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作家と軍人  作者: 藤戸 嘉太郎
妊婦連続殺害事件
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妊婦連続殺害事件 8

 思わず出た言葉は、空気と混ざって消えるような、か細いものだった。

 振り上げた剣が、レナートの頭上から動かない。動かせない。

 気付いてしまった。

 自分達は、ロートの心を聞く代わりに、ルカの助けを無視したのだと。


「——貫け(プシュビッツェ)


 胸が急に熱を帯びる。視線を遣らずとも、すでに負傷しているのは分かっていた。

 特異魔術を使って瞬時に防ぎ、ユイを抱えて後ろに下がる。

 あの一瞬で、ルカの攻撃を許してしまった。立て直すにも、先程の戦いで恐らく学習している。

 側にいるユイは煙草を咥えたまま何も言わない。選択を誤ったレナートを責める言葉もなければ、ルカに対する言葉もない。

 煙草の灰の塊だけが、地面に落ちた。

 ルカが脚の傷を治しながらゆっくりと立ち上がる。剣を構えて相手を警戒するが、あの家で自分達を待っているルカの姿を想像してしまう。


「まってたのに……どうして、」

「それはな。間が悪かったんだ」


 立ち上がろうとするルカの動きが止まる。

 ユイは静かに言葉を続ける。


「純粋に、間が悪かったんだ」


 三人の空気が止まる。聞こえる音は建物を燃やす音だけ。

 ——ユイ先生、その言葉は……。

 ルカの体が光る。それが答えだった。


「……るさない」


 ユイは、間違いなく選ぶ言葉を間違えたのだ。


「ぼくの覚悟を、そんな言葉で済ませるな! 許さない!! 許せない!! 今ここで死んで、」


 ルカが突き出した光る右手が、消えた。次に破裂したような音。

 ——狙撃!

 しゃがんだユイを囲うように地面を壁に変換する。今はユイの生存が最優先事項だ。馬車は今何もしなくても問題ない。

 ルカの左膝から赤いものが飛び散ったすぐ後に発砲音。音が反響していてどこから来ているのか分かりづらい。でも、狙撃の狙いはルカなのは分かった。

 だが、この狙撃を許し続ければルカは死ぬ。

 ルカは悲鳴をあげず、吹き飛ばされた右手を魔術で引き寄せ、くっつけるように断面を合わせる。


「魔力で繋ごうとしているのか?」


 壁の隙間から覗きながらユイがレナートに質問する。状況が全くつかめないのは避けたいんだろう。


「恐らく。魔力はとても操作が難しいですが、用途としての自由度はかなり高いんです。

 いや。むしろ、自由過ぎるが故に、難しいと言うべきでしょうか」

「シンシ候補の豊富な魔力とルカくんの操作能力があってこそ成立する技か。

 ——だが、二時の狙撃はそれを許さないぞ」


 ユイの言う通り、自分達から見て二時の方角から狙撃がルカの右肩を貫く。遅れて音が聞こえた。

 着弾と音の差からそれなりに距離があることが分かる。

 しかも、撃っている方角は一発ごとに違う。カウンターを警戒しているのだろう。ルカの能力ならできてもおかしくはない。

 ルカの傷口から推測。五時と、三時と、二時。

 短時間でそこまで移動して、かつ瞬時に当てる狙撃能力。レナートは確信した。

 ——狙撃団だ。

 各師団に配置されている狙撃特化型部隊、狙撃団。隊員数、所属している隊員、構成全てが不明。

 狙撃団の主な役割は偵察と敵軍の要人暗殺。彼らがいなければあれ以上の戦果は出ないと言われるほど重要な位置にいた。

 ——特に、エッスエド川の……。

 剣に干渉し、直線状に伸ばす。伸びた剣はルカの頭を貫こうとした弾を防いだ。

 予想外の行動だったのか、こちらを見上げるルカの目はなんの色にも染まっていなくらい、綺麗なものだった。

 レナートは腹に力を入れて声を張り上げる。


「この子は、私刑ではない、法的に裁かれるべき存在です。今ここで引いてくれるなら、あなたに何もしません。

 『黒い悪魔』と殺し合う覚悟があるのなら、今から五秒以内に私の頭を撃ち抜いてください。

 すぐに、殺しに行きます」


 一


 二


 三


 四


 五


 銃声は、なかった。

 レナートは剣を元の形状に戻す。流石に、自分と殺し合うのは分が悪いと判断したのだろう。

 それもそうだ。

 自分と闘うということは、相手が死ぬということ。それでも殺し合うというのなら、そいつはまともじゃない。

 壁も解除してユイを表に出す。ありがとうございます、と礼を言ってユイは立ち上がる。煙草の火は燃え尽きたようで、まだ火がついていない新しいものを唇に挟んでいた。

 マッチで滑らかに点火し、白い息を吐き出す。


「ルカくん。きみが一番最初に殺したのは、母親のアリーさんだね?」

「……どうしてそんなことを聞くの」

「純粋に確認だよ。胎児達を救うには、まずきみを生んだ親を殺す必要があると思った。それがきみの救済行動をするにあたってのけじめに値するからだ」


 ユイの白い手がポケットに突っ込んで携帯を取り出す。


「……やっぱり。想像通りの事件が立て続けに起きているね」


 どんな事件か気になるが、ユイの手の中の携帯が震える。振動は電話の報せだったようで、ユイは耳に当てた。


「しもしも~。国民的大人気推理小説家ユイちゃん先生でぇーす」


 こんな状況でどうしてそんな挨拶ができるんだ。

 電話の相手はアスクレピオスだったようで、彼の声がかすかに聞こえた。とっととはじめろ的なことを言っている。

 アスクレピオスの要望に応えてユイは早速切り込んだ。

「通話越しで失礼ですが、初めまして。

 ララさん。いや、ブロシア・ダラダットさん。

 それとも、こう呼んだ方がいいのかな?」


 多分、電話の向こうで起きている殺人事件の犯人に対して。


「元シンシ、ヒュール・ロッソクさん」


妊婦連続殺害事件 完

次章 交差と発覚

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