人物に変わっていく。
自分達が知っている姿に。絶対にありえない姿に。
レナート=R・ワレンチンの姿に。
右手を刃物状に変えて振り上げるレナート。その行動に音はなく、完全に気配を消していた。
「予想より遅かったな」
倒せるかもしれない、と抱いていた希望が、ロフの言葉と後ろに弾いた石で壊された。
石は正確にレナートの眉間を貫き、彼を再び殺した。
それだけでは飽き足らず、ロフは振り返ってレナートの頭蓋を魔術で強化した拳で破壊する。次に両肩、胸、両腕、腹、両脚。それら全てを一つの音に聞こえるほどの速度で殴り潰した。あの勢いで殴られたら、腹や胸の中の臓器は確実に潰れている。あれはもう死んだな。
頭部を破壊されたレナートの死体が、後ろに倒れていく。そのはずだった。
レナートの足が、地面を踏んだ。
驚いている間にもレナートの左手がロフの胸倉を掴む。なかった頭部が傷口から再生されていく。神経や細胞一つ一つ復元するかのような、あの治り方は治癒魔術ではない。
彼の特異魔術で、レナートは自分を修復しているのだ。
分析している間にもレナートの顔が元の形状に直っていく。
「ボコスカ殴りやがって……いってぇーンだよ!!」
すました顔からは想像つかないほどの怒声をあげながら、レナートはロフの顔に額を叩きつけた。
「ず、頭突き!?」
「直ったばっかりなのに……いや、そもそもここで死んでいるんじゃ……」
作家の隣にある首のないレナートの死体とロフに掴みかかっているレナートを見比べる。確かに彼は不意打ちでロフに殺されたはずだ。でなければ作家があそこまで動揺しない。
「やっぱ復活したか。お前、地面に落ちた血一滴からお前自身に変換できちゃうもんな」
自分達の答えはロフが答えてくれた。彼の言葉が正しければ、レナートの死体を燃やした理由も説明がつく。血液から復活されることを阻止したかったのだろう。
——いや、死んでいるのに、血の一滴から復活? おかしい。おかしすぎる。人間は死んだらそこで終わりだ。死んだ後に特異魔術を発動なんてできない。そんなのは特異魔術じゃない。
確かに、特異魔術は魔法なんて呼ばれているが、魔法(特異魔術)の規模を越えている。
彼の特異魔術は魔法使いが使う、一線を越えた本物の魔法そのものだ。
「いや、俺は今回、あんたが燃やした炭の欠片から変換しました。俺の体を燃やした結果の炭なので。
大方、俺を止めたあの魔族の真似をしたんでしょうが……火力が足りなさすぎる。
てめぇのちんけな魔力じゃあの魔族の再現どころか猿真似以下のカスみてぇなもんしかできねぇよクソごちょ……——野糞伍長?」
——そこ言い直す必要あるか? というか、口が悪すぎるだろ!
レナートの予想通り、ロフの癪に障ったようで、レナートの胸倉を掴み上げた。レナートより身長が低いのに、持ち上げて投げ飛ばしそうな勢いがあった。
「——躾が足りないみたいだな?」
「あんたはもう俺の上官じゃねえだろ。獣糞が」
レナートの挑発にロフは何も言わない。
二人の睨み合いが続く。
息が詰まるような緊迫した状況のなか、二人は動かない。どちらかが動けば、先程とは比べ物にならない戦闘が起こることが分かっているからだろう。一種の持久戦だ。
肩の傷の止血をしたいが、二人の殺気に押されて指一本動かせない。
ほんの少しの気を緩めることもできない。息を吸う口が、だんだん小さくなる。
いつまで続くのか、なんて自分にしては珍しく弱気な考えが浮かんだとき。
レナートとロフの間から、生白い手が出てきた。手はレナートに手を伸ばすが、レナートは特異魔術で刃物に変換した手で素早く切断し、作家の側まで下がる。対象の殺害より、作家の護衛を優先したようだ。
「れ、レナートさん……?」
「先生、ご用心を。あれは転移の魔術を自分用に改造したもの。違法行為である魔術式の書き換えを行っていてあの精度……。相手は相当の手練れです」
作家が名を呼んだのは絶対それが理由ではない。
小さな穴から柔らかいものが落ちてくるかのように手を斬り落とされた魔術師は姿を現す。
少女と呼ぶには艶めかしく、女性と呼ぶには幼気な魔術師がいた。魔術師は地面に落ちた手を魔術で引き寄せると自身の傷口と一緒に凍らせた。後で誰かに治療してもらうつもりなのか。
「ロフ。貴方いつまで遊んでいるの?」
「レナート相手に遊ぶ余裕なんてねーに決まってんだろ。それ以上ふざけたこと抜かすならその首引き千切ってやるからな」
「やってみなさいよ」
物騒な会話をしている彼らはこちらを見ていないが、それでもこちらが攻撃するような隙を見せない。
レナートの言う通り、彼女はかなりの手練れの魔術師。
——おまけに、レナートは彼女について知っているようだ。
「リュドミワさん」
「彼女が……直接見るのは初めてだが、あれは……」
青年が作家の服を掴んで後ろに引っ張った。作家が立っていた場所に雷が上へ落ちる。
天候としてはありえない現象。魔術による攻撃なのはすぐに分かったが。
——魔術は自身の魔力と魔素を組み合わせたもの。あれだけの威力を出すなら、周囲の魔素にも影響が出る。なのに、あそこに魔素の乱れや魔力の気配を感じなかった。あの青年も、ほとんど直感で引っ張ったのだろう。
青年も驚いたように地面を見ていたのが、自分の考えを証明している。
「助かった……P-1」
作家の頬に汗が一筋、流れ落ちる。
「それより、ヒューイは確保できたのか?」
「何とかね。警察がかなり厄介みたいだったけど、シモンが頑張ってくれたわ」
——確か、サリバン殺害の容疑者。指名手配されていたはずだ。
「そうか。じゃあ、俺達もしっかり仕事しないとな」
「子供はこれから回収を——あら?」
翡翠の目が丸くなる。その部分だけ純情な娘らしき純粋な驚きが見えた。
リュドミワの視線の先には、無数の手に捕らわれているルカ。
——部下の特異魔術だ。だが、これは……!
「悪いが、こいつを連れてかれるわけにはいかないんだ」
燃えるような赤い髪を汗で顔に貼りつけたまま、リュドミワ達を睨む部下。彼の特異魔術は『不可視の手を作ること』。作れる手は最大四本。だがルカを掴んでいる手は少なくとも二十以上ある。
あれだけの手を作って魔力の多いルカを捕まえるのは自殺行為に等しい。現に彼の鼻から赤いものが止まらず垂れ続けている。
——これ以上、部下の命を削らせない。
喉に魔力を集中させる。
——この一発で、決める。
「『勅命だ』。
ロフ、リュドミワ。私の前から——消えろ」
勅命が行き渡った瞬間、二人の体がはるか後方へ飛ばされた。まるで穴に吸い込まれるかのような勢いだった。
二人が消えたことで、辺りが急速に静かになった。
安堵するも、溶かした金属を流し込まれたような熱が喉を襲う。
「————ッ!」
痛みを誤魔化すための悲鳴と一緒に口に逆流してきた血を吐き出す。真っ赤な血が泡立ちながら地面を汚す。
——久々に勅命を使ったが、やはり代償が四年前と比べて重くなっている。
少なくとも、魔力をごっそり持って行かれるだけで済んだ力が、喉や肺を傷つけるほどのものになっている。
こうなることが分からなかったわけではない。でも、それを選んだのは他ならぬ自分だ。
口に残っている血を唾と一緒に吐き出す。
肩の怪我の応急処置を施しながら、ルカへ足を進める。
左手の人差し指を口に入れる。肩の血よりは口の血の方が強いだろうという、勘みたいな推測だ。
右手でルカの両手を固定し、血で濡れた左手で式を書く。魔力を封じるものではなく、魔力を抜く魔術式を。
魔力抜きの魔術は命を脅かす危険性があるが、この犯人にはやりすぎる、ということはないだろう。
「午後四時十七分。逮捕」
犯人の拘束ができたことで空気が緩むが、すぐに気を引き締め直した。考えるべきことが今の段階でたくさんある。
——恐らく、この連続殺人自体は単独。だが、殺人犯に対して勝手に協力した組織らしきものがある。
その組織はロコが担当した事件にも関わっていると言ってもいいだろう。
——想像以上に面倒になったな。
「……レナートさん?」
軍人の名を呼ぶ作家の声には戸惑いがある。彼女の戸惑いも分かる。すぐ側には焦げたレナートの死体あるのだ。これまでの記憶を持っていたとしても、作家を守っていたレナートはそこの死体だ。
言い方は悪いが、残機無限のホムンクルスに似ている。記憶の引継ぎができている分、質の悪さに拍車がかかっている。
「先生。大丈夫ですよ。設定通りに動いただけです」
「せ、てい……?」
「私は、私が死にかけたとき、もしくは死んだとき、私の体の一部からレナート=R・ワレンチンが変換されるように特異魔術で設定されています。不意の攻撃で死んでも、この設定があればすぐに復活できますからね。
これ、結構便利なんです、よ……?」
作家がレナートに抱き着く。予想外の行動だったようで、説明していたレナートの口が止まる。
はっきり聞こえるほど、作家は彼の軍服の繊維を強く握り締め、彼の首元に顔を埋める。胸に耳を当てているのは心臓の音を聞くためだろう。
彼女の頬に涙は流れていない。
でも、自分の目には、涙の流し方を知らない女が泣いているようにしか見えなかった。
「レナート」
両手を上げて動かないレナートに声をかける。呼ばれたレナートの表情が明るくなる。作家を引きはがしてくれると思ったのだろう。
「今日は、そこの作家と一緒にいてやりなさい。——護衛対象を不安にさせるな」
これだけ言えば十分だろう。レナートの黒い目が左右に揺れ、作家の旋毛に固定した。
携帯で避難誘導している部下にこれからの指示を送る。まずは部下の治療だ。
「本当に……」
面倒だ。
交差と発覚 完
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